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ツシマ沖の海戦(その二百十九)THE Battle of Tsushima
2007-02-08 Thu 00:00
両連隊は、午前九時半ごろ、降りしきる雪の中に紛れて前進した。
しかし、午前十時ともなると雪が収まり、そのとたんにロシア側が猛射を浴びせてきた。
降りしきる弾雨の中を、先頭を切って前進していた第十三連隊長吉弘鑑徳大佐が負傷したため、同連隊の攻撃は一時中止された。
右翼を担当した第十師団は、第八旅団第十連隊が柳匠屯、第二十旅団第二十連隊が、万宝山を目指して突進した。
敵の銃火は激しく第十連隊は、連隊長西村貢之助中佐が負傷した。
第二十連隊も万宝山の南麓間でたどり着いたが、両連隊とも攻撃は頓挫した。
第四軍司令官野津道貫大将は、第六師団方面からの側方攻撃に切り替えることを決心した。
ところで、第一軍はといえば、東から近衛師団、近衛後備混成旅団、第十二師団、第二師団という配置であり、その当面する敵は、ロシア第一軍であった。
この日の朝方は、第二師団だけが前日に引き続いて高台嶺附近の山地の堡塁に攻めかかった。
攻撃部隊は第三旅団であるが、地形も敵情も不明のままの力攻めであるため、雪に覆われた斜面をよじ登る日本兵たちは、ロシアの瞰射を受けて被害は続出した。
右翼を担当した第二十九連隊は、攻撃部隊である第二大隊のうち、第五、第七中隊の全将校が死傷する損害を受け、午前十時ごろには、攻撃中止の已む無きに至った。
第四連隊の主力も第十八、第十九角面堡を目標としたが、指揮は前日負傷し後送された連隊長河内礼蔵中佐に代わって、第二大隊長神戸次郎少佐がとった。

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