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ツシマ沖の海戦(その三百四十一) The Battle of Tsushima
2007-06-12 Tue 00:00
では、視線を翻して第二軍の方を眺めてみよう。
午後二時ごろ、第五師団第四十一連隊が莫家堡に進出したが、これとてもロシア第二軍が戦線縮小のため撤退したために、応ずる行動にすぎなかった。
午後三時すぎ、第三、第八師団から、前面の敵に動揺が見られるという通報が相次いで入ってきた。
第二軍司令官奥大将は、その情報を耳にして、「敵の動揺は、第一、第四軍の追撃の効き目じゃろう」と、傍らの幕僚たちに言った。
「大勢は既に定まっておる。直ちに攻撃に転じよう」
大将の決断は、直ちに次の命令により具体化した。
「第五師団は、前面の敵を撃攘して、大堡に前進せよ。第八師団は第五師団の運動に伴い、大路官堡に進め。第三師団は第八師団の運動に応じて、楊士屯北方二キロの堡塁および熊家崗子を攻略せよ」
司令官命令は、午後三時三十分に発出されたが、第五師団が受領したのは、午後三時五十分になっていた。
師団長は木越安綱中将である。
師団長命令は午後四時十分に下令され、師団が動き出したのが午後三十分になっていた。
前進を開始して、間もなく日没をとなった。
師団長木越中将は、左翼に配置した第二十一旅団に昼夜兼行して少なくとも大堡に進出することを命じた。
左翼を担当したのは、第九旅団であるが、木越中将は同旅団に先ず下沙坨子を攻略してから、第九師団に連結して前進せよ、と下令した。
ところが、両翼部隊とも、暗夜の地形確認に手間取っているうちに、下沙坨子を守備するロシア軍に発見され、その攻撃を受ける破目に陥った。
両隊は共同して、同村を攻撃したが、夜半を過ぎても突破することができなかった。
第五師団の停滞は、そのまま第八師団、第三師団の足止めとなり、結局、両師団は前進することなく終わった。
第三軍においても、この日は,はかばかしい進展は見られなかった。
軍司令官乃木大将が、満州軍総参謀長児玉大将からの通報を受けたのは、午後三時のことであった。
その内容は、奉天付近の敵を撃砕したのち、奉天北方に兵力を集結し、敵の退路を横断せよ、という午前十一時発出命令を改めて伝えたものであるが、児玉大将は最後に一言付け加えた。
「総司令官は、特に第三軍の猛烈なる攻撃前進を希望せられあり」
執拗とも言うべき総司令部の督戦である。
第三軍幕僚たちの間から、一斉に憤慨の声が湧き上がった。

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