We must protect the senile elderly people from unscrupulous business operators by using the adult guardianship system.

スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 |
ツシマ沖の海戦(その三百三十九) The Battle of Tsushima
2007-06-10 Sun 01:01
日本満州軍総司令部内では、時刻を経るにしたがって焦燥の色が濃くなりつつあった。
総司令部は、第四軍に対して次のような命令を下した。
直ちに出発し、渾河を渡り、撫順・奉天道と奉天・鉄嶺道の中間を鉄嶺に向かって追撃せよ。
総司令部が第四軍を督励したのは、他軍を刺激するための措置であった。
何しろ、第二・第三軍の戦果がはかばかしくなく、第一軍からは連絡すらもないといった有様であったからである。
しかし、命令を受領した第四軍の反応は極めて鈍いものであった。
軍司令官野津大将が、この命令を受け取ったのは、午後二時二十分であったが、この時期は、悪いことに軍司令部が移動中であったため、即座に適切な指示が発動できなかった。
野津大将は、午後五時三十分、荒山子に到着して、戦況を観望したときに、尚も前面のロシア軍が退却中であることを知った。
大将は総司令部命令を直ちに実行することを決意した。
「敵を壊乱に陥れるために、諸隊を駐止させることなく、鉄嶺に向い追撃を行うべし」
野津大将は、更に各部隊に対して、次のような進出目標を指示した。
第十師団は李相屯、大久保支隊は養猪圏子、第六師団は三岔子への進撃を命じたのである。
ところが、なぜか大将の命令は、大久保支隊と第六師団には届かなかった。
両部隊は、命令受領のないまま、宿営準備に入ってしまったのである。
第十師団は、受命した。
師団長安東貞美中将は、部隊に前進を命令した。
しかし、師団は既に宿営準備を始めていたため、出発準備に大いに手間取った。
そのため、先頭部隊が行動を開始したのは、午後九時を過ぎた時刻であった。
行進は難渋した。
この夜は星のない暗夜であり、道路は不良であったので、ようやく目的地である李相屯に到着し、露営に入ったのは午後十一時のこととなった。

From Abiko Business Consultants
スポンサーサイト
別窓 | 小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| Abiko Business Consultants |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。