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ツシマ沖の海戦(その二百三十八) The Battle of Tsushima
2007-02-28 Wed 00:32
その頃、ロシア第二軍の左翼、第三軍の右翼を占めるシベリア第五軍団も退却を始めていた。
ただし、この時点では、第三軍に対しては退却命令は出されていなかった。
シベリア第五軍団長は、デムポフスキー中将であるが、馬頭郎をはじめとする第二軍の占領地において、盛んに火の手があがるのを望見して、第二軍が退却するのではと推測した。
やがて、シベリア第五軍団の前線には、疲労困憊したロシアの兵団が退却してきた。
突然、姿を現した彼らは、第二軍第八軍団に属する第十五師団の三個連隊と第十四師団の一個連隊の兵士たちであった。
渾河の東岸を進んでいたが、道に迷ったのだという。
連隊によっては、糧食や弾薬までも途中で捨てて、ここまでたどり着いたものもあった。
デムポフスキー中将は、自軍の右翼に穴が開き、そこから日本軍が侵入することを懸念した。
既に、第二軍に対しては退却命令が発せられていることのを、こノ時点では、中将は知っていた。
彼は独断による退却を決意した。
後方に布陣して、進出してくる日本軍を側面から攻撃する意図を固めたのであった。
中将は、その態勢に必要な右翼の第五十四師団に後退を命じた。
ところが、その退却は直ちに左翼の第六十一師団にも伝わり、同師団は無断で第一線を離れてしまった。
時を少々遡ると、その日の午後六時ごろ、日本の第三軍では、司令官乃木大将は
沙嶺堡に達していたが、第三軍の通信事情は最悪で、自軍の第九師団の状況すら掴みかねていた。

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