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ツシマ沖の海戦(その二百六十八) The Battle of Tsushima
2007-03-31 Sat 00:00
奉天のロシア軍総司令部では、クロパトキン大将が作戦計画の修正に頭を悩ませていた。
というのも、奉天西方に第二軍を中心とし、それに増援部隊加えたた兵力をもって、回りこんできた日本第三軍に一大痛棒を食らわせようという、大将の戦略に暗雲が立ち込め始めていたからである。
その戦略の支点となるべき蘇湖堡が失陥し、今朝までに完了すべき莫家堡附近の渡河も未だに完了していない有様である。
しかし、それ以上に大将を悩ませているのは、各部隊の司令官が指揮下の部隊の掌握ができていないという事実であった。
奉天駅には、大将の招集命令に応じて、高級司令官が続々と集まってきているが、いずれも指揮下の部隊の把握は万全とはいえなかった。
特に第十軍団長ツェルビッキー中将にいたっては、一兵をも掌握できていないと報告する始末である。
このような体たらくでは総攻撃は覚束ない。
大将は、日本第三軍がますます北上して、奉天以北の鉄道を切断する可能性が増えたと判断を下した。
「今や、総攻撃は不可能な状態である。我が右翼軍による敵左翼に対する攻撃に重点を切り替えるべきであろう。」
大将は、傍らのサハロフ中将に語りかけた。
大将の発想は、直ちに参謀次長エウェルト少将を通じて、第二軍司令官カウリバルス大将に伝えられた。
しかし、それ聞いたカウリバルス大将は、全く反対の判断を下した。
クロパトキン総司令官の構想には、確かに鉄道防備という利点は含まれている。
だが、敵左翼を叩くだけでは、日本第三軍を崩壊に導くことはできない。
しかも、第三軍の背後には強力な敵部隊が続行してきている。
クロパトキン構想に従えば、第二軍の主力をも右翼に移動させなければならない。
そのためには、少なくとも一昼夜は必要となる。
その時間の空費により、逆にロシア軍右翼は日本軍に包囲されるおそれが生じる。
カウリバルス大将は、むしろ第二軍の主力は現在位置のまま、渾河沿いに攻撃をかけるべきである、と判断した。
大将の判断の根拠は次のとおりである。
兵力の集中は簡単であり、渾河南岸に残る各部隊を策応させ易い。
かつ、奉天の擁護も確実になり、日本軍の第三軍と第二軍の切断が可能となる。
同大将は決断をし、その旨をクロパトキン総司令官に通報した。
そして、午後四時十五分、第二軍作戦命令第十号を発令した。
翌五日払暁、莫家堡、楊士屯を結ぶ線から渾河北岸に布陣する第二軍総兵力をもって総攻撃を行う。総指揮官はラウニツ大将であり、前線指揮は第十軍団長ツェルビッキー中将に委ねる。
この指令は、クロパトキン総司令官の返事を待つことなく下された。
カウリバルス大将は、敢然として独断専行を行ったのである。
彼は内心、クロパトキン大将に総帥としての器量が欠けていることに気づいていたのだ。

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年金一元化法案まとまる
2007-03-30 Fri 15:32
 報道によりますと、政府は28日、サラリーマンや公務員、パートタイム労働者らの公的年金を厚生年金に統合することを目指す「被用者年金一元化法案」をとりまとめたそうです。
同法案によると、2010年度に公務員らの共済年金を廃止し、厚生年金に一元化することが柱となっています。公務員の方が低い保険料率は、段階的に調整し、18年に18・3%で官民を統一します。
また、11年9月からは、厚生年金が適用されるパートの対象者も拡大する。
ただ、与党は社会保険庁改革関連法案などの審議を優先する方針で、今国会での被用者年金一元化法案の成立は微妙な情勢だといわれています。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十七) The Battle of Tsushima
2007-03-30 Fri 00:42
三月四日、この日の日本側の戦況は次のとおりである。
鴨緑江軍においては、後備第一師団が龍王廟嶺、第十一師団が救兵台を攻撃したが、はかばかしい進展は見られなかった。
第一軍においては、第二師団第十五旅団を鴨緑江軍救援のため、馬群鄲方面へ派遣することとなった。同旅団には、旅団長小原房次郎少将の名前をとって「小原旅団」の呼称が与えられたが、結局、準備が遅れ、この日は出発ができなかった。
第四軍、全般的には現状維持のままで終始し、第六師団のみは、沙河堡を攻撃したが、敵砲火によって前進を阻まれた。
第二軍は、前日に引き続き快進撃を行い、午前中に第五師団は人二堡、蘇湖堡を占領し、第八師団は二台子、徳勝営子に進出した。
第二軍司令官奥大将は、午前十時、第五、第八師団に対して、莫家堡を経由して沙坨子へ進むよう下令した。
第三軍、第九師団は、寧官屯、張士屯へ進出し、第七師団は李官堡、姚家屯に到達した。
両師団は連携して、楊士屯・牛心屯を結ぶ線を防備するロシア軍を攻撃したが、防備は固く、攻撃は成功しなかった。
第一師団は大石橋東の大転湾橋に、秋山支隊は大石橋北方の郝三家子に進んだ。
午後になると第二軍の戦況は更に進展し、第八師団は張士屯南方にまで進出し、第三軍第九師団と肩を並べた。
第五師団も渾河を渡り、大楡樹堡に入った。
その結果。大石橋北方から渾河北岸に至る旧鉄道堤の内側に、第三軍と第二軍の主力が侵入したことになった。
以上の戦況の推移に見た総司令部は、第二軍をもっぱら渾河北岸で第三軍と共同して作戦させるため、富岡支隊と第四師団を第四軍に転属させ、第二軍には総予備兵力にしていた第三師団を復帰させることを決定した。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十六) The Battle of Tsushima
2007-03-29 Thu 20:19
ラウニツ大将は、「先ず敵情を観察することが肝要である。」と告げ、言葉を継いで、「情況我に利あらば、蘇湖堡を攻撃せよ」と命令した。
ゲルシェリマン中将は即座に首を横に振った。
「閣下。我が部隊は既に攻撃準備を完了しております。将に支援砲撃の下に進発せんといたしております。敵の所在は明らかであります。今更、偵察は不要であります。ただ、撲滅あるのみです。どうか、閣下、部隊の御観閲を賜りたく。」
途端に、付近の陣地から一斉に砲声が沸き起こった。
「結構である。申し分なし。」
ラウニツ大将は、大声を張り上げ、講評を述べた。
と、そのとき、大将の背後の方向から、伝令騎兵が駆けつける蹄の音が響いてきた。
伝令は、大将の名前を連呼している。
息せききって駆けつけてきた伝令が、荒い息と共に伝えたのは、クロパトキン大将からの命令であった。
その内容は、「局部の前進は中止せよ」とのものであり、第二軍の配置と攻撃準備が未だ整っていないのが、その理由とされていた。
ゲルシェリマン中将が落胆したのは当然のことであった。
中将は、ラウニツ大将に食い下がった。
中将は、せっかく士気が高揚している、この現在において、攻撃を中止するのでは、今後の将兵の心理に悪影響を残す、と指摘し、「閣下。どうか、独断で攻撃許可を賜らんことを切望いたします」と詰め寄った。
しかし、気落ちしてしまった大将には、もはや、その気力は残ってはいなかった。
ただ、肩をすくめるばかりであった。
そして、「防衛を継続せよ。」と中将に告げるなり、馬首を返して北方へと姿を消した。

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改正児童手当法が成立、乳幼児手当1万円に増額
2007-03-28 Wed 11:33
乳幼児への児童手当を増額する改正児童手当法は28日午前の参院本会議で、賛成多数で可決、成立しました。
これで、今年4月から、0~2歳児の第1子、第2子への児童手当の支給額が、5000円から1万円に引き上げられることになります。
ただし、年収制限があり、サラリーマン世帯で妻が専業主婦、子供2人の場合、年収860万円未満が対象となります。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十五) The Battle of Tsushima
2007-03-28 Wed 00:00
ラウニツ大将の心境は、まもなく晴れることとなった。
第二軍司令官カウリバルス大将から、前命令を修正する旨の命令が伝達されたのである。
「大なる損害を受くるの恐れ無ければ、蘇湖堡を奪取するも妨げけなし」
これを受けて、ラウニツ大将は、蘇湖堡奪回の執念に火がついた。
午前十一時、攻撃部隊を督励するため、ラウニツ大将は莫家堡の第十軍団第九師団長ゲルシェリマン中将のもとを訪問した。
同地附近は、既に日本軍火砲の射程内に入っており、退却中の輜重部隊で混雑している中に砲弾が落下するたびに、恐慌状態が起こっていた。
大将は、馬上から逃げ惑う軍夫、人夫たちを叱咤した。
莫家堡南方の旧鉄道堤の両側に布陣したゲルシェリマン中将の部隊に到着したラウニツ大将は、将兵を呼び集め、前述したザスリチ中将の「援兵不要」の電報とその戦果について披露した。
前日の未明、中部戦線において、日本軍第一軍の近衛師団と第二師団の攻撃をことごとく跳ね返したシベリヤ第二軍団長ザスチリ中将は、「日本近衛兵はシベリヤ第二軍団の前面でさい破されたり。今や援助部隊を要せず」と報告した。
クロパトキン司令官にも感銘を与えた、その報告文は、ラウニツ大将にとっても、感奮の材料となっていたのだ。
「これこそロシア人である。」
大将が叫ぶと、集まった将兵たちをも感動の嵐の中に巻き込んだ。
或る者は帽子を投げ上げ、またある者は涙を流し、胸に十字を切る者、「ウラー」の喚声は繰り返し、繰り返し寒風吹きすさぶ空に轟き渡った。
その時、大将到着の報せを受けて姿を現したゲルシェリマン中将も、事情知ると涙を流しながら、その光景に感動してみせた。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十四) The Battle of Tsushima
2007-03-27 Tue 00:00
命令を受けたゲルシェリマン中将は、莫家堡の北岸に第三十三連隊を配置し、第百二十二連隊長ミュルレル大佐に莫家堡にいた第二百四十一連隊および第六十連隊から抽出した各一個大隊、砲兵第三十一連隊第一大隊の指揮を任せ、これを「莫家堡支隊」となした。
同地の手前で待機していた第三、第四連隊は、第四連隊長エンチェウィチ大佐の指揮の下で莫家堡を目指して進軍した。
ところが、エンチェウィチ大佐の率いる部隊は、途中の二台子で第十五師団の第五十九連隊、第五十八連隊と遭遇した。
この部隊は、蘇湖堡に向かう途中で道に迷って二台子に腰を据えていたのだが、その第五十九連隊長クズネツウォフ大佐は、到着した第三、第四連隊を前にして、自分が全部隊の指揮をとる旨を言明し、「当部隊を二台子部隊と呼称し、第二軍前進の軸点として、当地を固守する」と、宣言した。
ラウニツ大将の意向を無視して、派遣部隊はいずれも途中の村落に落ち着いてしまったのである。
午前十時、ラウニツ大将の電話機が鳴って、第二軍司令官カウリバルス大将の命令が伝えられた。
「二台子を占領せば蘇湖堡は大なる価値を有せず。総攻撃に転ずるまでは、蘇湖堡占領のため断固たる行動を取るべからず」
ラウニツ大将が不審の念を抱いたのは当然である。
蘇湖堡は北に彎曲する渾身河の要衝ともいえる地点に位置する村落である。
同地を保持すれば、渾河の両岸を戦闘に効果的に対処することが可能になる。
現に、クロパトキン大将もその確保を支持してきたではないか。
その失陥に際しては、厳しい問責をラウニツ大将に浴びせかけてきたではないか。
それなのに、今になって二台子のほうが蘇湖堡よりより戦略的価値があるとは、いかなる判断によるものか。
ラウニツ大将の内心には疑惑の雲が立ち込め始めた。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十三) The Battle of Tsushima
2007-03-26 Mon 00:25
乃木司令官が、総司令部命令内報を受領したのは、四日午前四時三十分のことである。
だが、乃木大将は昨夜来の決心を変えることはなかった。
各師団は既に運動を開始しており、第二軍の渾河北岸への進出は数日後になると予想されていた。
乃木大将は、両軍の連絡を待てば、退却中の敵を逸するおそれは濃厚である。
大将は馬三家子には行かぬ決心を再確認した。
「前夜の部署を実施し、敵の退却を崩壊に帰せしめんとす」
同じ頃、奉天のクロパトキン司令部では凶報を受け取り、部内には狼狽の波が広がっていった。
それは蘇湖堡が陥落したとの通報であった。
報告は現地のケスト工兵中佐からのものであり、驚いたクロパトキン大将は、電話機を握ると、沙坨子にいる第二軍司令官ラウニツ大将を詰問した。
「誤報である」
ラウニツ大将は憤激した。
「蘇湖堡は、第二軍の莫家堡渡河の援護地であり、第三軍右翼擁護の拠点である。
防衛責任者はイワノフ中将であり、これを放棄することは万に一つも有るべきものにあらず」
電話機を叩き付けるようにして置くと、ラウニツ大将は直ちに偵察隊を派遣した。
午前七時、帰隊した偵察部隊は、「蘇湖堡には日本兵が充満している」と報告した。
誤報ではないことを覚ったラウニツ大将は、再び激怒して、同地の奪回を決意した。
大将は、第十軍団第九師団長ゲルシェリマン中将に、第三十三、第百二十二連隊を反転させ蘇湖堡奪回を命じた。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十二) The Battle of Tsushima
2007-03-25 Sun 00:15
ここで、大房身の戦闘について少し触れておきたい。
三月三日、第三軍の先頭をきって北進中の秋山好古の支隊は大房身という村に到着した。
同村は奉天の北西に位置する小村落であるが、秋山支隊ここで、ビルゲル中将率いる支隊と遭遇した。そこでいわゆる不期遭遇戦が起こったわけであるが、秋山少将は、これまでのように騎兵を馬からおろすと、防御陣地に入れて防衛態勢を敷いた。
ビルゲル支隊の兵力は歩兵が九個大隊、砲兵三個中隊十二門、騎兵八個中隊である。
戦闘は午前十時頃から始まり、銃撃戦、砲撃戦が四時間余り続いた。
ビルゲル中将は砲兵の指揮は見事であった。砲兵陣地転換を巧みに行いながら、三方向から死角のない砲撃を浴びせかけてきた。
ロシア歩兵も勇敢に進撃してきて、一時は秋山支隊が構える砲兵陣地の八百メートル手前にまで接近してきたほどであった。
これらロシア軍の攻撃に対し、秋山少将は、あくまで砲と機関砲で対応した。。。
夕方頃、ビルゲル中将は攻撃をあきらめ、部隊をまとめて退却を始めた。
ロシア軍は周知のように退却戦には優れたところみせる。
殿軍を残しては、主力は退いていく。
秋山少将は、砲兵に機関砲隊をつけて前進させ、退却するロシア軍を追撃させた。
ロシア軍はこの追撃戦で大混乱を起こし、死傷者の回収もできずに敗走してしまった。
この戦闘で受けた被害の大きさが原因となって、ビルゲル支隊は奉天の主力決戦に参加できなかったといわれている。
この日の夜には、ロシア軍のほとんどが退却したが、一部の部隊が北方に止まって銃砲撃を続けていた。秋山少将は、残留部隊がいることから、翌日のロシア軍の再襲撃を予測して、兵を一旦大房身から引かせた。
翌日、少将が予想したロシア軍の襲撃はなかった。
襲撃がないとわかると、秋山少将はすぐさま北進を開始した。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十一) The Battle of Tsushima
2007-03-24 Sat 00:22
第三軍は、総司令部の意図とは食い違う命令を既に発していたのである。
この時点では、第三軍司令部も、馬三家子を右翼にして展開するという総司令部の意向を知ってはいた。
しかし、乃木司令官の耳には、「楊子屯から敵の大群が東北方に退却中であり、また奉天城内にはロシア人市民の姿はなく、北走する軍隊だけが駅附近に群がっている。」という間諜からの報せが届いていた。
加えて、第二軍からの通報で、第八師団が倭金堡を占領したことも承知していた。
乃木大将は、以上の情報を総合して、このまま馬三家子以北に進撃すれば、第二軍との連結を失うのではないかと危惧した。
他方、奉天経由で退却中の敵を逸するおそれも感じて、三日午後九時、大将は次の命令を下した。
各師団は、三月四日払暁運動を開始せよ。
第九師団は奉天停車場、第七師団は奉天北郊の北陵、第一師団は北陵の更に北に位置する田義屯へ向かえ。
この命令の趣旨は第三軍の正面を東方へ切り替えることにあった。
第三軍の奉天進撃命令を知った、早朝の総司令部では、参謀間で激論が戦わされた。
井口、福島両少将は、口を極めて乃木大将の決断を誉めそやした。
第三軍命令の方が、内報した総司令部命令より実情にかなっている。
むしろ、総司令部命令を第三軍命令に合わせて訂正すべきだ、と両者は口を合わせて主張した。
それに対して、松川参謀は、第三軍命令は総司令部命令着信前に発出されたものに相違ない。それならば、そのままにしておいて第三軍の反応を見るべきである。
そこで命令を変更して、第三軍の状況によってはまた変えるようなことになれば、総司令部命令の威信が失墜する。
よろしく、戦況の自然の推移に委するのが最良策である。
児玉参謀総長は聞き終わると、開口一番松川説に賛意を表した。
その結果、自然放置することに落ち着いた。
この機敏な統帥上の経緯は後に賞賛されることとなる。

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ツシマ沖の海戦(その二百六十) The Battle of Tsushima
2007-03-23 Fri 00:20
本計画作成の動機は、総司令部および第二軍司令部ともに、莫家堡南方の旧鉄道線路堤に沿って堅固が敵陣地が敷設されている事実を忘却していたのだが、先ず第二軍首脳が記憶を呼び起こすところとなり、その意見具申により総軍主力は、これらの敵陣地正面を回避する必要が生じたのである。
ところで、総司令部は、新作戦命令を内報した後、第一軍から翌日の行動について発せられた第一軍命令の通報を受領した。
第一軍命令の発令時刻は、三日午後八時であり、司令官黒木大将が、総司令部新命令を了知せず下令したことは明らかであった。
ただ、その内容に総司令部幕僚は瞠目した。
黒木司令官は、翌四日は現状を維持するよう隷下の各部隊に指示していたのである。
同司令官は、第二、第十二、近衛師団および近衛後備混成旅団の損害が甚だしく、兵員が疲労しきっていたための措置である。
総司令部は、午後十時十分、第一軍司令部に対して、四日朝は少なくとも混成一旅団を馬群鄲附近の敵陣地の背後に迂回させ、鴨緑江軍の支援を行え、と命令した。
ただし、主力の現状維持は認めるとの条件付である。
総司令部は、また、第二軍と第三軍との連携運動についても危惧を抱いていた。
新作戦計画では、両軍をもって奉天を囲む弧状の戦線を形成させることに焦点が置かれていたが、そこには大きな問題が潜んでいた。
とかく通信連絡が途絶えがちな第三軍に対して、果たして適切な連携運動が求められるか、という点である。
総司令部は、前日来、第二、第三軍の位置については明確に把握していなかったが、四日早朝、突然、第三軍より大石橋を左翼として奉天方面に向かうとの報告を受けた。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十九) The Battle of Tsushima
2007-03-22 Thu 00:44
日本軍満州総司令部においても、この夜、情勢判断のための会議が開かれていた。
幕僚たちの顔色は冴えなかった。
東部戦線を担当する鴨緑江軍はもとより、中部戦線を受け持つ第一、第四軍共に戦線は停滞したままであった。
僅かに敵の退却によって進出を果たした第二軍のみが、戦果らしいものをあげたといえる。
北方へ旋回中の第三軍とは、依然として連絡が不十分である。
薄暗いランプの下で、作戦主任参謀松川大佐は渋面を保ったまま、どうも各軍の攻撃振りがちぐはぐである、と、その印象を一同に告げた。
松川大佐は、声を改め、「この際、思い切って主力を渾河北岸に移して、西及び北方面から奉天を包囲すべきである。」と主張した。
高級参謀井口省吾少将は、自らの堅実な考察に基づき、その案は未だ過早であると、真っ向から反対した。
しかし、総参謀長児玉源太郎大将は松川案に賛意を表し、午後八時に至って、既に用意されていた命令が内示された。
その趣旨は、次のとおりである。
 先ず、鴨緑江軍においては、撫順攻撃を策動する。
第二、第一軍は、主力は渾河を興隆屯附近で渡り、撫順・奉天間を遮断する。
第三、第四軍は、主力を徳勝屯西方にある長嶺子から万家嶺、大張爾屯を経て蘇家屯停車場を結ぶ線に進出させ、一部を予備隊として、鳳凰山、塔山地区に配置する。
第四、第二軍を渾河の旧鉄道橋から沙嶺堡に至る地区に集結させる。
    かつ、大石橋を左翼にして西北から奉天に進撃する。
第五、第三軍は馬三子を右翼にして、東北東に進み、敵の退路を遮断する。
第六、総予備隊は蘇湖堡、潘建台を結ぶ線に進出し、第二軍に追随する。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十八) The Battle of Tsushima
2007-03-21 Wed 01:56
混雑を引き起こした原因は他にもあった。
午前中に、楊士屯、張士屯方面へ出発したチュリン少将の率いる集成軍第五旅団は、の進軍は遅滞を繰り返し、第二軍主力に退却命令が発出された時点では、まだ莫家堡橋の渡橋を完了していなかった。
そこに、遅れて出発したルサノフ中将の第十四師団が追い着き、渡河の順番を待つという騒ぎになった。
この間にも、第二軍主力が続々と到着したため、たちまち街道は車輌と兵員で満ち溢れた。
立ち止まらされた将兵たちは寒さに耐えかねて、沿道の民家に次々と放火して暖をとった。
路上に立ち止まった兵士たちは疲労と寒さのために声を発する者は少なかった。
彼らの多くは、火焔を巻き上げる民家に近づき、茶と雪を混ぜた飯盒を銃剣の先に引っ掛けて炎に差し伸べた。彼らは、黙々として喫茶の準備に励んでいたのだ。
この時期、ロシア第二軍首脳部にとっては、それを知れば、寝耳に水という風な一大事が出来していた。
午後九時、日本軍第八師団第五連隊第三大隊が、蘇湖堡に進出し、夜営の支度に取り掛かっていたのだ。
蘇湖堡といえば、ロシア満州軍の反撃拠点と目されている重要地点である。
では、何故このような事態が発生したかといえば、ラウニツ大将は、第十五師団長イワノフ中将に、蘇湖堡の固守を命じていたのに拘わらず、ロシア軍第十五師団主力が同地へ行かなかったからである。
確かに、第十五師団は、ラウニツ大将の命令を受領すると、人二堡附近から蘇湖堡を目指して北進を開始した。
ところが、師団は東西に分かれてしまい、イワノフ中将が、蘇湖堡の南部に当たる北大台に
部隊を集合させようちと手間取っているうちに、日本軍に先を越されてしまったのである。
午後九時頃、ラウニツ大将は、ようやく莫家堡橋を渡橋し、沙坨子への途を辿っていたとき、自軍の第十五師団の代わりに、敵が、蘇湖堡で夜営の準備をしていようとは、同大将は夢想だにしていなかった。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十七) The Battle of Tsushima
2007-03-20 Tue 00:38
その第二軍の退却状況であるが、それは混乱を極めていた。
第二軍司令部付であり。目下同軍主力の指揮を任されているラウニツ大将は、総司令官の指示を受けると、直ちに退却命令を出した。
大将は、第十五師団長イワノフ中将に、同師団主力をして蘇湖堡を、またその北岸をゴレムバトフスキー支隊に守備させることを指令した。
ラウニツ大将の立案した退却計画は、先ず、集成軍団、第十、第八軍団の歩兵部隊は、二台子経由で莫家堡附近の橋を利用して渾河を渡り、沙坨子へ向かう。第二に、砲兵部隊及び第一輜重隊は、本街道脇の軍用道路を利用し、渡河は莫家堡橋上流に架設された踏板端を使用すること、第三には、第二輜重隊および貨物輸送隊は迂回路をとり、李官堡を目指す、というものである。
そして、全設営物を撤去し、必ず四日黎明までに渡河を終えること、と付け加えられていた。
退去命令は直ちに各部隊に電話を用いて伝達された。
列車の利用は、傷病兵の輸送が最優先された。続いて砲兵資材の順序となっていた。しかし、そのどちらも全部は積みきれず、傷病兵の一部は徴発された荷馬車に載せられて夜道を搬送されることとなった。
また、砲兵資材の一部は爆破せざるを得なかった。
糧秣倉庫には放火され、燃える倉庫の炎は中天に舞い上がった。
第二軍の将兵はまたもや吹雪の夜間行軍を強いられることになった。
砲兵と第一輜重隊は軍用道路の使用を命じられていたが、吹雪をまともに受けて、狭い道幅を嫌った砲兵たちが本街道に割り込んだため、歩兵と混雑して行軍の列は大渋滞した。
本街道から脇の畑地に押し出された一部の歩兵たちの中には、連日の疲労に耐えかねてか、そのまま倒れ込んで眠ってしまう兵まで現れた。
第二軍の退却を阻んだ最大の敵は、渾河にかかった橋であった。
丁度、解氷期にさしかかっており、氷上を渡れる状態ではなくなっていた。
しかし、利用できる橋は二つしかなかった。
その二本の端に第二軍の主力が殺到したのであるから、混雑を回避しようもなかった。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十六) The Battle of Tsushima
2007-03-19 Mon 00:44
午後五時、第二軍司令官カウリバルス大将が奉天駅に到着し、そのまま客車を司令部として使用し始めた。
この報に接したクロパトキン大将は、参謀次長エウェルト少将を使者として派遣した。
少将は、第二軍司令部に入ると、クロパトキン大将の意向を伝えると共に、カウリバルス大将が使用できる大兵力を示して、「司令官は、閣下が明四日、全力をもって断固たる攻勢に出られることを期待されています。」
それを聞いた途端に、カウリバルス大将と第二軍の幕僚たちの表情は渋くなった。
実のところ、第二軍司令部は麾下の部隊の所在をこの時点では正確に把握していなかったのである。
司令部は北方の第四十一師団の位置も、ラウニツ大将が指揮する第二軍主力の動向もまるで知らなかったのである。
南方からの転出部隊にしても、第十四師団長ルサノフ中将からの連絡は未だにない。
「各部隊の消息が判明しないのでは、作戦計画も立案しようもない」
カウリバルス大将が首を振ると、幕僚たちも一斉に同意の仕草をした。
「閣下、それでは幕僚を派遣して諸隊を捜索させては如何なものでしょう」
「それは、かえって紛乱の原因となる。各部隊との連絡方法は別にある」
カウリバルス大将は、食い下がるエウェルト少将の献言をにべもなく一蹴した。
「明四日は、兵の休息日とする。攻勢に移るのは明後日五日、諸隊の集結の後とする」
「しかし、・・」
少将がなおも食い下がろうとしたが、「予は疲れた。アレクセイ・ニコラエヴィチに伝えよ」
大将は総司令官を呼び捨てにして、不快感を露骨にすると共に、エウェルト少将に退出を促した。
エウェルト少将には「ダア」と応えて、すごすごと辞去する以外にとる途はなかった。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十五) The Battle of Tsushima
2007-03-18 Sun 00:00
午後四時二十分、イワノフ中将がその安否を案じていた偵察隊が帰還した。
人馬共に泥と汗にまみれた偵察員は、沙嶺堡附近に露兵の姿はないことを報告した。
「まさか・・・」
イワノフ中将は絶句した。
第二軍司令部にあって、イワノフ中将からの連絡を受けたラウニツ大将も言葉を失った。
その時、満州軍司令官クロパトキン大将からの電話が入った。
「貴官もご承知のとおり、予は第二軍司令官に与えた指令に基づき・・・」
「閣下、お待ちください」
ラウニツ大将が慌てて総司令官の言葉を遮った。
「閣下、本職は、閣下の第二軍司令官宛命令を承知しておりません」
「それは、不可解なことではある」
受話器の中のクロパトキン大将の口調が乱れた。
ややあって、気を取り直したかのように、総司令官はおもむろに告げた。
「それでは、改めて下令する。先ず状況を説明する。北部の第四十一師団及びトポルニン兵団は、既に戦略的後退を行えリ。貴軍は日本軍第三軍に総攻撃をかけるために、蘇湖堡を確保しつつ、直ちに沙坨子に兵力を集中すべし」
沙坨子とは莫家堡の北方に位置する上と下との二村に分かれた小村落である。
総司令官は、なおも付言した。
「第二軍司令官カウリバルス大将を奉天に招き、総攻撃計画を用意する予定があるので、移動を急がれたい。予の希望は、貴軍が翌日黎明前に渾河渡河を終了されることである」
クロパトキン大将は、受話器置くと、早速参謀長サハロフ少将と作戦計画を練った。
参謀長は、シベリア第一軍団および第十七軍団から抽出した各集成軍団を第二軍に加えると、総兵力は歩兵百二十個大隊、砲三百六十六門に達することを報告した。
見る見るうちに、クロパトキン大将の顔面は喜色に彩られた。
「ハラショー、オーチンハラショー」
大将は声をあげで喜びを示した。勝利を確信したのであろう。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十四) The Battle of Tsushima
2007-03-17 Sat 04:50
第五連隊が出発する直前に、ロシア側が反応した。
大祝三堡に陣取るゴレムバトフスキー支隊が砲撃を開始したのである。
依田少将は、第五連隊の第一大隊および第三大隊を大祝三堡攻撃に振り向けると、同時に第二大隊を同村の背後に位置する倭金堡へ向かわせた。
第一大隊および 第三大隊は、大祝三堡の手前七百メートルの地点にまで迫ったが、敵の集中射撃を浴び、前進を阻まれた。
しかし、ロシア側が退却を始めたため、午後四時過ぎになって日本軍は同村の占領に成功した。
ロシア軍の退却は、ゴレムバトフスキー少将が受けたラウニツ大将からの命令を実行したものである。
ゴレムバトフスキー支隊は、蘇湖堡北側に布陣するために撤退したのである。
同時刻、
渾河南岸において、日本第八師団の圧力を受けて退却した第八軍団第十五師団の主力は、人二堡、佟羅堡、張当堡の三村を結ぶ三角地帯に集合して、第十軍団主力との交代準備を急いでいた。
第十五師団長イワノフ中将は、先ほどから沙嶺堡方面から響いてくる砲声をしきりに気にしていた。
間断なく続く砲声は、イワノフ中将の神経を刺激し続けた。
彼は、交代の途中で、騎兵一個中隊を沙嶺堡方面の偵察に出発させた。
騎兵隊は午後二時の帰還予定時間を過ぎても、姿を現さなかった。
中将が不安の念に駆られている最中に、第一旅団長ネクラソフ少将からの報告が届いた。
同少将は、第十軍団との交代事務を司っていたが、少将指揮下の第五十七、第五十八連隊が第十軍団の守備位置に止まらず、退却を続け、少将が制止すると、兵士たちは日本軍が沙嶺堡を突破してロシア軍の背後に進出した、と口々に叫んでいるという。
イワノフ中将の心配はますます大きくなっていった。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十三) The Battle of Tsushima
2007-03-16 Fri 06:51
前にも述べたように、ロシア第二軍の主力を指揮していたのは、司令部付のラウニツ大将であったが、彼は午前十一時に蘇湖堡に到着した。
同大将を待っていたのは、第二軍司令官カウリバルス大将の強大なる予備隊を編成して揚士屯、張士屯方面へ送れという命令であった。
ラウニツ大将は、第八軍団第十四師団から三個連隊、集成軍団第五旅団から二個連隊を抽出することを命じた。
これはトポルニン兵団の退却による交代要員としての手当であったが、第五旅団長チュリン少将は、直ちに兵を選抜して出動した。
一方、第十四師団長ルサノフ中将の選抜部隊は出発が遅れ、午後六時を予定することとなった。
日本軍第八師団は、右縦隊が大王崗堡から人二堡に向かって、前面の敵ロシア軍第十五師団の主力にじりじりと圧迫を加えながら進撃を続けた。
左縦隊は、侯家堡を通り、大祝三堡を目指して進んだ。
ロシア軍は、大王崗堡と侯家堡からは後退を続け、午後一時には、大祝三堡の北西に位置する潘金台に多数の日本兵の姿を見る、との報告に接したラウニツ大将は愕然とした。
大将はロシア軍右翼に危機が訪れたと感じた。
彼は蘇湖堡の固守を決断し、第十軍団の主力を同地へ呼び寄せることを下令した。
午後三時前、日本軍の第八師団は、大祝三堡に接近し、砲撃を始めた。
同村一帯に布陣していたのはゴレムバトフスキー支隊であるが、日本側の砲撃に対して応射する気配がなかった。
左縦隊の指揮官をつとめる第四旅団長依田少将は、ロシア側は退却したものと判断した。
少将は、攻撃の主力となる第五連隊に前進を命じた。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十二) The Battle of Tsushima
2007-03-15 Thu 00:29
退却命令を耳にしたトポルニン中将の兵団は、壊乱状態に陥った。
彼らは秩序を失い奉天方面へ走り始めた。
負傷兵を運ぶ名目で、勝手に隊列を離れる兵士が目立ち始めた。
歩兵は砲兵に混じり、将校が軍隊を停止させ、集合させようとしたが、それもできなかった。
では、西部戦線南部の戦況はといえば、前夜退却したロシア第二軍の主力は、渾河の北岸と南岸に布陣していた。
北岸の布陣位置は倭金堡から南西の大祝三堡、侯家堡に至る地域であり、南岸の方は、人二堡、その北東の来勝堡を結ぶ地域である。
集結したのは、第十、第八軍団、集成軍団の主力にオレンブルク騎兵師団第二旅団を加えた兵力である。
このロシア第二軍に対して、日本第二軍は追撃態勢をとった。
第二軍司令官奥大将は、午前十一時三十分、第四、第五、第八師団に前進命令を下した。
奥大将は、三師団が個別に運動することを禁じ、一枚の壁のように連結して進撃することを望んだ。
第八師団は左右の縦隊に分かれて、右縦隊の鎌田宣正少将の指揮する第十六旅団は渾河南岸を進み、依田広太郎少将の第四旅団は北岸を東北方向へと進撃した。
第八師団の当面の敵は、ロシア第八軍団第十五師団であった。
ロシア軍も左右の縦隊を組んで待ち受けていた。
右縦隊は師団長イワノフ中将が直率する部隊で、左縦隊の先頭には同師団の第二旅団長ゴレムバトフスキー少将が指揮する支隊が待ち構えていた。

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ツシマ沖の海戦(その二百五十一) The Battle of Tsushima
2007-03-14 Wed 04:44
トポルニン中将は、なおもまくし立てた。
「沙嶺堡地区を放棄しての退却は、結局は日本軍に奉天一帯を開放することになり、さらには南方の第二軍主力の右側を敵に曝露することになります」
中将はさらに積極策を献言した。
「沙嶺堡附近で敵を突破すれば、日本第三軍を分断して、逆に敵を包囲することができます。本職は攻撃続行を主張いたします」
しかし、カウリバルス大将は冷たく言い放った。
「命令を実行されたい」
そして、総司令官クロパトキン大将に宛てて、自己のとった措置を報告した。
しかし、クロパトキン総司令官は、トポルニン中将と同様にカウリバルス大将の決定が第二軍主力に危機をもたらすのではないかと危惧した。
いま、西部戦線中央部の、トポルニン中将の兵団が退却してしまえば、西部戦線は南部のみ突出する事態となり、その南部に位置する第二軍主力の転進はまことに困難になる。
 大将は、机の上に広げられた奉天附近の地図を食い入るように眺めた。
「第二軍の後退と反撃の支点はこことここに置くことにする」
大将の細長い指が指し示したのは、蘇湖堡とその東にある莫家堡附近であった。
「この地区を確実に保持して、第二軍は旧鉄道堤の内側に集め、日本第三軍の横原を食い破ればよい」
傍らの参謀長サハロフ中将と参謀副長エウェルト少将は、共に大きく頷き賛意を示した。
午後二時三十分、第二軍司令官宛の訓令が発出された。
「蘇湖堡、莫家堡地区は絶対に確保しなければならない。各部隊は指定地に集合し、本日敵の攻撃を受けざるときは、明日又は明後日に我が右翼を迂回する敵を果敢に攻撃する。全兵力で総攻撃ができるまでは、貴官は集めたる諸隊で単独に沙嶺堡攻撃を行わないように望む。」

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ツシマ沖の海戦(その二百五十) The Battle of Tsushima
2007-03-13 Tue 00:00

西部戦線の中央部を担当していた第十六軍団長トポルニン中将も、大いなる失望感を味わっていた。
中将は指揮下にある第二十五師団および第十軍団集成師団を左右に配置して、沙嶺堡攻撃を命じた。
時刻は午前六時三十分であった。。
ロシア側は前進を開始したが、日本軍は事前の推測以上に進出を果たしていた。
右翼を務める第二十五師団所属の第九十八、第九十七連隊は沙嶺堡の手前七百歩の地点に到着したが、そこで釘付けになってしまった。
日本軍機銃掃射に前進を阻まれてしまったのである。
死傷者は続出し、おまけに弾薬も欠乏し始めていた。
弾薬車を任せていた清国人の人夫が逃亡してしまい、補給ができなくなっていたのである。
第二十五師団長プネフスキー中将は、第十六軍団長トポルニン中将に応援を要請した。
使者に選ばれたのは、参謀長ゲニシタ大佐であった。大佐は馬を飛ばして、息せき切って第十六軍団司令部に駆け込んだ。
そこには、少し前に到着した第二軍司令官カウリバルス大将の姿があった。
大将は、トポルニン中将とゲニシタ大佐から戦況を聴取すると、白いものの混じった太い眉をひそめた。
日本軍の前進速度が予想外に速すぎたからである。
このままでは、沙嶺堡攻略に手間取るうちに、日本軍に西北方面から奉天に突入されてしまう。
暫く沈思した後で、カウリバルス大将は、トポルニン中将に向かっておもむろに口を開いた。
「このままでは、貴軍団は日本軍に包囲されてしまうおそれがある。貴軍団は直ちに馬圏子と沙河子を繋ぐ線まで後退し、防御線を形成されたい」
トポルニン中将の顔色が変わった。
「閣下、沙嶺堡攻撃はまだ端緒についたばかりです。味方の兵力は不足しておりませんし、日本軍撃破の見込みは十分あります。この時点での退却は早すぎます」
トポルニン中将は大きな褐色の口髭を震わせながら、猛烈に食い下がっていった。

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年金保険料使途をネットで公開・・国民の確認のために。
2007-03-12 Mon 01:58
報道によると、政府・自民党は、今国会に提出する予定の社会保険庁改革関連法案を修正して、次のような新しい規定を盛り込む方針を固めたようです。
それは、社保庁の業務を引き継ぐ「日本年金機構」が、公的年金のPRなどの年金関連事業に年金保険料や税金を使った場合は、すべてその使途を公開する、というものです。公開はインターネットなどを使用して、国民が確認できるようにする考えだそうです。
 この法案では当初から、保険料の使途を、〈1〉中高生、大学生らへの「年金教育・広報」〈2〉年金加入記録の照会など「年金相談」〈3〉年金加入記録の通知など「情報提供」などに限っています。現在は保険料の使途がほとんど限定されていないため、大規模年金保養基地の開発など、多額の保険料の無駄遣いが明らかになって、国民から批判を浴びたことを受けての措置です。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十九) The Battle of Tsushima
2007-03-11 Sun 00:00
西部戦線では、ロシア軍の一部に動揺が生じていた。
クロパトキン大将の命令によって、奉天西方への集結が急がされていたため、日本軍の近接により戦意を高めていた部隊の兵員にとっては、この「戦略的転進」は、その戦意に冷水を浴びせる効果を発揮した。
西部戦線北部に位置して、秋山支隊と第一師団を待ち受けていた、ロシア第四十一師団長ビルゲル中将も、拍子抜けの悲哀を味わっていた。
中将が、深夜に受けたクロパトキン大将からの命令には、「敵の大部隊が第四十一師団の背面に現出する予定」とあり、奉天への退却が困難であれば、鉄嶺へ向かえ、との指示がなされていた。
これは、結局、誤報であったのだが、命令を受けた時期が悪かった。
ビルゲル中将が日本軍邀撃のために、前進を命じた直後であり、将兵たちは口々に「ウラー」と出撃の鬨の声をあげたばかりの時であった。
将兵の戦意は急速に冷却していった。
午前二時、同師団は東方へ向けて転進を開始した。
将兵たちは、放火した糧秣倉庫の炎に照らされた雪道を次々と闇の中に消えていった。
しかし、既に日本兵が、前方に待ち構えているのではないか、との不安に絶えず苛まれていた。満州人の村落の灯火を日本軍の夜営のかがり火と誤認しては、その度に動揺した。
ビルゲル中将は、士気を維持するため、攻撃を命じた。
将兵たちは従軍牧師の掲げる聖像に祈りを捧げて進撃していった。
彼らは、敵がいないので引き返してきて、安堵の表情を浮かべながら、再び聖像にわが身の無事を感謝した。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十八) The Battle of Tsushima
2007-03-10 Sat 03:30
では、第二師団の方の状況はといえば、第二十九連隊が前日に引き続き、高台嶺東方の高地に拠る敵を攻撃した。
連隊長の代理は第二大隊長田中館佳橘少佐が務めていたが、少佐は連隊を率いて東南方から前進した。
連隊は暗夜の山道を敵の銃撃を受けながら進んでいった。
その結果、各部隊の連絡は失われ、最後の突撃は、第二大隊副官菊池武成中尉が指揮を執る第六中隊と、田中館少佐が直率した第八中隊だけによるものとなった。
午前三時五十分、軍刀を振りかざした田中館少佐が先頭に立ち、銃火をかい潜りながら、敵陣へ肉薄した。
最後は手榴弾の投げ合いとなる壮絶な戦闘となったが、ようやく占拠した敵陣も小さな前方拠点にすぎなかった。
たちまち、左右の散兵壕から集中射を浴び、その後敵兵の逆襲受け、田中館少佐は戦死した。中隊もほぼ全滅状態となり、敵に陣地の奪回を許してしまった。 
この結果を知って憤然とした第三大隊長長屋竹緑少佐が、第十一中隊を率いて突進したが、猛烈な敵の弾雨を突破することができず、やむなく後退する仕儀となった。
喜入徳之助少佐は第一大隊を連れて進撃し、高台嶺東南六百メートルの稜線までたどり着いた。
しかし、それが限界であった。
同大隊に所属する第二中隊は、進撃途中でその半数を失っていた。
稜線に到着した他の部隊も、凄まじい弾雨の中で顔を上げることもできず、ただ斜面にしがみついているばかりであった。
この攻撃よる第二十九連隊の損害は死傷七百十七名であった。
この結果、第一軍全体の損害は三月一日から通算して三千百二名に及んだ。
総司令部内で論議が沸き起こったのも当然の現象であった。
作戦主任参謀松川大佐は、「これでは、旅順の二の舞である。全般作戦に資する処少なく、寧ろ足を引っ張るのみ」と言い、なおも言葉を接いで、「むしろ迂回攻撃を試みるべし」と強調した。
これに対して高級参謀福島少将と作戦参謀田中中佐は、口を揃えて「第一軍の任務の本旨は前面の敵の牽制に在り。力攻に非んば、敵牽制の効果なし」と反駁した。
他の参謀たちの意見も割れたため、論議はなお戦況の推移を待つということで繰延となった。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十七) The Battle of Tsushima
2007-03-09 Fri 00:04
三月三日、この日の深夜から早朝にかけて、第一軍の近衛師団と第二師団による夜襲が試みられた。
近衛師団の第二旅団所属の第三、第四連隊の目標は、唐家台北方高地を占拠しているシベリア第二軍団第一旅団所属の第十七連隊、第十八連隊であった。
近衛第二旅団長は渡辺章少将であるが、彼は第三連隊を左翼、第四連隊を右翼に展開させ、夜襲攻撃を命じた。
密雲に覆われた天は暗かったが、雪明りにより視界は三百メートルに広がって、夜襲には有利な状況であった。
この地域の敵味方の距離は約三千歩であり、両連隊は積雪を踏む軍靴の音を忍ばせながら前進し、最後は一気に突進した。
記録によれば両連隊は四十分間に千五百歩前進している。
午前三時二十分には、近衛の両連隊はロシア軍の第三散兵壕を奪取し、一息入れるともに、突撃の準備を整えた。
午前四時三十分、両連隊は第四散兵壕を占領し、更に敵の本営に迫った。
突然、ロシア軍上空に十数発の照明弾が打ち上げられ、猛烈な銃砲火が両連隊の兵士を襲った。
死傷者は続出した。
午前五時、両連隊は退却の已む無きに至った。
第三連隊の死傷者四百五十四人、第四連隊のそれは六百七十四人にのぼった。
一個連隊の兵員数の目安は、約三千から三千五百人といったところである。
それぞれの連隊の死傷率の高さが伺える数字である。
ロシア側の報告によると、日本軍の攻撃は十三回に及んだ。
それを悉く跳ね返した、シベリア第二軍団長ザスリチ中将は、「日本近衛兵はシベリア第二軍団の前面において碎破せられたり。今や援助部隊を要せず」と豪語した。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十六) The Battle of Tsushima
2007-03-08 Thu 00:38
第三軍第七師団長大迫尚文中将は、午前一時三十分、攻撃命令を発した。
一時間遅れて、第一師団長飯田俊助中将も隷下の師団に発動命令を下した。
両師団は連動しながら、午前七時頃から旧鉄道堤を挟んで前面の敵と交戦状態に入った。
前進の停止を命じる総司令部からの指示が、第三軍司令部に伝達されたのは、午前八時四十五分のことであった。
使者の任に当たった騎兵第十三連隊第三中隊は、折から強まった西北の強風に阻まれて到着が大幅に遅延したのである。
乃木司令官は、直ちに、第一、第七師団に対して、「一時攻撃を中止し、現在の線を保守すべし。但し、砲撃は続行するも妨げず」と、下命した。
また、秋山支隊には、左翼の援護と警戒態勢を維持することを命じ、第九師団に対しては可及的速やかに林家台附近に進出することを命じた。
騎兵第三中隊を悩ませた強風は、第三軍の位置する戦場にも容赦なく吹き荒れた。
雪片混じりの砂塵は天地を覆い、伝令たちもしばしば道に迷うという有様であった。
攻撃中止の命令を受けた時刻は、第七師団においては午前九時三十分であったが、第一師団においては、それよりも三十分も遅延した。
師団長たちは、攻撃最中である隷下の各師団に幕僚たちを派遣して、攻撃を中止させた。
乗馬した幕僚たちも強風が運んでくる砂つぶての目潰しを食い疾走できず、第一線に命令が届いたのは、午前十一時を過ぎていた。
乃木大将は、この日の戦闘が終了すれば、一時戦闘行動を中止する腹積もりであったため、総司令部の命令は渡りに舟の趣であった。
しかし、馬を飛ばして駆け込んできた津野田是重大尉にとっては、異存があった。
血相を変えて第三軍司令部へ飛び込んでくる大尉の顔には怒気が漲っていた。
「何か怒鳴りにきたのか」
乃木司令官は温顔に微笑を湛えて、津野田を迎えた。大尉は、口角泡を飛ばす勢いで一気にまくし立てた。
「ロシア軍は蟹であります。即ち要塞が甲羅、鋏が機関銃であります。彼らが要塞に篭り、機関銃を持てば攻めがたい相手であります。
しかし、平地であれば話は違います。恐れる必要はありません。それなのに、閣下は何故現在地に停止せよと命令されたのでありますか」
乃木将軍の微笑は一層深いものになった。
「そうか、ロシアは蟹か。まあ、飲みたまえ」
将軍は、机上のウイスキー瓶を大尉の方へ押しやった。
彼は、直言を恐れない快活な性格を持つこの若い参謀を愛していた。
「なあ、津野田。総司令官命令なら仕方あるまい」
「まあ、命令ならやむを得ませんな」
大尉が酒瓶に手を伸ばしながら、まだ不服気に頬を膨らませた。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十五) The Battle of Tsushima
2007-03-07 Wed 00:00

福島少将の推理は、ほぼクロパトキン大将の企図に合致していた。
しかし、反対の論点は多岐にわたっており、意見の一致は困難を極めた。
暫くの沈黙の後に、児玉大将がおもむろに口を開いた。
「本職は、第二案に賛成する」
総司令官大山元帥が、それを引き取り、
「戦っさな。早う片付けられるなら、早いほうがよか」
と、ぽつりと言った。
成功の当否は別にしても、戦いは即決でいくべしとの意思表示である。
「本職もその通りに考えます。変化には、その折々に対処すればそれでよろしい」
総参謀長児玉大将が、追い被せるようにして総司令官に同意を示し、それをもって会議の結論とした。
第二案を採用した満州総司令部は、第三軍に対し、「三日軍の運動を中止し、概ね二日の位置に停止し、爾後馬三家子を軍の右翼となし、東北方に面して運動し得るの準備をなすべし」と下命した。午前一時三十分のことである。
第二案実行のためには、まず第三軍の突出を控えさせることが最優先事項となったのだ。そして、第三軍には、さらに東北進してロシア軍の退路を遮断する準備をなせと、命じたのである。
命令は電話が不通のため、命令示達は第二軍経由となった。
午前一時四十五分、第二軍司令部へ伝えられた第三軍宛の命令は、秋山支隊へ復帰する騎兵第十三連隊第三中隊に託されて、第三軍司令部に伝達されることになった。
総司令部としては、この時点で、第三軍が東方への攻勢をかけようとしているとは、知る由もなかった。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十四) The Battle of Tsushima
2007-03-06 Tue 00:00
「要するに、ロシア第二軍は、沙河陣その東方の諸軍の後退を援護すべく、奉天へ集中していると思料するが妥当であろう。」
松川主任参謀は、そう情勢分析を行うと、今後の方針としては、自ずから次の二案が考えられるとして、
第一案、暫時、静観し敵の動きを待ち、その後退に追尾して自然に奉天包囲陣を完成させる。
第二案、東清鉄道以西は、平野部であり大兵力の運動に適しているので、第二軍及び総予備を投入して、渾河沿に敵の第二軍を追尾する形で東北進して、第三軍と連絡して西方から奉天に迫り決戦を強要する。
を幕僚らに提示した。
そして、松川自身は、第一案は敵に防禦態勢強化の時間を与えるため、第二案を推薦すると述べた。
当然のことながら、幕僚たちの意見は分裂した。
反対意見を述べる者たちは、次のような理由をあげた。
第二軍及び総予備を渾河以西に移せば、自然と第四軍との間に間隙が生じる。そこを敵に突破され、背後に回りこまれ、逆に我が軍は包囲される。
第三軍は、すでに主力たる第一、第七師団と第九師団が離れている。第二軍の移動前に、第三軍が孤立させられる危険が生じる。
第三軍に次いで第二軍も旋回運動を行うのは、運動過多ではないか。
その時、高級参謀福島安正少将が、ゆったりとした口調で、「別の観点もあるのではないか」と発言した。
「敵が、奉天西側の東清鉄道沿いに、南北に兵力を展開し、我が軍をその外側に北上させて随所で横撃を狙っているとも考えられる。その場合は、我が方が願望する包囲殲滅戦は現実化し難い」
福島安正といえば、「シベリア単騎横断」で有名な人物であるが、満州軍総司令部参謀に任官後は、それまでの経験を活かして諜報部において手腕を振るっていた。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十三) The Battle of Tsushima
2007-03-05 Mon 01:25
「さすれば、主任参謀は、敵は我が命令に従って行動しているようだ、との先日の発言は取消されるのか?」
参謀田中義一中佐が精悍な顔をあげで、大声を発した。
「取り消しはしない。敵は我が企図を察してはいない。また、仮に敵が当方の計画を推察したとしても、いずれは承知するはずである。」
松川大佐も負けじと、声を張り上げた。
「戦闘の主導権を我が軍が握り続けていれば、それで問題はない。」
松川大佐が満面に朱を漲らせた。
「第二軍正面の敵は退却中である。しかし、それが何処に向かうかは、まだ不明である」
大佐は続けて、戦況の判断を披瀝した。
ロシア軍の遅退戦術は、明らかに日本軍の戦力衰弱を狙ったものである。
しかしながら、ロシア第二軍を一気に奉天北方に撤退させるとは、考えにくい。
それでは、我が第一、第四軍正面に対峙するロシア主力は置き去りになってしまう。
農家の天井から吊るされたランプの炎がちらついた。
その下の土間に置かれた粗末なデーブルの上には、奉天附近の地図が広げられている。
染みの浮き上がった壁には、正面に陣取る大山巌元帥の恰幅のよい影が写っている。
その影がランプの炎の揺らぎにつれて、ゆらゆらと揺れて見えた。

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ツシマ沖の海戦(その二百四十二) The Battle of Tsushima
2007-03-04 Sun 00:00
時計の針が三月三日の午前零時をやっと回った頃、満州軍総司令部では、幕僚会議が開かれていた。
議題の中心は、情勢判断であるが、既定方針である第三軍を奉天の背後に旋回させ、中央部の主力が力攻めで突破するのが、今後も適当であるか否かであった。
田中義一中佐を含む幕僚の若手の意見は、概ね既定方針の続行にあった。
しかし、総参謀長児玉源太郎大将は、むっつりと沈黙を守ったままである。
これは不同意を示す児玉らしい表現である。
その意を体した作戦主任松川大佐は、方針転換の時期が来たと、一同に言明した。
その理由は、こうである。
鴨緑江軍は疲労し、戦力の回復を必要としている。したがって、これ以上の北進は期待できない。
二番目に第一、第四軍は、敵山岳陣地攻略に手こずり、損害は多大である。
その様は旅順戦に酷似している。
火砲不足の両軍に正面突破を命ずるのは、至難の業を強制するに等しい。
以上の理由により、まず正面攻撃による圧迫策は不適当であると、判断すると結論付けてみせた。
事実、鴨緑江軍も作戦の初期に関しては、活発に活動した。
しかし、クロパトキンが東部戦線のレンネンカンプ支隊に加えて二個軍団という援軍を送ったため、鴨緑江軍の前進は眼に見えて衰えてきた。
以後、戦線は僅かにしか動かず、実情は敵の逆襲を辛うじて防いでいるといった有様であった。


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