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ツシマ沖の海戦(その二百三十四) The Battle of Tsushima
2007-02-24 Sat 00:01
戦争の後半になり、日本兵の素質が低下したのは否めない事実であった。
しかし、それに反して、奉天会戦における日本軍の砲力は充実していた。

作戦が始まってから三日目に至ると、彼我の砲戦はたけなわとなった。
前にも触れたように、ロシア軍千二百門に対し、日本軍千門の火砲が、終日双方の陣地に弾雨を降らせ続けたのである。
もちろん、ロシア側に比べれば、砲数も弾数も劣る日本軍は、大山・児玉の意向により、その火力を重点的に用いようと試みた。
中央を担当した野津の軍に最も大砲が与えられた。
作戦の初期においては、この野津軍は歩兵を留めたまま、もっぱら砲兵が活動した。
奥軍、黒木軍も同様であった。
奉天会戦に使用した日本軍の火砲は、克式十二センチ榴弾砲、克式十五センチ榴弾砲、十五センチ臼砲、十センチ速射加農、十二センチ加農等である。
二十八センチ榴弾砲は、前述したとおり、奉天の会戦でも六門が使用された。
本来、永久土台の上に座り込んでいるはずの、この巨砲が驚くべきことに野戦の場に
出現したのである。
ところで、敵が篭る万宝山は半永久陣地が築かれていたが、地面は表面から一メートルの附近まで凍結して、ペトンのように固くなっていた。
そのため、日本軍の重砲弾は、飛翔音の大きい割には、その砲撃効果は少なかった。
おまけに、鋼鉄不足のため弾体は鋳鉄によって製造されることとなった。
その脆い弾体は、分厚い凍土に跳ね返されて、微塵になって砕けとんだ。
ただ、二十八センチ榴弾砲の飛翔音は、ごうごうと天空にこだまし、ロシアの兵卒の心胆を震え上がらせた。
一方、その異様ともいえる音響は、日本の士卒を甚だしく鼓舞し、特に万宝山に突撃せねばらない第十師団の兵員は、「日本にもこのような巨砲があるのか」と狂喜したほどであった。

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