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ツシマ沖の海戦(その二百二十八 The Battle of Tsushima
2007-02-17 Sat 00:00
ゴレムパトフスキー少将は、第六十、第二百四十一連隊を朴坨子の攻撃に向けさせ、残りの第五十四、第二百十五連隊を彰駅站へと前進させた。
ロシア軍の攻撃は、午後六時少し前から開始された。
朴坨子にあった第九師団主力は、接近してくるロシア二個連隊を目掛けて、砲弾と機銃弾の雨を降らせた。
ロシアの、第六十、第二百四十一連隊はなす術もなく後退した。
しかし、彰駅站では悲劇が起こった。
指揮官である第三十六連隊第一中隊長代理吉村操中尉は、東側から押し寄せてくるロシア軍部隊に発砲を命じた。
ところが、応射してこないので、友軍だと思い慌てて射撃を中止させた。
これが、致命傷となった。
敵が四百メートルにまで迫ったとき、吉村中尉は、それが始めてロシア兵であることを確認した。
急報を受けた第十八旅団長平佐良蔵少将は、第三十六連隊第二大隊を救援のために彰駅站へ急がせた。
同時に、第九師団長大島久直中将も、隷下の第十九連隊、第七連隊第二大隊を急派した。
だか、午後六時三十分、第三十六連隊第二大隊が村落の東南四百メートルの附近にまで達したとき、彰駅站を守っていた第三十六連隊第一中隊は、吉村中尉以下、生き残りの兵は最後の突撃を行い、全滅していた。
その時期、第十九連隊第三大隊も、彰駅站から千メートルの地点にまで到達していた。
両大隊共にさらに前進を試みたが、彰駅站を占領した敵の銃火に阻まれるとともに、丁度日没を迎えたため、敵前二、三百メートル附近で前進を中止せざるを得なくなった。

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