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ツシマ沖の海戦(その二百二十二The Battle of Tsushima
2007-02-11 Sun 00:06
余談を続ける。
日露戦争で使用された日本軍の野砲は、三十一年式と呼ばれるもの一種類である。
正式には三十一年式速射野砲と称されるこの砲は、日清戦争後に欧米で起こった速射砲熱に煽られての産物であった。
我が国も紛糾する東洋の形勢に鑑みて、軍備の拡張と兵器の革新を図る必要に迫られていたことと相まって、一挙に速射砲の採用に乗り出したのである。
陸軍は欧州の兵器メーカー、ホッチキス、アームストロング、クルップ、カネー、ダルマンシュー及びシュナイダーの各社から試験的に速射野砲を輸入した。
それと、同時に国内においても、東京砲兵工廠提理有坂成章大佐、砲兵会議審査官秋元盛之中佐、大阪砲兵工廠火砲製造所長栗山勝三少佐がそれぞれ考案した試製砲各一門が製作された。
これらの速射野砲は、明治二十九年九月から、翌三十年十月までの一年間にわたり比較実験が大々的に実施された。
試験の結果は、有坂式が最も優秀な成績を収めたが、三年後にシベリア鉄道が開通するまでに兵器の刷新を図るためには、外国製の優良なる火砲を採用して、直ちに数百門を購入すべきである、という意見が勝ちを占めた。
陸軍当局は、新火砲の整備を急ぐために、シュナイダーとクルップに製造を依頼した。
完成したものから、順次各隊に配備を急いだ。
後には半製品を輸入し、国内でこれを完成させ、三十六年二月までに全軍の配備を完了した。
同砲の諸元は次のとおりである。
口径:75㎜、初速:488m/秒、射程:7,750m、射速:7発/分、重量:0.91t。砲身長;2,2m。
なお、三十一年式野砲は、初の無煙火薬使用砲として有名である。
射程に関しては、当初6,200mであったが、砲架を改修して射角を増し、遠距離用履板を付けて、射程において勝っていたロシアの野砲に対抗した。
ところで、この砲には簡単な複座装置しか備えられていなかった。
そのため、、発射の反動で砲架が後退して、砲自体が跳躍してしまうという欠点を有していた。一発発射するごとに、人力で砲架を元に戻してまた照準をやりなおさなければならなかった。
つまり、速射砲とは名ばかりで、実際の射撃速度は1分間に二発程度と、あまり速いものではなかった。

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