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ツシマ沖の海戦(その百四十九)The Battle of Tsushima
2006-11-28 Tue 02:34
婦女子の間に悲鳴が沸き起こった。
しかし、大部分の群集は、好奇心に駆られて浜辺に残った。
やがて、ロシア船のマストに信号旗が翻った。
「我ハ激シク攻撃ヲ受ク、救助ヲ乞ウ」
和木の海岸では、警察官も含めて、誰一人この信号旗の意味を分かる者はいなかった。
そのうち、ロシアの「軍艦」から六隻の短艇が降ろされ、海岸に近づいてきた。
住民は緊張し、一時騒然となったが、短艇には白旗が掲げられており、それを確認すると村民たちは胸をなでおろした。
短艇は陸岸に近づこうとするか、そのたびに強い西風と高波に阻まれる。
漕ぎ手か疲れているせいもあって、なかなか接岸できなかった。
午後四時頃になって、二隻の短艇がようやく岸近くまで漕ぎ寄せてきた。
しばらく、海岸に集う村民たちの様子を伺っていたが、短艇内に立ち上がって拳銃等の武器類を海に投げ捨て、手を振って害意のないことを示した。
「あれは助けを求めちょるんや」
群集の中から一人の若者が飛び出し、羽織袴を脱ぎ捨てると、海中に足を踏み入れていった。その男は、和木小学校代用教員木島泰次郎であった。
「おーい。こっちだ。こっちに来い」
木島が叫びと、それに応じて村民たちが次々と裸になり、海に入ってきた。そして、短艇に泳ぎ着くと、それを岸に引き寄せようと試みた。
女たちも裾をからげて、波打ち際まで走り寄ると、ロシア人の手を取って短艇から降りる手助けをした。
イルツイシの乗組員は感動した。
感涙を流す者もいれば、中には手を合わせて謝意を表す者もいた。
午後六時になると、短艇に分乗した同船の乗員全員が和木海岸に上陸を果たした。
近くの浜田町から歩兵第二十一連隊の兵士が駆けつけてきたのは、それから一時間ほどたってからである。
イルツイシから脱出したロシア人たちは、小学校や附近の民家に収容された。
負傷者については衛戍病院から派遣された医師二名と、看護婦五名によって手厚い手当が施された。
ロシアの将兵には水と食糧、衣服が支給された。

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