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ツシマ沖の海戦(その三百三十五) The Battle of Tsushima
2007-06-06 Wed 00:00
第二十六連隊長丹羽剛中佐は、互いの部隊が混じり合ってしまうことを懸念した。
そこで、第三大隊長山内正生少佐に注意すると、少佐乃の方もそれに気づいていたと見え、伝令を走らせた。
ところが、またもや、途中で斃れてしまった。
第三大隊の一線部隊は、将校の大半を失い、指揮系統が乱れていたため、第九師団第三十五連隊の来援を好機ととらえ、自ら同連隊の中に溶け込んでその指示を仰ごうとした。
第六旅団長一戸少将は、後続の第七連隊の一部を増派し、砲兵第二旅団に支援射撃を要請した。
午後零時四十分、敵の砲火がやや衰えたのを好機ととらえた一線部隊では、突撃命令が下された。
第三十五連隊第二大隊と第七師団第二十六連隊第三大隊はともに突撃した。
ところが、前述したように両部隊は互いに入り混じって行動しているため、指揮系統が混乱し、攻撃は停滞した。
おまけに、小韓屯のロシア砲兵部隊の砲撃を受けたため、第九師団長大島久直中将は、第十八旅団も八家子攻略に投入することを決意した。
ここに意外な展開が待っていた。
八家子のロシア部隊が急に撤退を始めたのである。
これには、訳があった。
八家子部落を守備していたのは、前にも触れたように、ザポリスキー大佐の部隊であったが、大佐はその直前、反撃を試みようとして一個大隊を率いて部落を出ようとしたとき、飛来した弾丸に頭部を撃ち抜かれ即死したのである。
これがきっかけとなり、配下の第百四十七連隊の士気は見る間に沮喪し、一人逃げ二人逃げしている間に、やがてどっと散兵壕を抜け出した兵たちが壊乱状態になりながら大韓屯方面へ退却した。

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