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ツシマ沖の海戦(その四百七十四) The Battle of Tsushima
2007-11-30 Fri 00:00
旅順艦隊のウラジオストック回航を知らされたエッセン少将は、旗艦「ロシア」「グロモボイ」「リューリック」の三艦で、出撃したのであった。
上村艦隊の一斉射撃が開始された。
これが世に言う「蔚山沖の海戦」の幕開けである。
日本艦隊の砲弾はよく命中した。
たちまち、最後尾を行く「リユーリック」は多数の砲弾を受け、黒煙と火炎に包まれた。
また、「ロシア」と「グロモボイ」も火災を発生した。
被我の距離はますます縮まり、並航戦の形で砲撃戦が続けられた。
三隻のロシア艦は、次々に火災を起こした。
特にリューリックの艦上は惨状を呈し、トップマストが横倒しとなった。
ロシアの煙突には大亀裂が走った。
堪りかねたロシア艦隊は、午前六時六分、右十六点回頭をして、逃走を図ろうとした。
すかさず、第二戦隊も回頭し、追撃に移った。
ロシア艦隊の殿艦「リューリック」に日本艦隊の砲弾が集中した。
リューリックを救おうと、グロモボイが引き返してきたが、午前六時五十分、リューリックは完全に停止した状態に陥っていた。
そこに、ロシアも引き返してきため、ウラジオ艦隊は単縦陣の形となった。
それを迎え撃つ日本艦隊は横一線であるため、両艦隊は、あたかも「丁字」を描く陣形で対峙したことになる。
日本艦隊に最も近い位置で停止したリューリックは、一身に砲弾を浴びることとなった。
午前七時三十分、同艦は再び微速で動き始めた。
このとき、南南東から急進してくる第四戦隊の姿が見えた。
瓜生外吉少将の直率するこの戦隊は、浪速、明石、高千穂、新高から編成されている。
それを望見したロシアとグロモボイは一斉に回頭して逃走態勢に入った。
上村長官は、瀕死のリューリックを瓜生艦隊に任せると、逃げるロシアとグロモボイの追跡に移った。

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ツシマ沖の海戦(その四百七十三) The Battle of Tsushima
2007-11-29 Thu 00:00
ロシア太平洋艦隊の主力は、旅順港に配備されていたが、ウラジオストックにも艦隊の一部が配置されていた。
それは、フォン・エッセン少将の率いる巡洋艦四隻、仮装巡洋艦一隻、水雷艇十七隻からなる小部隊であった。
ところが、このウラジオ艦隊は開戦直後から日本海はもとより太平洋にまで出没して、通商破壊戦を行い、日本軍を悩ませる存在となっていた。
日本側は第二戦隊が、この方面の敵に当たった。
明治三十七年三月と四月にウラジオ海域の索敵行動を行い、港外に機雷を敷設した。
ところが、この行動中に元山港において、民間汽船の五洋丸と運送船金州丸がロシア艦隊に撃沈されるという事件が勃発した。
ロシア艦隊は六月になると、折からの濃霧に姿を隠しながら、朝鮮海峡に現れ、陸軍運送船常陸丸および和泉丸を撃沈し、同じく陸軍運送船佐渡丸を大破・漂流させた。
急報を受けた第二艦隊は、対馬から現場に駆けつけたが、濃霧のため視界をさえぎられて、敵を取り逃がすこととなった。
ウラジオ艦隊は七月に入ると、津軽海峡を抜けて、太平洋に出ると、数日間のうちに北海道から遠州灘にかけて走り回り、同月二十二日には塩屋崎沖においてドイツ汽船アラビア号をウラジオへ連行する措置を執ると、二十四日には御前崎沖で英国汽船ナイトコマンダー号を撃沈した。
また、二十五日には野島崎沖で独汽船テア号をも沈没させた。
この数日間に、ロシア艦隊は、日本船を初めとして、英独船を含めて実に七隻を撃沈したのである。
ロシア艦隊は、月末再び津軽海峡を通過して、ウラジオストックへ帰港したのである。
日本国民の不安と怒りは頂点に達した。
その憤激の矛先は、第二戦隊指揮官上村中将に向けられた。
中将の留守宅には、心無い民衆が投石する事態まで生じた。
八月十日の旅順艦隊出撃の報を受けて、それに呼応するであろうウラジオ艦隊の動静を窺っていた第二戦隊は、全兵力を挙げて朝鮮海峡の哨戒に当たることにした。
その甲斐あって、十四日未明、遂に第二艦隊は蔚山沖で、宿敵ウラジオ艦隊を発見することができた。
旗艦出雲を先頭にし、吾妻、常磐、磐手の一等巡洋艦で編成されている第二戦隊は、戦力的にはウラジオ艦隊を大きく上回っている。
第二戦隊は二十ノットの高速で、ロシア艦隊に迫り、見る見るうちにその距離を八千四百メートルにまで詰めた。

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ツシマ沖の海戦(その四百七十二) The Battle of Tsushima
2007-11-28 Wed 00:00
ロシア艦隊の中で、最後まで抵抗したのは、「ノヴィーク」(Novik・Новик)であった。
艦長フォン・エッセン中佐に率いられた、この快速巡洋艦は単独でウラジォストックを目指そうとした。
同艦は、黄海を抜け出すとも太平洋を迂回して宗谷海峡を通過した。
ところが、樺太のコルサコフ沖に差し掛かったとき、逃走するロシア艦を拿捕するために、派遣された日本の快速巡洋艦対馬と千歳に発見された。
日露間の砲撃戦が始まったのは、八月二十日の夜明け時であった。
既に八月十日の海戦で傷ついているにもかかわらず、ノヴィークはよく戦い、対馬に大損害を与えた。
しかし、自らも二十数発の被弾を数え、エッセン中佐も重傷を負った。
自艦の最期を覚った中佐は、ノヴィークを浅瀬に運び、キングストン弁を開いて、着底させた。
生き残った乗員たちは、陸地に泳ぎ着くと、それから四十五日をかけて、徒歩でウラジオストックまでたどり着いたという。
結局、旅順に引き返せたのは、戦艦五隻、巡洋艦一隻、駆逐艦三隻だけであった。
病院船一隻を含めて二十隻の陣容で出撃した旅順艦隊は、半数を超える十一隻を中立国で武装解除されたり、あるいは自沈したりで、戦力から失われたことになった。
この海戦は日本側にとっては、悔いの残るものとなった。
一方、旅順港に逃げ帰ったロシア艦隊は以後二度と出撃することはなく、黄海の制海権は日本側に帰することとなった。
東郷大将は後年、次のように述べている。
「日露海戦の真の危機は、明治三十七年八月十日の黄海海戦であった。
この時の貴い教訓がよく生かされたからこそ、日本海海戦のあの大勝利があったのだ」
東郷の言う貴い教訓とは、この海戦で日本連合艦隊がとった「丁字戦法」や「百八十度回頭」のタイミングの失敗等であり、それは後のバルチック艦隊との海戦に貴重な教訓として生かされることになるのである。
まことに、これが黄海海戦が日本海海戦に勝るとも劣らぬ戦いとして記憶される由縁である。

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China publishes first moon picture
2007-11-27 Tue 00:00
China publishes its first picture of the moon captured by Chang'e-1, the country's first lunar probe, November 26, 2007.

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年金保険料未納企業に対し国が請求権
2007-11-26 Mon 00:00

与野党修正案固まる。
 企業による保険料未払いで年金を減額された従業員らを救済するため、自民、公明両党が衆院に提出していた「厚生年金保険料納付特例法案」の民主党との修正案が23日、明らかになったようです。
 企業や元事業主が年金保険料の支払いに応じない「逃げ得」を防止するために、企業から保険料相当分を取り立てる法的権利を国に与えることが、その柱となっています。与党と参院第1党の民主党による修正案が固まったことで、同法案は今国会で成立する公算が大きくなりました。

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CHANDRAYAAN-1・India's first mission to the Moon
2007-11-25 Sun 06:36
Chandrayaan-1 is a scientific investigation of the Moon.
The name Chandrayaan means “Chandra- Moon , Yaan-vehicle”, –in Indian languages, the lunar spacecraft. Chandrayaan-1 is the first Indian planetary science and exploration mission.
Chandrayaan-1 will be launched in early 2008 from Satish Dhawan Space Centre at Sriharikota, India..

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The KAGUYA's mission priod
2007-11-24 Sat 00:00
The KAGUYA's mission is is scheduled for 1 year from the launch. But it is 10 months after the starting the constancy observation.
The rear of the that if there is a fuel in order to maintain attitude and altitude, continuing, is the schedule which observes, but that period because of the fuel circumstance which remains, under present conditions is undecided.
Finally, by the fact that the fuel which maintains attitude altitude is gone, it is drawn by the gravitation of moon, it means to falling and to collide to the lunar surface.

From the HP of JAXA
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ツシマ沖の海戦(その四百七十一) The Battle of Tsushima
2007-11-23 Fri 00:00
この時、操舵手は取り舵中で、彼は舵輪に縋り付いたままで斃れたのである。
そのため、「ツェザレウィチ」は、大きく弧を描きながら左転回を始めたのである。
しかし、二番艦レトヴィザン以下後続艦は、旗艦に起こった災害を知らぬため、同艦の左転回の原因が知らなかった。
そのため、旗艦に倣って次々と左に舵を切っていった。
各艦は衝突しそうになり、慌てて舵を右に切ったりしたため、艦隊は大混乱を引き起こしてしまったのだ。
東郷艦隊がこの好機を見逃すはずはなかった。
第一戦隊は、東側から敵の針路を押さえ込む態勢に入った。
第三戦隊は南東方から、北西の方角からは第五戦隊がそれぞれ迫ってきたため、三方から包囲されたロシアの各艦はちりぢりになって戦場脱出を図った。
この時、戦艦ペレスヴェートに座乗していた戦艦戦隊司令官ウフトムスキー少将は、「汝に指揮権を移譲せり」という、ツェザレウィチからの発光信号を受け取った。
次席指揮官の地位にあった少将は。直ちにこれを了解し、「我に続け」の信号旗を掲げた。
ウフトムスキー少将は、旅順に引き返すべく転針を行ったのである。
海上には次第の夜の帳がかかり始めていた。
東郷司令長官は、午後八時二分、遂に主力部隊に戦闘中止を命じた。
後を引き継いだ駆逐隊と水雷艇隊は暗夜の海上を追撃戦に移った。
しかし、夜通し駆け回った割には、何等の戦果も上げることはなかった。
ロシア艦隊の各艦は、それぞれ満身創痍の状態であった。
巡洋艦ジィヤーナは、ウラジオストックを目指そうとしたが、既に大損害を受けているうえに、石炭も欠乏してきたため、膠州湾へ向かうことにした。
同地はドイツの租借地である。
そこでは、石炭の補給は認められたが、修理は許されず、転覆の危険に怯えながらも出港して、フランス領インドシナのサイゴンへたどり着いた。
このことは、前にも触れた。
戦艦ツェザレウィチと駆逐艦三隻も、膠州湾へ逃げ込んだが、そのまま戦争終結まで同地に抑留され
日本艦隊の追撃をかわした巡洋艦アスコルドと一隻の駆逐艦は、上海へ逃れたが、結局そこで武装解除・抑留された。

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ツシマ沖の海戦(その四百七十) The Battle of Tsushima
2007-11-22 Thu 00:00
秋山参謀は、これまでロシア艦隊は何度も出撃してきたが、その度に旅順へ引き返している。したがって、今回も引き返すのではないか。我が艦隊は敵の背後に回り、旅順に帰る敵を一挙に撃滅する。そのためには艦隊の針路を北東に取るべきだと主張したのである。
それに対して島村参謀長は、ロシア艦隊が旅順に引き返すという保証はない。
同航戦を挑むべきで、すみやかに南東に舵を切り、追撃態勢に入るべきである、と述べたのである。
秋山が自説に固執し譲らなかったため、ついに東郷司令官が、「面舵いっぱい」と自ら島村参謀長の言う針路へ舵をとらせた、と言われている。
この秋山と島村の議論で失った三分間は、その後の追撃戦に三時間以上を費やすという結果を招いたのである。
午後四時三十分、第三、第六戦隊が第一戦隊に合流した。
午後五時三十分、第一戦隊と第三戦隊とがようやくロシア艦隊を包囲した。
両艦隊の距離は七千メートルに迫っていた。
砲撃戦が再開された。
いうところの第二合戦が始まったのである。
午後五時五十分、三十センチ砲の一弾が、ロシア艦隊旗艦「ツェザレウィチ」の前艦橋と羅針艦橋の中間に立つ前部マストに命中した。
炸裂した弾片は、ウィトゲフト司令長官の肉体を四散させ、艦隊航海長アザリエフ大尉、参謀エリス少尉他を斃した。
これが、後に「運命の一弾」呼ばれる命中弾となった。
更に、午後六時四十分、またもや三十センチ砲弾が、同艦の司令塔の窓に命中し、航海長ニキシィチ大尉、操舵手および数名の下士官が戦死した。
艦長、水雷長および司令塔内の全ての兵員が負傷した。
塔内の操舵装置、射撃指揮装置等の全ての機器が破壊され、進退の自由を失った「ツェザレウィチ」は、左方に円を描きながら味方の隊列に突入した。
これによってロシア全艦隊が壊乱状態に陥った。

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 高齢者狙う商法規制強化、09年度にも消費者契約法改正。
2007-11-21 Wed 00:00
政府は、判断力が衰えた高齢者に対する悪質商法の被害が相次いでいるため、消費者契約法を改正する方針を固めました。
「シロアリの被害で家に住めなくなる」などと消費者の不安心理をあおる商法などを「不当な勧誘行為」に加え、事後の契約取り消しを認める方向です。
「不当勧誘行為」に新たに加えることが検討されている商法としては、〈1〉大量の布団や服など常識で考えて不要な商品を売りつける(過量販売)〈2〉「残品わずか」などとして即座に契約することを迫る〈3〉「水道水が汚れている」と言って、浄水器の設置を促すなど、相手を不安にさせる(点検商法)などが挙がっています。

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ツシマ沖の海戦(その四百六十九) The Battle of Tsushima
2007-11-20 Tue 00:00
三笠には敵弾数発が命中して、死傷者十数名に及んだ。
一弾は後部デッキに当たり、水兵八名の命を奪い、分隊長市川節太郎大尉が重傷を負った。代わって分隊の指揮をとった畑定安少尉も次の一弾によって吹き飛ばされた。
日本の砲撃は、ロシア艦隊旗艦ツェザレウィチに集中した。
同艦はたちまち黒煙に包まれた。
午後一時五十分、ロシア艦隊は右変針して、西方を目指した。
その間も、東郷司令長官の直卒する第一戦隊は北西進を続けた。
午後二時十分、ロシア艦隊は再び左変針して西進する。
午後二時二十分、第一戦隊は右百八十度変換を行う。
午後二時三十分、逃げるロシア艦隊と追う日本艦隊との距離は八千メートルとなった。
日本艦隊は、ロシア艦隊と並進する形で追撃に移った。
そのため、先頭艦である三笠は敵の集中射撃を受けることとなった。
メインマストは直撃弾を受け、ほとんど倒れそうになった。
艦長の伊地知彦次郎大佐をはじめとする八十八名もの負傷者が出たのも、この時期である。
戦死者の数も二十四名に及んだ。
双方の距離は次第に開いていき、遂に第一戦隊が砲撃を中止したのは、午後三時三十分頃である。
これが第一会戦といわれる戦闘の経緯であるが、緒戦において日本艦隊の運動が一定しなかったことに問題があった。
即ち、丁字戦法に囚われて、艦隊の全砲火を敵の先頭艦に集中するという艦隊運動が最後までとりきれなかったのである。
かつ、接敵に不足があったため、大遠距離射撃となったことが失敗の原因といえよう。
これが、後に、三分早く反転していたら、敵を捕捉できたのではないかとの戦評を招くこととなったのである。
この艦隊運動を進言したのは秋山真之参謀である、といわれている。
秋山はロシア主力艦隊の速力を九ノットと判断していたが、実は、これは誤認であった。
敵速は十二ノットから十四ノット出ていたのである。
したがって、午後一時三十六分の右百八十度斉動の時機が早すぎ、その後砲戦指揮上、日本艦隊は敵の圧迫に努めるあまり、知らず知らずに艦隊が迷走することになったのである。
午後二時八分にも日本艦隊は方向変換しているが、島村参謀長と秋山参謀とが反転に関しての論議を行ったため、舵を取る時期が三分遅れた、と評されているのである。

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ツシマ沖の海戦(その四百六十八) The Battle of Tsushima
2007-11-19 Mon 00:00
ロシア艦隊は、ノヴイークを先頭にして港外に姿を現した。
同艦は、明治三十五年にドイツで建造された速力二十五ノットの快速の新鋭巡洋艦である。
排水量は三千百トン。
脱出を図ろうとしているロシア艦隊の動向は、港外哨戒中の日本第五戦隊(松島、橋立)によって直ちに発見された。
橋立は、即刻、敵艦隊出港南東進」と報じた。
この時期、東郷平八郎の率いる第一戦隊は、旅順南東四十哩に位置する円島付近を哨戒中であった。
報告を受けた東郷長官は全兵力に至急出港を命じ、自ら率いる第一戦隊を南下させた。
なお、直隷海峡にいた第三戦隊、遇岩の第六戦隊が南方から駆けつけ、小平島付近の第五戦隊が北方から敵艦の追跡を開始した。
第一戦隊が、旅順口の南東五十哩の遇岩付近で南下中の敵艦隊を望見したのは、午後零時二十分のことであった。
十八隻からなるロシア艦隊は二列縦陣を採用していた。
このまま進めば、反航戦となってしまう。
東郷大将は、敵をできるだけ海上遠くに誘き出す戦術をとろうと、決心した。
大将は、この役目を第三戦隊に委ねることにした。
同戦隊は、巡洋艦八雲を旗艦とする少将出羽重遠の率いる部隊である。
午後一時、第一戦隊は敵前で左九十度、更に左九十度斉動し東進した。
午後一時半、第一艦隊は右百八十度斉動、西進を始めた。
同航戦を試みたのである。
敵艦隊との距離七千五百メートルにおいて、三笠の主砲が火を噴いた。
殆ど同時に他の戦艦も砲門を開いた。
第三戦隊の装甲巡洋艦八雲も戦闘に参加した。
ロシア艦隊も反撃を開始し、ここに日露主力艦隊同士の海戦が始まったのである。
これが日本側で「黄海海戦」、ロシア側では「八月十日の海戦」と呼称する黄海を舞台とした大規模な海上戦闘である。

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ツシマ沖の海戦(その四百六十七) The Battle of Tsushima
2007-11-18 Sun 00:00
ところで、ペテルブルグの海軍省は、一向に動かないウィトゲフトの消極的な戦法には業を煮やしていた。
旅順港内の艦隊をウラジオストックへ回航するよう再三にわたって督促していた。
しかし、ウィトゲフトは一向に腰を上げようとはしなかった。
ところが、九月に入って日本軍の陸上からの砲撃が、港内の艦船にも損害及ぼし始めた。
もちろん、所謂「めくら撃ち」であるため、正確な砲撃ではなかった。
しかし、海軍省は、その報告を受けて狼狽した。
今度は、皇帝の勅命をもって、旅順艦隊のウラジオストック回航を命じてきた。
八月七日のことである。
ウィトゲフ少将には、艦隊指揮官としての決断に欠けていた。
彼は、快速艦のみを選んで、待ち受ける日本艦隊の包囲網の突破を図るべきであった。
事実、要塞司令官グリゴロウィチ少将もそのように進言していた。
しかし、ウィトゲフトは、「皇帝の私への命令は、全艦隊をあげてウラジオストックに回航せよとのことであった。私は皇帝陛下の命令を必ず実行するだろう。」と頑なに決定を覆そうとはしなかった。
彼は、それに加えて、その前日に日本海軍重砲隊の砲弾を喫水線下に受けて、完全な行動も覚束ない戦艦レトヴィザンまで連れて行こうとしたのだ。
旅順艦隊の陣容は、戦艦ツェザレウィチを先頭にして、レトヴイザン、ペレスヴェート、ポペーダ、ボルタワ、セヴァストーポリの五隻の戦艦とパラーダ、ジアーナ、アスコルトノヴィークの四隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦であった。
それに病院船モンゴリアが随伴していた。
一見強力そうに見える、この艦隊は実は張子の虎であった。
主力艦の大砲の大半は、陸戦砲台の不足を補うため陸揚げされていたため、この中には再取り付けが間に合わず、木製の偽砲を備え付けたものまであった。
また、大砲の操作員の中にも陸上に狩り出されていた者もあり、定員を補充できないままで出港した艦もあるという始末であった。

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時効で失われた年金、8年間で実に「2千億円超」
2007-11-17 Sat 00:00
社会保険庁は16日、2004~06年度の3年間で、年金の受給開始の請求が遅れたために、5年間の時効によって受け取れなくなった年金が、5万8355人分計886億円に上るとする推計を明らかにしました。
すでに判明している1999年~03年度の時効分の年金計1155億円と合わせると、実に8年間で「2000億円超」の年金が時効で失われたことになります。
これは、社保庁が16日の衆院厚生労働委員会で、自民党議員の質問に答えたものです。
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諮問会議、診療報酬見直しで一致
2007-11-16 Fri 00:00
開業医の初・再診料下げ等

政府の経済財政諮問会議は14日、社会保障費の増加を抑制するため、医療機関に支払う診療報酬の見直しを審議しました。開業医の初・再診料の引き下げや、人手不足が指摘される産科・小児救急を持つ病院には診療報酬を拡充するなどの対応を通じて、医療の質の維持と医療費の削減に取り組むことで一致しました。
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ツシマ沖の海戦(その四百六十六) The Battle of Tsushima
2007-11-15 Thu 00:00
ここで、少々詳しく「八月十日の海戦」について触れておきたい。
明治三十七年八月六日、乃木司令官は旅順攻撃中の第三軍に対して、大弧山、小弧山に対する攻略を下令した。
大弧山、小弧山というのは、旅順の本要塞の前に弓形に広がる低い連峰で、旅順を守る天然の要害であった。
文字どおりの白兵戦を繰り返し、七日午後八時半、日本軍は大弧山の奪取に成功した。
小弧山の戦闘も悲惨を極めたが、九日の午前四時半日本軍の手に落ちた。
海軍陸戦重砲隊は、陸軍の重砲不足を補完するために、十二センチ砲と十五センチ砲の砲座を火石嶺高地の東方に築き、八月七日の払暁、旅順市街の間接射撃を開始した。
もとより、正確な射撃は望むべくもないが、午前十時ごろになると、市街は黒煙に覆われることになった。
さらに、重砲弾はロシア海軍の貯油庫に命中し、市内は恐慌状態に陥った。
砲撃は翌日も続いた。
なおも翌々日の九日も早朝から砲撃が開始された。
そして、午前九時四十分ごろ放った一弾が、戦艦レトヴィザンに命中し、さらに二千トンククラスの貨物船が被弾沈没した。
戦艦レトヴィザンは、太平洋艦隊を増強するためロシアがアメリカに発注した戦艦であり、フィラデルフィアのクランプ造船所で建造され、千九百二年三月二十五日竣工している。排水量一万二千七百トン、最大速度十八ノットである。
兵装は三十・五cm砲連装二基、十五・二cm砲単装十二。
また、白玉山山麓の火薬庫直撃を受け、大火災が発生した。
港内はパニック状態となった。
驚いたロシア太平洋艦隊臨時司令官ウィトゲフト少将は、このままでは座したまま全滅することをおそれ、全艦隊に出航を命じた。
八月十日午前四時、ロシア艦隊は抜錨すると、次々に港外に脱出し始めた。

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Giant military rocket lifted off
2007-11-14 Wed 00:00
The Delta IV Heavy - the US military's biggest satellite launcher - lifted off from Cape Canaveral in Florida and successfully placed a spy spacecraft in orbit.
The 2.3-tonne Defense Support Program (DPS) satellite will monitor missile launches and gather intelligence.
The more than 70m-tall (230ft) Delta got away from its pad at 2050 EST on last Saturday (0150 GMT, Sunday).

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混合診療 現行制度見直しはない・・ 厚労次官
2007-11-13 Tue 00:00
厚生労働省の江利川毅事務次官は8日の記者会見で、混合診療禁止を違法とした7日の東京地裁判決について、「混合診療は医療保険の原理や医療技術の進歩の兼ね合いなどを考え、改善が行われてきた。(現行制度の)考え方は維持できる」と述べ、例外的に混合診療を認めている現行の「保険外併用療養費制度」を見直す考えがないことを明らかにしました。
そして、保険外併用療養費制度の対象拡大についても「今ただちに見直さなければいけない事情はない」と否定しました。
 ただ「(現行制度の)考え方を維持する中で、いろいろな技術進歩を見ながら、どういうあり方がいいか適宜考えることはある」とも述べています。

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ツシマ沖の海戦(その四百六十五) The Battle of Tsushima
2007-11-12 Mon 00:00
巡洋艦ジィヤーナの士官たちは、更に陸軍に関する情報を提供してくれた。
サイゴンには、旅順要塞陥落後に逃れてきたロシア陸軍関係者が多数いたが、
彼らのうちのある者が語るところによると、「降伏は誰にも予期しないできごとであった。もちろん、将兵たちは酷い飢えに苦しみ、あらゆる物資には不足していた。
しかし、奇妙なことにこれは備蓄が尽きたわけではなかったのである。
補給部の巨大な倉庫には穀類、缶詰その他の補給物資が、それこそ山積みされていたのである。それらは全て日本軍に引き渡されたのである。それに兵隊は靴が傷んで裸足で歩いている始末なのに、倉庫には大量の皮革が保管されていた。」
この話を聞いた艦隊の士官たちは憤激した。
「指揮官は何をしていたのだ」
「何という無能ぶりか」
更にジィヤーナの士官たちの話は旅順艦隊の最後に及んだ。
「旅順艦隊は故意から滅亡したとしか思えない。
二〇三メートル高地が占領されたとき、その通知は海軍側にはされなかった。
通報があれば、その地点を砲撃して、日本軍が十一吋砲を据え付けるのを妨害できたはずである。
陸軍と海軍の両司令部間では常に軋轢が繰り返され、旅順艦隊は高地から砲撃する十一吋砲の犠牲となったのだ。」
ジィヤーナの士官たちの顔面は怒りで紅潮していた。
「旅順ではステッセルは英雄どころか、裏切り者と罵っている。」
一人の士官が吐き棄てるように言った。
艦隊の士官たちも極度に憤慨した。
旅順が余りにも早く降伏したため、ノギ大将の指揮する旅順包囲軍にオオヤマ元帥の軍に合流を許したことになる。
これが、奉天の敗戦に繋がったとみることができる。
また、八月十日の海戦に参加したウフトムスキー少将の艦隊は、敵の包囲を突破してウラジオストックへ脱出する機会があったのに、突如反転し旅順へ引き返した。
結局、そこで破滅することになり、これが八月十四日のウラジオ艦隊の敗北をもたらしたのである。

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ツシマ沖の海戦(その四百六十四) The Battle of Tsushima
2007-11-11 Sun 00:00
ところで、ネボガトフの艦隊についての情報は、この日四月二十一日には、バルチック艦隊は把握していた。
それによると、第三艦隊は四月十七日コロンボ沖を通過し、五月二日頃当地へ到着の予定であるという。
サイゴンからはフランスの新聞が届いた。
紙面には、奉天陥落の記事が載せられており、それには両軍の陣形図が添えられていた。
サイゴンには、武装解除をされて抑留中の旅順艦隊の巡洋艦ジィヤーナがいたが、その乗組士官数名が、バルチック艦隊を訪れた。
そして、アリョールの士官たちと歓談したが、彼らの語る極東の戦況は次のようなものであった。
昨年の八月十日の海戦においては、日本艦隊は戦況の不利を覚って遁走を始めたのに、我が艦隊は転回して旅順に引き上げ、みすみす戦機を逸した。
戦闘で損害を蒙った戦艦ツェザレウィッチは、自力で回復して、ウラジオストックへ向かおうとした。
ところが、負傷して人事不省になっていたイワノフ艦長が意識を取り戻し青島へ向かうよう命令した。
サイゴンに脱出して抑留された巡洋艦ジィヤーナは、修理のためにドック入り予定である。
それに、サイゴンではフランス側は、石炭その他の必需品は無制限に供給してくれる。
ペテルブルグから武装解除の命令を受けたが、フランス人は手を広げて見せるだけで何もしようとはしない。
八月十日の海戦とは、明治三十七年八月十日に日本連合艦隊とロシア太平洋艦隊との間で戦われた黄海における海戦であるが、
この海戦でロシア太平洋艦隊の艦船は激しく損傷し、以後大規模海戦が行われることはなかった。
この海戦の契機は、日本海軍陸戦重砲隊が旅順港に向けて陸から行った砲撃によるものである。
ロシア太平洋艦隊は、少なからぬ被害を受けたため、これ以上の被害を避けるために艦隊を旅順港からウラジオストクへ回航することを決定したのである。
これを察知した連合艦隊は、出撃したロシア太平洋艦隊を十二時三十分に確認、直ちに丁字戦法を実行すべく艦隊行動を行った。
しかし、ロシア海軍は変針して連合艦隊から逃れようとしたため、結局、日本側は丁字戦法を用いることができず、追撃戦となった。
午後五時三十分、追いついた連合艦隊は攻撃を開始した。
砲戦中の六時四十分、太平洋艦隊旗艦ツェザレウィッチの艦橋に二発の砲弾が直撃した。このため、ウィトゲフト提督、イワノフ艦長及び操舵手の死亡により、旗艦は迷走を始め、ロシア太平洋艦隊の指揮系統は大混乱に陥り、全艦船は四散するという結果となった。
戦艦は青島に逃げ込み、抑留されたツェザレウィッチを除き全て旅順へ帰投した。

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KAGUYA (SELENE) ・・World’s First Image Taking of the Moon by HDTV
2007-11-10 Sat 00:00
JAXA and NHK have successfully performed the world's first high-definition image taking by the lunar explorer "KAGUYA".

(From the homepage of JAXA)

http://www.jaxa.jp/press/2007/11/20071107_kaguya_movie_j.html
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ツシマ沖の海戦(その四百六十三) The Battle of Tsushima
2007-11-09 Fri 00:00
「フランスは我が国の同盟国ではないか。それがこの態度とはなんだ」
「ゴール目前して引き返せとは、それならマダガスカルで足止めを食っていたほうがましだった」
「これはフランスの利敵行為だ」
スワロフ乗組士官たちの憤激と怨嗟の声は何時果てるとも知れなかった。
「こんな不当な扱いに甘んじる必要はない。すぐさまウラジオストックへ直行すべきだ」
「いや、それでは第三艦隊を見捨てることになる」
諤諤の論議が続いた。
午後五時ごろになると、このニュースは全艦隊に広まり、将兵は不安の念に包まれた。
やがて、午後十一時になると、スワロフのマストに旗旈信号が掲げられた。
「艦隊ハ、明日正午出港セントス」
もっとも、行き先についての指示はなされなかった。
四月二十一日午前九時、司令長官ロジェストウェンスキー中将は旗艦に各司令官及び各艦の艦長たちを呼び集めて言明した。
「仏国政府の要請を受けて、我が艦隊は公海に出る」
そして、「ただし、第三艦隊との合流の方針については変更なく、また糧食、石炭の補給と本国との通信のため、艦隊はカムラン湾を遠く離れざる仏国領海内に留まる」と付言した。
これで、日本側の偽計は不必要と化したわけである。
中将は、示達を終わると、あらためて石炭補給に関する要請電報をペテルブルグへ送った。
サイゴンに備蓄してある石炭の残量も乏しくなりつつあるにもかかわらず、新たに運び込まれるものはない。
契約済みであるはずの、ドイツの「ハンブルグ・アメリカ社」の輸送船は一塊の石炭すら運ぼうとはしない。
無論、他の会社も契約には応じない。
艦隊は海上で漂泊する場合にでも一日千トンの石炭を消費する。
「かくのごとき状態では、艦隊は遂に進退に窮することとなるであろう。」
一刻も早く、石炭を供給す契約を結んだ者に対し、切実なる督促をお願いしたい。
これこそ焦眉の急である。
電文は中将の悲痛な叫びに満ち溢れていた。

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「混合診療訴訟」全額自己負担は違法 東京地裁で国側敗訴
2007-11-08 Thu 00:00
「混合診療」を実施すると、本来は健康保険が適用される診療も含めて治療費全額が自己負担となる厚生労働省の運用について争われた訴訟の判決が7日、東京地裁でありました。定塚裁判長は「厚労省の法解釈は誤り」と指摘し、原告患者に保険給付を受けられる権利を認めました。
混合診療とは、保険診療と保険外診療(自由診療)を併用する診療のことですが、
今回の司法判断は、混合診療に関する国の姿勢を否定する初のものとなりました。
厚労省は、健康保険法に関して、(1)一つの病気で保険診療と自由診療が行われる場合、全体を一体の医療行為とみて保険給付を検討すべきだ(2)特定の高度先進医療など同法が例外的に認めた混合診療以外に保険は給付されない--と解釈し、混合診療を行う場合は原則として全額自己負担としてきました。
ところが、判決は、「保険診療と自由診療を一体として判断すべき法的根拠は見いだせない」と厚労省の法解釈を否定した上で「個別の診療行為ごとに、保険給付対象かどうか判断すべきだ」と述べ、混合診療を事実上容認したものです。

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最低賃金法改正案などきょう可決
2007-11-07 Wed 08:59
衆院厚生労働委員会は6日午後の理事懇談会で、先の通常国会で継続審議となった労働関連3法案のうち、最低賃金法改正案と、労働契約法案について、一部修正して7日の委員会で採決することで合意しました。
両修正案は7日の委員会で可決され、8日の本会議で衆院を通過、参院に送付される予定です。
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ツシマ沖の海戦(その四百六十二) The Battle of Tsushima
2007-11-07 Wed 00:00
軍令部は、この日、四月二十一日香港に入港したドイツ汽船「タンリン」号が、十七日にカムラン湾でバルチック艦隊を視認した、との情報を受け取っていた。
そこで、軍令部はロシア艦隊をカムラン湾から誘き出す偽計を案出した。
つまり、上村彦之丞中将が指揮する第二艦隊がマニラに進出するという、偽電を流し、その情報を信じたバルチック艦隊の出動を促そうという作戦であった。
偽装工作の内容は次の如くである。
まず、「マニラ領事館気付・上村海軍中将宛」に偽電を発し、四月二十六日ごろに第二艦隊がマニラに進出する旨の情報を流布する。
更に、軍令部は外務省を通じて、マニラ領事成田五郎に対して次のような措置をとるよう依頼した。
右の偽電を真実の如く外部へ洩らす。
小型汽船を一隻雇い、領事館員を乗り込ませ、第二艦隊出迎えの態をとらせる。
マニラ在泊の英船カーライルは、ロシア側のスパイ船の疑いがあるので、同船出発前に偽装行動を開始する。
ところが、この日、午後一時頃、スワロフでは昼食をとっている最中に、フランス巡洋艦デカルトに座乗している海軍少将ドジョンキルが来訪した。
食事を中止したロジェストウェンスキー中将が出迎えると、ドジョンキル少将は、本国政府から次のような通報を伝達せよ、との命令を受領したと伝えた。
「日本政府は、次の内容の最後通達を行った。
フランスがバルチック艦隊を二十四時間以内に、カムラン湾から退去させない場合には、
日本は英国に日英同盟の発動を求め、イギリス艦隊は充分に日本艦隊に協力する事態となる。」
よって、フランス政府は、国際紛争を回避するため、二十四時間以内にバルチック艦隊を退去させてほしい。
ドジョンキル少将の要請を、ロジェストウェンスキー中将は即諾した。
「承諾す。露国は貴国の友誼を損なう意思を有せず」
返答を聞いて、ドジョンキル少将は同情をこめた表情で、「貴艦隊にとっては真に遺憾なことだとは存じますが、本国政府は、貴艦隊が六百海里引き返して、その地点で後続艦隊を待つことを希望しております」
このニュースが、艦内に直ちに広がったことは言うまでもない。
スワロフの士官集会室では憤懣の声が渦巻いた。

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China's first lunar probe enters moon's orbit
2007-11-06 Tue 00:00
China's first lunar probe, Chang'e-1, successfully completed its first braking at perilune and enters the moon's orbit Monday morning,and becomes China's first circumlunar satellite.

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ツシマ沖の海戦(その四百六十一) The Battle of Tsushima
2007-11-05 Mon 00:00
四月二十一日、桂首相が緊急閣議を招集した。
以下は、本稿の趣旨から少々外れることとなるが、当時の我が国が戦争の終結を模索する苦渋の姿を追ってみたい。
この日の閣議決定事項は、十九日の元老会議で承認されものであるが、それには「日露講和条件予定の件」と表題がうたわれていた。
冒頭には、「抑モ帝国ガ安危存亡ヲ賭シテ露国ト干戈ヲ交フルニ至リタルハ、其ノ目的ニ於テ、満韓ノ保全ヲ維持シ極東永遠ノ平和ヲ確立スルニ在リ」と述べている。
したがって、講和の絶対要件は、再び、韓満にロシアの脅威が及ばないようにすることにあった。
そのため、この議案において絶対条件とされたのは、一つ、極東平和の最大禍源たる韓国を日本が自由処分をする同意を得る。一つ、満州からロシア軍を一定期間内に撤退させる。ただし、日本軍も撤兵する。一つ、ロシアが韓満に対する侵略の利器としてきた遼東半島と東清鉄道ハルビン支線を我が手中に収めて、将来の禍根を絶つ、という三条件であった。
その他には、「希望条件」として、軍費の賠償、中立国に逃げ込んだロシア軍艦の交付、サガレン及びその付近の諸島の割譲、沿海州沿岸の漁業権、が列記されていた。
これを仔細に眺めると、日本政府の弱気か随所に見て取れる。
現に四月八日に閣議で「和戦両略」方針が決定された際にも、「極東ロシア海軍力の制限」、「ウラジオストックの商港化」「豆満江下流の韓国国境付近の非武装化」等々を要求すべきだと提案されているのである。
しかし、早期の講和を迫られる国内事情を抱える政府にとっては、この程度の譲歩は止むを得ないものであったのであろう。
それを如実に表すような一文が議案の末尾に付されている。
「惟フニ、講和ノ条件ハ、素ヨリ戦局如何ニヨリ変更ヲ免レズ。我邦ニ於テハ、連戦連勝ノ功ヲ奏シタルモ、未ダ露国ノ死命ヲ制スルコト能ハザルガ故ニ、右等ノ要求スラ之ヲ容レシムルガ為メニハ、異常の困難アルヲ予期セザルベカラズ」
米国を初めとする各国の仲介や支持のもとでの講和談判の成立も、其の前提となる決定的な勝利があってのことである。
その勝利に自信がない。
これが、東京政府の本音であった。
ところが、陸海軍は勝戦を確信していた。
特に、海軍は戦いさえすれば勝つという、必勝の信念に燃えていた。
それには、バルチック艦隊を、朝鮮海峡に引きずり出さねばならない。

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75歳以上の初診料アップ 、再診料ダウン。厚労省方針
2007-11-04 Sun 00:00
厚生労働省は2日、75歳以上を対象に平成20年度からスタートする後期高齢者医療制度について、初診料を現行より引き上げ、再診料は下げる方針を中央社会保険医療協議会(中医協)に示しました。
一方、症状の軽い患者が救急病院にかかるケースが少なくなく勤務医の負担となっていることから、開業医の時間外診療の報酬を上乗せする考えも明らかにしました。いずれも、20年度の診療報酬改定で実現を目指しています。

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ツシマ沖の海戦(その四百六十) The Battle of Tsushima
2007-11-03 Sat 00:00
四月二十日、再び、フランス地方官憲がスワロフを訪問した。
彼らはロジェストウェンスキー中将に向かって、執拗に退去を求めた。
埒のあかない交渉にいらだった中将は、ペテルスブルグの海軍省に打電した。
「艦隊は頗る苦境に陥りつつあり」
当艦隊がカムラン湾に寄港することは規定の方針ではないか。
それにも関わらず、本国政府の外交上の不用意により、艦隊は退去を要求されている。
しかも、サイゴンにはロシア外交官不在のため、いちいち司令長官自身が折衝に当たることになる。
これは、戦闘員である本職の任務外のことではないか。
早急なる善処を要望する。
苛立っている中将の気持ちがよく現れている電文である。
加えて、中将は燃料不足について海軍省に苦情を申し立てている。
艦隊の頼りは、かってサイゴンに貯炭されていたものであり、それも辛うじて盗難を免れた残りだけに限られている。
至急の手配をお願いする。
此の儘で推移すれはせ、敵の不意に乗ずる利を失うばかりでなく、前進の渋滞または無期限の延期まで招きかねない。
中将の憤懣は、その極に達しかけていた。
この日、中将がサイゴンに派遣した石炭船三隻を護衛している仮装巡洋艦クバンからの報告が入った。
同艦は、「サイゴンからの帰途、大型のフランス汽船とすれ違ったが、船上には多数のロシア陸軍将兵の姿が見えた。彼らは帰国する捕虜とみられ、当艦とすれ違う際に、帽子を振り歓声を上げた」と、その有様を伝えた。
機関中尉ポリトウスキーが記述によると、これを伝え聞いたスワロフの士官たちの中には、里心を刺激されたのか、急に夫人をウラジオストックへ呼び寄せる手続きをする者たちが増えた、とのことである。
他方、パリでは、本野公使は再び小村外相の訓電を受けて、大車輪の活動を開始した。
訓令は次のように述べられていたのだ。
「仏国により、バルチック艦隊に与えられたる優遇は、日本の交戦権を度外視し、且つ著大の損害を与えたるものに相違なく・・至急の手段を執るべく仏国外相に促すべし」
公使はフランス外相デルカッセに面会を申込むとともに、他の閣僚にも事情説明を試みた。
また、それと平行してマスコミ工作も開始していた。

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ツシマ沖の海戦(その四百五十九) The Battle of Tsushima
2007-11-02 Fri 00:00
ロジェストウエンスキー提督が、果敢に反駁したことはいうまでもない。
『情報によれば、仏国籍の一船舶が大量の米を積載して日本に向かうとのことであったが、我が艦隊はこれに対してあえて、停船も拿捕も行っていない』
これこそが、偏にわが国が貴国の中立の立場を尊重し、中立湾である当湾を作戦基地にする謗りを避けんが為にほかならない。
中将は、口を極めてわが国は十二分にフランスの立場を尊重している、と述べた。
しかし、フランス側の地方官憲は、『本国の指示である。速やかに退去されたい』
と、繰り返すばかりであった。
子のような虚しい押し問答が繰り返されている間にも、アリョール乗組みの造船技官ウラジミール・コスチェンコは、戦艦アレクサンドル三世を訪れ、同艦の機関士トトベン中尉とともに、下部甲板、汽罐や機械部を隈なく見て回った。
勿論、全ては申し分の無いよう整備されていた。
しかし、コスチェンコの関心は別のところにあった。
彼にとって明瞭なことは、問題は隔壁水密扉の状態如何にあるのではなく、戦闘時に大火災が発生した場合の対策にあった。
点検終了後、将校集会室で、上級士官や技術者を前にしてコスチェンコは、意見を述べた。
艦体の水線上の部分から総て可燃物を撤去する必要を指摘し、アリョールにおいてはマダガスカル出航直後から既に実施していることを告げた。
ところが、それに対する反応は皮肉なものであった。
「アリョールでは少尉連中が将校集会室を牛耳っている。このことは艦隊中に知れ渡っている」
「連中は戦争ゴッコに夢中になっている」
コスチェンコの提案に対しては、誰も真剣に取り合ってくれなかった。
彼らは主張した。
「海戦においての火災は重大な危険をもたらすものではない。それは既に旅順艦隊が実証している。強力な消火装置があれば、わけなく食いとられる。居住区を壊すことは簡単であるが、これを復旧するのは容易なことではない。
戦闘ではいくらかの被害を受けるであろうが、とにかくウラジオストックへ到着した後、我々は破壊され家具も無いひどい船室ですむことになるではないか」
これが、旗艦の親衛艦アレクサンドル三世の幹部将校の意見の集約であった。
多分、これは提督自身の意見とも一致するのであろう。
コスチェンコは彼らを動かすことの不可能さを悟った。
そこで、論戦は終末を迎えた。

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