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ツシマ沖の海戦(その百三十九)The Battle of Tsushima
2006-11-18 Sat 00:22
この時期、連合艦隊司令部では、いささか混乱が生じていた。
降伏艦の捕獲に予想外の時間を取られたことによって、連合艦隊司令部の判断にも多大な影響を与えられたのだ。
ちなみに、この時点で連合艦隊司令部が把握していた情勢は次のとおりである。
撃沈七隻、捕獲四隻、追撃中一隻となっている。
前日の夜戦の結果も、まだ判明していなかったし、当日の戦果も完全には了知してはいなかったのだ。
しかも、この時間においては、ウシャコフは既に撃沈されているのだが、その報告が磐手から入電したのは、ようやく午後十時になってからであった。
バルチック艦隊の総数は三十八隻であり、その主力についても戦艦二隻、巡洋艦八隻、装甲巡洋艦一隻についての現状は不明である。
司令部内の意見は分かれていた。
本日の好天のもとで、残敵の大部分を捕捉できなかったのは、敵が東寄りのコースをとったためではないか、いや、敵の主力部隊の中核となるべきネボガトフ少将が僅かな隻数で彷徨っていたところから判断すると、敵は四散しながらウラジオストック軍港を目指しているのではないか。
司令部の軍議は紛糾した。
このまま追撃を続行するのか、それとも一旦母港へ引き上げるのか。
東郷司令長官は、決断を迫られていた。
熟考の末、遂に東郷大将は下令した。
天候は西から崩れかかっている。加えて夜間の追撃戦は困難を極めるであろう。
前夜の夜襲の結果を推察すれば、主力による追撃は特に必要とはしないであろう。
また、捕獲艦についても、未だ艦内の状態は掴めていない。単独回航させるより随伴させるほうが安全ではないか。
追撃を中止し、戦場掃除を行いながら佐世保に帰還する。
これが東郷の最終決定であった。
東郷大将は、第三艦隊司令長官片岡七郎中将に対して、朝鮮海峡の警戒を命じた。
片岡は直ちに第五、第六戦隊を率いて配置についた。
東郷はさらに第二艦隊司令長官上村彦之丞中将には、捕獲艦アプラクシン、セニャーウィンを連行して佐世保に帰還するように命じた。
午後七時四十五分、東郷は第一戦隊とともにニコライ一世、アリョールを連れて、ようやく戦場を離れた。

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