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ツシマ沖の海戦(その三百三十一) The Battle of Tsushima
2007-06-02 Sat 02:22
茂沢上等卒が前掲の日誌の中で愚痴っているように、第十六連隊は、兵士たちに強行軍を続けさせた。。
「行軍行軍行軍、行軍に強きものは勝利を得と云う戦術の原則を応用さるると見え、夜に入っても飯も食わさず、十時頃に師団の前衛たる廿九聯隊や第四聯隊の停止し居る川の傍で、隊をたたみて夕飯を食べ、十一時三十分より又々追撃に移った」
同じ第二師団にあっても、第十六連隊の兵員には、未だ余力が感じ取れるが、茂沢日誌の三月九日の頁を捲れば、そうでないことがよく分かる。
「三月九日  木  快晴。
昨朝来歩き続けて未明に某地点に到着し、右側五、六百メートルの処より射ち出す弾のため、右大腿に貫通銃創を受け、残念ながら歩行の自由を失し、・・・・・支那人家屋に入り数日の疲労に前後不覚に睡眠せり」
なんと、傷の痛みも忘れて熟睡しているのである。
その疲労困憊振りが偲ばれる。
では、第四軍の方は、どうかといえば、
午前十一時二十分、第四軍主力は、総司令部が指定した進出線に到着していた。
すなわち、蘇家屯停車場、大張爾屯、万家嶺を結ぶ線上にである。
第四軍司令官野津大将は、なおも追撃をすることを望んだ。
大将は、大久保利貞少将の率いる後備第三旅団に指令を発した。
「部隊を以って、速に敵の渾河左岸の陣地に拠る否やを、偵察すべし」
野津大将は、敵の退却に乗ずるとなく停止するのは得策ではないと判断したのだ。
ところが、大将が偵察命令を出した二十分後に総司令部から命令が届いた。
その内容は、午前一時二十分の命令と同様であり、指示線に到達せよ、とのものであった。
既に指示線上にいる第四軍にとっては、それは停止命令に等しい内容であった。
野津大将は、しかし、「敵若し退却を継続せば、鉄嶺方向に追撃せん」と、決心し、第六師団、第三後備旅団、第十師団へ前進命令を下した。
だが、この命令の伝達は遅れ、第四軍は指示線にどっかと腰を落ち着けてしまった。

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