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ツシマ沖の海戦(その三百三十三) The Battle of Tsushima
2007-06-04 Mon 00:00
190604.jpg

ロシア側もこの日本兵に手を焼いた。
というのは、残留した日本兵が籠もったのが北、東、南の三方を丘で囲まれた墓地だったからである。
その地形は天然の保塁ともいえたからだ。
ロシア側は、攻め倦み正午過ぎになってようやく、ステパネンコ中尉の率いる一隊が日本兵を駆逐することに成功した。
一方、第七師団の中央を任された斉藤太郎少将の率いる第十四旅団は、転湾橋から前湾橋を目指して前進した。
ところが、小転湾橋まで進出した時点で、小韓屯方向から敵の砲撃を受け始めたため、斉藤少将は旅団に停止を命じた。
小韓屯は、左翼に位置する吉田精一少将の指揮下の第十三旅団が目標とする地点であるため、同隊の攻撃に合わせて前進を再開しようと考えたのだ。
ところが、その左翼第十三旅団も、その左側に位置する第九師団右翼が前進しないので、それを待って進むべく、出発を見合わせていたのである。
第七師団長大迫中将は、いらだって、前進を督励した。
「第二縦隊(第九師団)に関せず小韓屯を占領すべし」
ただし、この時点では、大迫中将は、第九師団が既に八家子を占領したとの報告を受けていた。
中将は、八家子は小韓屯の北方の村落で、左翼隊の前進方向の左前方に位置するため、これで左翼の左側は安全であると判断したのだ。
ところが、これが誤報であった。
その影響は覿面に現れた。
大迫中将の指示に従った左翼の第十三旅団は、霧の中を前進して、小韓屯の西北約千五百メートルに至ったとき、斥候が八家子の西、とある林の中に少なくとも二個中隊の敵がいると報告してきた。
その途端、八家子方面から激烈なる射撃を受けた。

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