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ツシマ沖の海戦(その三百五十四) The Battle of Tsushima
2007-06-25 Mon 00:06
風、この日の強風については「奉天会戦に参加したすべての者が、生涯忘れることの出来ぬものであった」と、第二師団第三旅団副官多門大尉は、その手記に残している。
「連日の晴天に乾ききっている畑や、野や、道の塵芥が一陣の風とともに吹きまくられ、濛々と渦を巻いて天に登り、みるみる間に砂塵が充満して空は黄色に変じ、天地は晦冥となって、咫尺を弁ぜず、声声は隣人に達せず、文字通りに黄塵万丈の世界となった」
多門大尉は、驚異の念をもって,その様を描写している。
この風は戦場の各地で深刻な効果をもたらした。
第一軍第二師団は、ちょうどこの時刻、前進命令を受けた歩兵の支援射撃を開始しようとしていた砲兵はまともに風に見舞われた。
目標を見失った砲兵隊は数発で射撃を中止した。
歩兵も前進するどころではなく、ただ狂風の中で身をすくめるばかりであった。
またも、多門大尉の描写を借用すると、
「すでに汚くなりきっていた将兵は,塵埃をかぶった後は一層汚くなり、頬には涙のつたわった跡を示し、口には砂を含み、耳には埃をため、眉毛も睫毛も黄白色と化し、手先はまっ黒けになり、もうこれ以上は穢くなりようがないというところまで、不潔になった」
と、砂嵐の凄まじさを伝えている。
「この風は日本軍にとっては魔風、ロシア軍にとっては神風と云うのであろう」
多門大尉は嘆いたが、第十二師団にとっては、それは神風となったのである。
第十二師団の右翼隊は、烈風砂塵を捲き四顧暗澹という状況に、早々に渾河渡河をあきらめたが、左翼隊の前衛は違っていた。
前衛をつとめる第十四連隊長竹下平作中佐は、風塵が大いに起こり、自ら砲戦が止み、偵察が不可能な、この事態を利用して前進を続けるべきだと判断した。そこで、独断で進撃を下令した。
零時三十分のことである。
連隊は、午後一時三十分、渾河を渡り、旧站東方に進出した。
同連隊は、さらに北方の護山堡を目指して猛進した。
しかし、左翼隊・第十二旅団長島村少将は、左右の味方部隊の状況の不明を理由に、第十四連隊の進撃を、護山堡手前の柳家溝までで止めた。

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