We must protect the senile elderly people from unscrupulous business operators by using the adult guardianship system.

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「社保庁改革法案」未明に衆院通過 
2007-06-01 Fri 12:01
社会保険庁改革関連法案と年金時効停止特別措置法案は1日未明、衆院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決され、ただちに参院に送付されました。

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ツシマ沖の海戦(その三百三十) The Battle of Tsushima
2007-06-01 Fri 00:19
「如何なる場合でも、敵の陣地の上に立って見回す位、爽快なことはない」
第三旅団副官多門二郎大尉は、そう書きのこしている。
大尉は敵陣の巧妙なる配置に感嘆し、改めてここ数日間の難攻に想いを馳せた。
旅団は高台嶺を降りて西を目指して進んだ。
しかし、渾河畔への進撃は遅々とした足取りであった。
もっとも、兵には「歩度を早くせぬ様に」との指示が与えられていた。
兵の疲労が最極限に達し、ただ気力だけに頼って足を運んでいるだけの状態であった。
おまけに、地図が不完全なために不必要な迂回路をたどることになり、進軍の速度はいやが上にも遅延せざるを得なかった。
第一軍の他の部隊の行進も同じく遅々としたものであった。
すなわち、第十二師団、近衛師団、後備近衛旅団も北進を開始したが、兵員の疲労と小敵にも気を配る慎重さとかあいまって、漸進を繰り返すばかりであった。
ところで、ここに興味を引く記録がある。
新潟県新発田歩兵第十六連隊から出征した、陸軍上等卒茂沢祐作なる人物の日露戦役従軍日誌(正論・平成16年12月臨時増刊号)である。引用させていただく。
「三月七日、火、快晴。
午后に至り、敵の陣地に大いなる白旗,続いて赤十字旗が多くの兵に援せられて現れ、漸次吾に接近するので多分両翼より退路を絶たれ降を乞うものならんと思いしに、之は前日来の戦闘に彼我共に死傷多ければ、時を定めて互いに之を収容せんと云う軍使であった。」
「三月八日、水、快晴。
昨日まで地と肉の修羅場も忽ち変わる今日の静かさ。・・・・午前八時であったろうか、立ち上る砂烟の中を各隊は軍旗堂々前進を始めた。・・・・之を(敵の陣地)を左右に見て防御線内に入れば、昨日の休戦に屍体は一切収容せしと見えて、一つもなく、武器・装具も僅かに見えるのみ、弾薬に至りてはアチコチ集積されたるもの無数。約二里余も前進して一地に集合し、聨隊は此処に近衛の附属を解かれて、第二師団に帰り追撃に移る(師団の本体となりて)。」
この記録からも明らかなように、第一線のロシア軍は実に整然とした計画的な退却を行っている。

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