We must protect the senile elderly people from unscrupulous business operators by using the adult guardianship system.

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厚生年金 年齢制限を撤廃か?
2006-12-31 Sun 19:28
厚生労働省は、現在は69歳までしか加入できない、厚生年金の年齢制限を撤廃する方向で検討に入っている模様です。
この上限撤廃には、会社役員などの高収入者から保険料を徴収して、年金財政の安定化を図ろうとする狙いがあるようです。

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ツシマ沖の海戦(その百八十)THE Battle of Tsushima
2006-12-31 Sun 00:48
ヴィゴに新しい客が増えた。
アリョールの見張員が、湾口の沖合いから高速で接近してくる煤煙を認めた。
それは、三本煙突の軍艦であり、マストにはイギリス国旗が掲げられていた。
艦は泊地に投錨し、スペインの砦に礼砲を放った。
砦からも答礼があり、イ゛ギリス艦は国際慣例にしたがって、ロシアの提督にも礼砲による挨拶を送った。
このイギリスの装甲巡洋艦からは、直ちに汽艇が発進して、艦長を知事訪問へと送り出した。
次いで、イギリス巡洋艦艦長は、ロジェストウエンスキー提督への挨拶のためにスワロフを訪れた。
一時間後に、同艦は抜錨して沖合いへと、足早に立ち去っていった。
外海には、イギリス大西洋艦隊が遊弋している様子であった。
翌日早朝、同じ艦が再び姿を現した。
イキリス巡洋艦の意図は明らかであった。
正確な操縦術と整頓された外観により、訓練と規律の完璧さをロシアの提督に誇示することが目的であった。
ペテルスブルグからの電報が着いて、五日間の拘束が解けた。
朝七時、待ちかねていた艦隊は再び、大遠征の途に復帰した。
ヴイゴ湾を抜けて早朝に外洋に出ると、ロシア艦隊は単縦陣を作り航進を開始した。
スペインの陸地がまだ視界から消えないうちに、水平線に煤煙が立ち上がった。
見る見るうちに、艦影が大きくなり、それは見慣れたイギリスの装甲巡洋艦ランカスターであることが分かった。
巡洋艦は、接近してくると、こちらの艦隊と並行して進み始めた。
間もなく、更に四隻の巡洋艦が加わり、傍目には、ロシアの艦隊は五隻のイギリス巡洋艦に護衛された格好になった。
三隻はランカスターと同型艦であり、他の一隻は、旗艦グッドホープ型の巡洋艦であった。
イギリス艦隊は、ロジェストウエンスキーの艦隊を嘲笑うように終日、進路上を横切ったり、編隊の隊形替えを繰り返したりした。
若手の血気盛んな士官たちは、この侮蔑的な態度に激昂したが、結局、黙って見守る以外はなかった。

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ツシマ沖の海戦(その百七十九)THE Battle of Tsushima
2006-12-30 Sat 00:00
皇帝の自信の源は、当時のヨーロッパの国際情勢に基づいていた。
ロシア政府は、フランス、ドイツ等の欧州列強の支持を得る事に成功していたからである。
イギリスがロシアと事を構えれば、ロシア側につくはずのフランスの干渉を覚悟しなければならない。
三国同盟の誼で、ドイツもロシアの味方につく可能性は大である。
そのようなリスクを犯してまで、イギリスが戦争を起しても果たして得るものがあるのであろうか。
イギリスは自らの手を汚すことなく、ロシアが日本との戦争で疲弊していくのを待てばよいわけである。
したがって、第二太平洋艦隊(バルチック艦隊)の航海は予定通り続行することになるだろう。
ウラジミール・コスチェンコは、そのように推測した。
フランスの提案により、ハーグで国際海洋会議が召集さることになった。
この会議は、列強海軍国の著名な提督が参集し、ロジェストウエンスキーの採った一連の行動について一致した結論を得ることを議題として上程することを、その目的としていた。
ロシアの海軍省からも、各艦から一名ずつ会議傍聴人を出すようにと命令が発信された。
ロシア海軍首脳が、この時点で最も関心を示していたのは、艦隊に攻撃をかけてきたとされる「三本煙突の駆逐艦」の存在であった。
彼らは命令に、その件に関してカムチャッカと交信した当夜の電信印字紙を送付するよう書き添えてきた事実からも、それは明らかである。
事件が解決するまで、艦隊はヴィゴに足止めされた。
しかし、町を見物したいという乗組員の希望は全て無視された。
水兵たちは虚しく艦上から、スペインの田舎町を遠望するだけであった。
ヴィゴの港は確かに天然の良港であった。
しかし、当時のスペイン人たちは、それを用いて経済的発展を図る努力をしていないように見えた。
この港湾都市の目立った産業といえば、イワシの輸出であった。そのため、イワシの加工工場が散在していたが、町並は汚く、その佇まいに貧しさが滲み出ていた。
「それはスペイン人が極めて怠け者であるためだ」
スワロフに乗艦していたある造船技師は、妻への手紙の中でそう極めつけている。

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ツシマ沖の海戦(その百七十八)THE Battle of Tsushima
2006-12-29 Fri 00:00
ペテルスブルグからの訓令により、全ての汽罐の火を落とし、次の命令があるまで、艦隊はヴィゴに停泊することになった。
スペインの新聞報道によると、英国は第二艦隊司令長官と漁船団射撃に関係した艦長の罷免と裁判を要求している、という。
艦隊は、この港に三昼夜停泊し、既にスペインの中立を犯している。
本来ならば、即刻退去するか、武装解除に応じなければならない筈である。
イギリスは、大西洋と地中海にある艦隊をジブラルタルに集結中であった。
最後通告がペテルスブルグへ突きつけられたのだ。ヴィゴからペテルスブルグへ事件の詳細を報告する電報が飛んだ。
ロジェストウエンスキーは、この電文の中で、「スワロフは艦隊に向かってくる三本マストの駆逐艦を砲撃したこと、漁船の被害は偶発的な流れ弾によるものであり、同様に我が巡洋艦も被弾している。駆逐艦に関しては輸送船カムチャッカも視認している」と、数々の「事実」を強調した。
夜が更けてから、提督の訓令が各艦に伝えられた。
訓令の中には、皇帝の電報が引用されていた。
「朕は、諸君及び艦隊を心から信頼している。誤解は間もなく解消するものと信じている。全ロシアは信頼と期待をもて諸君を見守っている。
ペテルスブルグの政府は、イギリスとの衝突を憂慮してはいなかったのだ。
ロシア皇帝は、事件は外交交渉により、謝罪と賠償をもって幕引きができるものと、楽観していたのだ。

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ツシマ沖の海戦(その百七十七)THE Battle of Tsushima
2006-12-28 Thu 00:00
作業が終わりに近づくにつれ、フラフラになって倒れるも者が続出したが、ウオッカを飲ますと、また立ち上がり、物の怪にとりつかれたように渡し板を駆け出していった。
誰かが言った。
「彼らは狂った悪魔のようだ」
一方、集会室の宴会はますます盛り上がっていった。
スペインノ人たちは、自己の政治的見解までもを披露し始めていた。
太った憲兵大尉の方が、政府反対党に属していることを告げると、部下の方は、国王に何の権威を認めてない、と言い切った。
ロシア士官たちは大喜びして、一緒になってフランスの革命歌を合唱した。
不思議なことに、スペインの憲兵たちはスベイン語以外の何処の言葉も話せなかったし、ロシア士官たちの中にも、スペイン語を解する者は一人もいなかった。
それで、これれだけの意思疎通ができたのは、極上の酒と馳走と長い時間の賜物であったのだろう。
夜明け前に、ドイツの給炭船は舫いを解いて、立ち去って言った。
アリョールの上甲板では、兵曹長ポエポジンが消火栓を開いて、石炭の粉で汚れた甲板や舷を洗い流した。これも炭塵で真っ黒になった兵員たちが、子供のようにはしゃいで海水を浴びた。
ウラジミール・コスチェンコたちは、スペインの憲兵が残していった新聞を手にして、北海で衝突した漁船団はイギリスのものであり、イギリス国内の世論が如何に激昂しているかを初めて知った。
「私の悪い予感が当たった。重大な外交問題には発展するだろう。」
ギルスが深い溜息を漏らした。
事実、イギリスの新聞各紙の論調は、同国政府がロジェストウエンスキー艦隊に対して即刻厳しい措置をとることを要望していた。

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ツシマ沖の海戦(その百七十六)THE Battle of Tsushima
2006-12-27 Wed 00:00
全艦に、節約令が出された。
それは、徹底したもので、電気照明と換気の電源用の以外の罐は全て火が落とされた。
また、飲料水の節約も命じられた。
二日後、提督は知事を通じて、スペイン政府からの通告を受け取った。
ロシア艦隊に次に寄港地までに必要な石炭を積み込むことを許可する、という内容のものであった。
各艦四百トンずつを十八時間内に積載するものとの厳しい制限付きの通告であった。しかも、条件を遵守することを保障するため、港務官の厳重な監視のものとに積み込みが行われる、とのことである。
提督から直ちに各艦長に訓令が飛んだ。
何が何でも、指定時間内に八百トンの積み込みを完了するように、との指示である。
艦長は、乗員を集めて、この荷役が艦隊にとって如何に重要なものであるかを、懇切に教示した。
作業は最初から活気に溢れたものとなった。
禁固兵までもが駆り立てられた。
士官も参加した。ロシア海軍では異例ことであった。
士官たちの中には、別種の「作業「に携わった者もいた。
スペイン人たちが作業に口出ししんいように、副長は彼らを将校集会室に案内し、極上の酒を振舞い、接待した。
宴会は夜通し続き、三人の少尉がスペイン人たちを退屈させないようにもてなした。
スペインの番人たちは、たちまち熱烈に親愛の情を示すようになり、甲板に上ってくる様子は全く見せなくなった。
彼らはロシアの歌を合唱し、ロシアの立場に同情を示した。
この間、各艦の上甲板では、乗員たちによる狂ったように石炭袋の運搬が続いていた。

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ツシマ沖の海戦(その百七十五)THE Battle of Tsushima
2006-12-26 Tue 01:08
港の奥には、ドイツの給炭船五隻が待機していた。
ロシア政府は、同盟国であるドイツの会社と契約していたのだ。
それらの船は近づいてきて,ロシアの戦艦の傍らに舫った。
艦から歩み橋が突き出され、時を移さず石炭の積み込みの手筈にかかった。
ところが、思いがけないことが起こった。
スワロフにスペインの港務官が乗り込んできて、石炭の積み込みを禁止したのである。黒い髪のこの小男の役人は、尊大な口ぶりで言った。
「我が国は局外中立国である。その中立港で石炭の搭載は遺憾である」
英国の差し金が背後に見え隠れするのが、誰の眼にも明らかであった。
ロジェストウエンスキー以下ロシアの将兵が一人として気づいてはいなかったが、英国巡洋艦四隻が、ヴィゴの隣の湾に身を潜めていたのだ。この地方はリアス式海岸が広がっており、軍艦数隻程度が隠れる場所は、無数といってよいほど恵まれていたのだ。
各艦の保有石炭量は、その時点では二百五十トンであり、それでは精々二昼夜を航海できる程度しかないことになる。
艦隊は、この淋しいスペインの港に足止めを食ってしまうではないか。こ
スワロフの艦上では、その報告を聞いて、長官公室にいたロジェストウエンスキー提督が癇癪を起こして、テープルを叩いた。
「ロシアが金を出して買った石炭を積み込むのに誰の指図が必要なのか」
しかし、事実は、スペインの一小役人によっての、この大艦隊が足止めを余儀なくされたのである。
結局、ロジェストウエンスキー自身が上陸して、知事と石炭積込の許可交渉に携わることになった。
その結果、知事はマドリッドの指示を仰ぐこととなり、その回答の到着までは艦隊の自由行動は禁止された。

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ツシマ沖の海戦(その百七十四)THE Battle of Tsushima
2006-12-25 Mon 01:57
英国政府は通告を発しただけではなく、本国艦隊、海峡艦隊に対し開戦準備を発令した。イギリス世論も無論沸騰した。群衆はトラファルガー広場に集合し、北方の野蛮人どもに対して断固たる措置を取るよう要求するデモを行った。事件が発生したのは、偶然にもトラファルガー海戦記念日に当たっていたからである。
ロジェストウエンスキーの艦隊は、その間も黙々と航海を続けていた。
あの事件の二日後、彼の率いる艦隊は英仏海峡を通過した。
右舷十マイルの彼方にイギノスの海岸が見える。
ドーバー海峡に差し掛かると、大西洋から押し寄せてくる波を受けて、艦は縦揺れを始めた。バルト海では荒天のときで体験したことのない激しい揺れであった。
しかし、そこでは、何事も起こらなかった。
既にフランスが両国の調停に入っていたのである。
この時期、フランスはるロシアと同盟を結ぶと同時に、英国とも協商関係を有していたのだ。
ロジエストウエンスキーの艦隊はリバ゛ウ港を出港して以来、最初に寄港したのはスペインのヴィゴ港である。
艦隊は午前十時ごろ、陸地に屈曲して入りこんだ大きな湾の入り口に達した。
湾の奥には、カンタブリ山脈の支脈が走っており、その麓には漁村が点在していた。
海面には茶色の帆を揚げた漁船が遊弋していた。
湾の屈曲した地点には、山腹まで小さな家が重なった市街地が望見された。
山の頂には城壁を巡らせた砦があり、スペインの国旗が翻っていた。
スワロフからの礼砲が、周囲の山々に木魂した。
長い間、返礼が聞えなかったが、やがて、思い出したように砦からの礼砲が町並みに響き渡った。
「きっと火薬を買いに行っていたんだな」
アリョールの水兵の一人が皮肉を言ったほど、それは間が抜けていた。
港に停泊していたスベインの小型巡洋艦エストラマドラも礼砲を轟かせた。
沢山の小舟が寄って来て、タラップや砲門から乗り込んできた物売りたちが、艦のあちらこちらで果物や絵葉書の店を開いた。

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ツシマ沖の海戦(その百七十三)THE Battle of Tsushima
2006-12-24 Sun 00:00
ババルチック艦隊の暗夜における恐怖と錯覚は、思いもかけぬ事態を発生させた。
艦隊のある艦の見張員は、日本の巡洋艦の存在に気づいたのだった。
これが。前に触れたアウローラの対する同士討ちという醜態を招いたのである。
「我レ砲撃サル」
同艦が悲鳴を上げたときは、すでに数発の命中弾を受け、従軍神父と砲術長が負傷していた。片腕捥がれた神父は後日死亡した。
これらは、戦艦アリョールから発射されたものであり、装甲巡洋艦「ドンスコイ」も被害を受けたていた。
漁船団の蒙った損害は、彼らがイングランド東部にあるハル港に帰ってきてから、公になった。
「クレーン」号が沈没し、前に述べたように船長と乗員1人が死亡した。
「マイノ」号でも6人が負傷した。
その他に沈没しかかった船もあり、穴だらけになってほうほうの態で引き上げて来た船も見られた。
彼らは口々に呪った。
「ロシア人たちは、狂犬のように俺たちをかみ散らして、そのまま行ってしまった」
英国の議会と新聞は激昂した。それらは、ロジェストウエンスキーの艦隊を「狂犬艦隊」と罵り、英国はこの侮辱と残虐に対して、直ちに対応すべきだと論じた。
彼らの憎悪は、ロシア艦隊がその被害者を救助しようともせず、その場に置き去りにしたという一点に注がれた。
英国政府は海軍の予備役を招集した。
その上、駐英ロシア大使を呼びつけ、「問題が解決するまでバルチック艦隊の航海を停止されたい。」と通告した。
英国政府は更に付け加えたのである。
「もし、同艦隊があくまで航海を続けるのであれば、一週間後に英国はロシアに対して交戦状態に入ること覚悟されたい。」

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ツシマ沖の海戦(その百七十二)THE Battle of Tsushima
2006-12-23 Sat 00:21
ギルスの予感は的中した。
大艦隊からいきなり手ひどい仕打ちを受けたのは、イギリスの漁船団であった。
百トンのトロール船によって編成された「ゲームコック」船団は、二日前にイギリスのハル港を出港し、この夜も、スパーン岬から北東三百五十キロのドッガーバンクで操業していた。この浅堆は,タラ・ニシン・カレイの一大漁場となっていたのだ。
イギリス漁船は、バルチック艦隊を最初に認めたとき、それは、イギリス海峡艦隊だと思った。そこで、赤、白、緑のランタンを振って、こちらの存在を知らせた。
ところが、相手の戦艦は突然、探照灯を照射し、それから射撃を始めた。トロール船の漁師達は、始めは夜間の射撃訓練くらいに思っていたが、念のためにということで、緑色の狼煙をたいた。
思いもかけぬ事態か発生した。
砲弾が附近に落下し始めたのだ。
漁船員たちは狼狽した。慌てて網を切り、全速で脱出しようと試みた。
戦艦の探照灯は、正面から漁船群を照射し、砲撃はますます激化した。
集中砲火を受けた、三隻の漁船の船員たちは仰天し、甲板に駆け上がると、盛んに手を振り、喚いた。
さらに、無線機も信号旗も持たない彼らは、ユニークな信号方法を使おうとした。
ある船長が後日語った。
「漁船だとわからせるために、おれはでっかいヒラメをあげて見せた」
その涙ぐましい努力も功を奏さなかった。
スワロフは百メートルという零距離射撃でトロール船「クレーン」号の船長と運転士の首を吹き飛ばし、他に数人の漁船員を負傷させた。
夜半一時過ぎ、スワロフの探照灯は垂直に空を指した。
戦闘停止の合図である。

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ツシマ沖の海戦(その百七十一)THE Battle of Tsushima
2006-12-22 Fri 00:04
これは、後になって分かったことだが、我が艦隊は夜間北海のドッガーバンクを横切った際に、どこかの漁船団と遭遇し、これを敵と見誤って攻撃したのではないか、ということであった。
我が方の砲火を浴び、漁船二隻が沈没した模様である、とのことである。
更に驚愕すべき事態が発生していた。
アウローラに五発の砲弾が命中し、そのうち一発は司祭の船室に飛び込み、彼の手足をもぎ取った。
その他に下士官一名が負傷した。
この巡洋艦は、艦隊の左側三マイルの位置にあり、この災難を蒙ったのである。
士官集会室では、皮肉屋のギルスが言った。
「我が艦隊は立派なものではないか。日本海軍との遭遇に備えて、準備はおさおさ怠り無かったはずなのに、そして、砲火を交ええれば、相手は漁船であった。おまけに、あやうく味方を沈めるところだった。遠征の艦隊にとってなんと縁起のよい門出であろうか。」
彼の辛辣な言葉は皆の内心の意見を代弁していた。
軍医長のマカロフがおもむろに質問した。
「我々が撃沈したのは、いったい何処の国の漁船だろうか?」
「事件があったのは、ドッガーバンクだとすると、多分オランダの漁船だと思われる。」
航海長のサトケビッチが、いかにも自信なさ気に応えた。
「そうだとすれば、謝罪と弁償で解決するだろうが、被害を受けたのがイギリス漁船だとすれば、これはどんなことになると思う。諸君。」
ギルスが思わせぶりに声を潜めて、問いかけたが、それに応える者は誰もいなかった。

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ツシマ沖の海戦(その百七十)THE Battle of Tsushima
2006-12-21 Thu 00:00
ウラジミール・コスチェンコは、敵の姿を捕らえることができなかった。
だから、何に向かって発砲しているのか理解できなかった。
ただ、砲弾が波頭に当たって水柱を立てるのが探照灯の光に照らし出されたとき、駆逐艦らしい影が見えたような気がした。
しかし、艦全体が見えない敵を相手にパニックにているとき、彼には砲門に打ち寄せている波のことが気になっていた。
この艦の貧弱な安定度では、艦が急角度で向きを変えて艦が急傾斜したときに、開いた砲門から浸水すると転覆の危険性が考えられる。
ウラジミール・コスチェンコは、この艦が復元性に問題を抱えていることをよく心得ていたのだ。
砲甲板に出てみると案の定、水は膝までの位置に達していた。
一部は敷居を超え士官室の廊下にまで流れ込んでいた。
「ポンプとタービン始動。舷側廊下のハッチ開け」
命令が飛び、艦艙部員は持場へ走った。
左舷砲指揮者が砲門を閉じ、これ以上の浸水の危険は去った。
やがて、兵曹長が艦橋から出てきて、「射ち方止め」と、怒鳴って走り回った。
一緒に出てきたラッパ手が懸命に合図を送ろうとしたが、うまく吹けなかった。
砲手たちは夢中になって、傍らに砲弾が残っている限り、射ち続けた。
士官たちは甲板や砲塔を駆け回り、砲手たちを腕づくで砲側から引き離した。
全ての艦からようやく砲声が途絶えた。
スワロフは、探照灯の光を真上に向けて、射撃中止の合図を送っていた。
アリョールでは、艦橋や砲塔、甲板から続々と士官たちが士官集会室に集まってきた。
皆揃って口が重かった。
艦橋にいた士官たちによると、最初に砲火を開いたのは、スワロフであった。
その後、アレクサンドルとボロジノが続いたのである。
針路の前方にスワロフの探照灯が照らし出した船影が目標となったのではないか、と誰かが結論付けた。
アリョールでは、射撃命令の出ないうちに、勝手に砲塔が目標を決めて撃ち始めたのが、真相だと判明した。
驚いたことに、この間に四十七ミリ、七十五ミリ砲は、五百発近くの砲弾を使用していた。

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ツシマ沖の海戦(その百六十九)THE Battle of Tsushima
2006-12-20 Wed 00:26
艦上では慌しい怒声が交錯した。
「水雷艇右舷、魚雷攻撃」
「左舷から駆逐艦」
アリョールに乗艦していた造船技師ウラジミール・コスチェンコは、自分の室から出たとき、いったい何が起こっているのか判断できなかった。
砲撃は最初、右舷側で起こったので、彼は当然のことながら、敵は右舷方向にいるものだと思った。
ところが、その直後に、左舷の七十五ミリ砲が暗夜の海上に砲弾の雨を降り注ぎ始めた。
すると、我々は敵に包囲されているのか。
向かい風を受けて、左舷側では舷側にぶち当たる波頭が、砲門から浸水して砲手たちの脛まで浸していた。
溜まった水は艦の動揺につて音を立てて流れていたが、戦闘に夢中になっている兵員たちは誰も気にしなかった。
ウラジミール・コスチェンコは、艦艙部の士官や兵員たちと一緒に配置に就いた。
彼は、「浸水警報」が発令され次第、直ちに現場に駆けつける積りで待機していたが、何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。
そこで、少しで自分の眼で確かめるため、士官に断り上甲板に出た。
そこで観たのは、どの探照灯も四方八方に光芒を振り回すばかりで、ただ黄色い硝煙を照らし出すばかりであった。
砲弾は四方に撒き散らされ、最大の俯角で発射される砲弾は自艦のすぐ近くに水柱を派手に立ち上げていた。
敵の潜水艇を撃退しているものと思えた。
突然、メインマストの見張所から機関銃が発射され始めた。
薬莢が雨のように甲板に落下してきた。
ウラジミール・コスチェンコは、戦闘が遂に接近戦となり、敵が本艦に乗り移ってきたのではないかと考えた。
彼は、他の艦の様子を見ようと、舷側の手すりにから身を乗り出すようにして、水平線を見つめた。
その水平線からアリョールに向けて、探照灯の光が輝いたかと思うと、ボロジノらしい先行艦の十二インチ砲が夜の海上を圧する轟音を響かせた。

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ツシマ沖の海戦(その百六十八)THE Battle of Tsushima
2006-12-19 Tue 00:00
アリョールでは、その時、当番以外の士官は後部甲板に集まり、水平線に警戒の視線を送りながら、状況判断を繰り返していた。
南西の微風が運ぶ波頭が時折、砲甲板の舷窓を洗っていた。
彼らは、無線室から駆けつけてきたブブノフ少尉の知らせにより、驚くべき情報を受け取った。
それは、輸送船カムチャッカが、周囲から駆逐艦の攻撃を受け、逃げ回っている、という内容である。
士官たちに理解できなかったのは、この危険な海域で、何故巡洋艦か駆逐艦が護衛についていなかったのか、ということであった。
昨日は一日中、司令部は先行部隊からの無線の警戒情報に囲まれて過ごしていたはずである。
戦艦四隻は、敵の駆逐艦隊の襲撃に備えて、全ての砲に待機を命じていたのだ。
艦橋からは、その後のカムチャッカからの通信内容が伝えられてきた。
カムチャッカは何らの被害も受けていない様子であった。
砲の傍に青い灯が残っているだけで、各甲板の灯は全て消されていた。
二十二日午前零時過ぎ、突然、アリョールの弾薬庫から騒音が沸き起こった。
甲板では、伝令が走り回る靴音が響き渡った。
間もなく防御砲台と艦橋附近の速射砲が唸りを上げ始めた。
続いて、六インチ砲が吼えた。
揚弾機が凄まじい轟音をたて、何百もの兵員が艦内を駆け回った。
そそけれ戦闘配置に就いたのである。

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ツシマ沖の海戦(その百六十七)THE Battle of Tsushima
2006-12-18 Mon 00:00
四、五人のロシア兵たちが酔っ払って歌い始めた。
当時、第二艦隊で流行っていた、ドッガーバンク事件を皮肉ったざれ歌である。
「日本の駆逐艦と勘違い。沈めてみたらばただの漁船・・・・」
ここで、同事件についていささか触れておきたい。
ドッガーバンク事件とは、 1904年10月21日深夜から翌22日未明にかけて、バルチック艦隊が、極東へ向かう途上、北海のドッガーバンクでイギリスの漁船を日本水雷艇と誤認して、漁民を殺傷した事件のことである。
事件の発端は、他愛のないことであった。
10月21日夕刻、バルチック艦隊はドッガーバンク付近を航進していた。この季節、朝晩の北海は濃霧に覆われることが多く、この夜もその例外ではなかった。この時、工作船「カムチャッカ」は、艦隊の100キロあまり前方を単艦で先行していた。しかし、同艦は機関の故障を生じ、一時行方不明となり、艦隊司令部は気を揉んでいた。
21日午後8時45分、その「カムチャッカ」から旗艦「スワロフ」へ宛てて、突然「われ、水雷艇に追跡されつつあり」との無線通信が送られてきた。
スワロフは、驚いて尋ねた。
「何隻何処の方向からか」
「四方から」 である、とカムチャッカが応じた。
スワロフが重ねて問うた。
「水雷艇は何隻か。詳細を知らせよ」
「水雷艇約8隻なり」
「距離は如何」
「1ケーブル(183メートル)」
カムチャッカの応えによると、およそ至近距離である。
「カムチャッカ」は、それと同時に通信を断ち、全艦隊は緊張に包まれた。
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ツシマ沖の海戦(その百六十六)THE Battle of Tsushima
2006-12-17 Sun 12:11
酒盛りが開始された。大きなコップでシェリィ酒、ポートワイン、シャンパンその他の酒が振舞われた。
だんだん皆陽気になり、前部下甲板は人の話し声で喧騒を極めてきた。
扉口には日本の番兵が二人たっていたが、彼らにもロシア兵に対する敵意は感じられなかった。
物珍しそうにロシア兵たちの酔態を眺めていた二人を見て、ロシア兵のうちの誰かが叫んだ。
「諸君、日本人にもご馳走してやろうじゃないか」
皆が賛成と声を揃えた。
大きいコップになみなみと注がれたリキュール酒が番兵に差し出された。
番兵たちは、日本語で何やら喋りながら、盛んに頭を横に振った。
しかし、その辞退も長くは続かなかった。
一人の番兵がコップに受け取り唇を当てた。
一口だけ味見をする積りだったのであろうが、甘い香りに誘われて、つい一気に強い酒を飲み干してしまった。
続いて、もう一人もそれに倣った。
暫くすると二人の番兵はロシアの水兵と並んで腰を降ろし、敵味方であることを忘れて愉快そうに笑った。
今朝方も、アリョールで話題になった「昨日の戦闘の相手は誰だったのか?」という件を誰かがまた蒸し返した。
「そりゃあ、イギリスの艦隊に決まってらあな」
一人が言うと、「日本艦隊だよ」ともう一人が断言した。
「おめえらは、何を見てんだ。日本の大砲はペンキの色さえ焼けていねえぜ。あんだけ、ぶっ放したらどんなペンキでも色が変わらない法はねえぞ」
「それにしても俺たちは、あれほどの砲弾をどこにぶちまけたってんだ」
「何、海は広いぜ。場所に不自由はねえさ」
プリボイは、我が艦隊を撃滅したのは、誓って日本艦隊であり、イギリス艦隊ではない、と説明した。
一部のロシアの兵員にとっては、極東のアジア人相手にこのような惨敗を喫したという事実を認めたくない、という素朴な感情に支配されたままでいたかったのであろう。
プリボイは尚も、力説した。
仮令一隻でも、他の強国の軍艦がツシマ沖で戦闘に加わっていたら、今頃は重大な国際問題となって、我々の耳にも入っているはずだ。
「まあまあ、分かったよ。いつまで同じことをぐだぐだ喋っているんだ。飽き飽きしたぜ。日本はな、新しい技術を使いこなす頭脳を持っていたんだ。それでもって我々をやっつけたんだ」
パクラーノフ汽罐兵が強く遮った。
そして、「両方が棍棒か何かで、殴り合いをしたのなら、身体が大きい俺たちが勝っただろうがな」と、負け惜しみを付け加えることも忘れはしなかった。

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ツシマ沖の海戦(その百六十五)THE Battle of Tsushima
2006-12-16 Sat 00:00
艀に揺られながら、プリボイは、今や敵の支配下に置かれたわが身の行く末に思いをはせていた。
誰かがため息とともに呟いた。
「これで戦争も終わりか」
別の声がそれに続いた。
「思えば苦しみばかりだったが、いったい何のためだったのか?」
「もう他人の血を流さずに済むし、自分の血だって一滴も零さずに済む。神様のお陰よ。まるで悪魔のお目こぼしに預かったようなもんさ。さて、家へ手紙でも書くか」
コズイリョフ電機兵が朗らかな口調で頭を振った。
艀を曳航している汽艇がぐいと舵を切った。
戦艦朝日か眼前に迫ってきた。
ロシア兵たちは不安と好奇心に満ちた表情で聳え立つ舷側を見上げた。
二本の高い煙突からは濃い煙が濛々と立ち上っている。
プリボイが驚いたのは、この戦艦の何処を見ても砲弾の跡が見当たらないことであった。
オリョールが浮かぶ廃墟と化しているのに比べて、朝日の艦上建造物は何一つ破壊されていない。
艀が舷梯に寄せられて上甲板に登っていくとき、彼は背筋に走る悪寒を感じた。
日本人は我々にどんな待遇を与えようとしているのか。その考えが、頭の片隅にこびりついて離れなかったのだ。
だが、日本水兵たちはニコニコしながら、「やあ、ロスケ」と声をかけてくれた。
士官たちは直ちに士官室へ案内され、兵員は前部下甲板に連れて行かれた。
そして、紙巻煙草が各人に一袋ずつ配れた。
その後で、昼食が出されたが、それはアメリカ製のコンビーフと白パンであった。
ロシア兵たちは、日本人からこのような待遇を受けようとは、一人といえども予期してはいなかった。
しかし、よく考えて見れば、ロシアの砲撃は下手で、朝日はあれほどの砲火を浴びながら少しも損傷していない。
何しろロシアの砲弾は人員にも艦にも損害を与えていないのだから、恨まれる筋合いはないのだ。おまけに、戦艦四隻の乗組員と提督、幕僚まで添えで降伏したのだ。
今まで誰も聞いたこともない大勝利である。
日本側が機嫌の良いのも当然のことである。
ロシアの水兵たちもようやく落ち着いて、元気づいた。
手荷物の中から、いろんな形をした酒瓶を取り出し、食事にとりかかった。
この酒は皆、オリョールの士官用食料庫から、水兵たちがどさくさにまぎれてかっぱらってきたものだった。

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ツシマ沖の海戦(その百六十四)THE Battle of Tsushima
2006-12-15 Fri 02:40
さて、本筋に戻ろう。
前にも触れたように、ネボガトフの降伏した艦隊の各艦については、捕獲隊が定められた。
ニコライ一世とアリョールについては第一戦隊が担当し、アプラクシンとセニャーウインについては第二戦隊が受け持った。
アリョールの乗員の多くは、戦艦朝日に移乗させられた。
その中には、機関長のパルフエーノス、機関士ルムス、モゾレフスキー大尉、サケラリ、カルボフの両少尉などの士官も含まれていた。
二時ごろ、日本の汽艇で帰ってきたシドロフ副長が、日本側の降伏条件を披露した。
「士官諸君、諸君の武器、私有品及び金銭は携帯できる。そして、この戦争が終了するまで戦闘に参加しない旨の署名をすれば、各自祖国へ帰る権利が認められる。
兵員は、各自の私有品と金銭を携帯できる。」
シドロフは、それ以上喋ることは許されず、再び日本の汽艇に載せられた。
続いて、指名された士官たちが乗艇した。
兵員たちも続々と艀に乗り込み始めた。
「ツシマ」の著者ノビコフ・プリボイも日本の戦艦見たさにわざと移乗組みの中に潜り込んだ。
戦艦オリョールが降伏したとき、重傷のユング大佐は隔離病棟に移された。
そこは、舷窓が一つしかない、鉄製のベッドが置かれている長方形の小さな部屋であった。
胃と肝臓に痛手を負った艦長は、肩も砕かれ、頭部にも五つ六つの弾片を受けていた。
彼は殆ど意識もなく、生死の境を彷徨っていた。
病室の入り口には日本の番兵が立ち、日本兵が病室に顔を出すことを禁じていた。
これは、オリョールが降伏したことをユング艦長に悟られたくない、というロシア側の要望に配慮した結果であった。
日本の汽艇は、ロシア兵で一杯になった三隻の艀を引いて航進した。
ブリボイもその同僚もその中にいた。
一片の雲もない空の下には、薄紫色に輝く海があった。
ノビコフたちは眼前に横たわる戦艦朝日の姿に不安げな視線を向けた。
日本の軍艦は互いに何か信号を交わしていた。
艀の後からは、汽艇や短艇が続いた。
それらはセニャーウイン、ウシャコフやニコライの捕虜をそれぞれの日本軍艦へ運んでいたのだ。

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ツシマ沖の海戦(その百六十三)THE Battle of Tsushima
2006-12-14 Thu 00:17
「アメリカ当局は、我々を寛大に取り扱って、武装を解除せずに艦の修理ができるかもしれない。」
エンクヴスト少将は、そう言い残すと艦橋を離れて艦長室に閉じこもってしまった。
彼の巡洋戦隊は、経済速度で一路フィリッピン群島に向かって南下した。
露暦五月二十一日、マニラから百マイルの地点に差し掛かったとき、前方に数条の煤煙が上がるのが認められた。
それはたちまち数隻の艦影となって浮かび上がってきた。
そは、単縦陣を作り北上してくる五隻の軍艦であった。
敵艦ではないか、と言う噂は、たちまちアウローラの艦内に広まった。
この傷ついた三隻の戦隊が、五隻の敵艦を相手に何ができるというのか。
燃料は既に底をついていた。
逃走することも、もはや不可能であろう。
エンクヴスト少将は、スウィーリに会ってからは、ずっと艦長室に篭りっきりであった。
彼は自分が大事なときに、味方を見捨てて逃げだしたことをいまや酷く恥じていた。
艦隊の一部が間違いなく沈没したことは、彼にも分かっていた。
日本艦隊がやってくる、という報告は彼を喜ばせた。
彼は軽い足取りで、艦橋を登った。
彼は双眼鏡を手に背筋を伸ばして、前方を見つめた。
暫くして、双眼鏡降ろすと幕僚を顧みて命令した。
「総員上甲板の号笛を鳴らせ」
たちまち、アウローラの上甲板は兵員で充満した。
少将は、艦橋の手すりから身を乗り出すようにして、見上げる乗組員の顔を見渡した。
「大胆不敵な日本艦隊は、アメリカ領海にまで、追跡してきたのか。決戦が回避できないのであれば、潔く戦おうではないか。諸君、祖国のために立派に死のうではないか。」
少将は白いものが混じった顎鬚を震わせながら絶叫した。
そして昂然と頭を上げて、「合戦準備」を命じた。
ラッパと太鼓の音に送られて,総員が戦闘配置についた。
艦上は緊張した静寂に包まれた。
艦橋では、少将と士官たちが、近づいてくる艦影を眺めながら話し合っていた。
「装甲巡洋艦らしいですな。閣下」
「うむ。上村の艦隊かも知れぬ」
その時、頭上から素っ頓狂な叫び声が降ってきた。
「日本艦隊ではありません。」
マストの見張台の登っていた信号兵が大声を出したのである。
その直後、先任参謀フォンデンが断言した。
「閣下、あの艦隊はアメリカ艦隊です。先頭艦は、中将旗を掲げております。」
艦内いたるところで、喜びの声が沸きあがった。
待ち構えていた砲声は、双方からの礼砲の交換に変わった。
アメリカ艦隊は、十六点の転換を行い、ロシア巡洋艦戦隊と平行のコースをとった。
ロシアの残存艦隊がフィリッピンに接近していることを電信で知った、アメリカ海軍は、万一日本艦隊が中立領海に侵入した場合に備えて、戦艦二隻と巡洋艦三隻を派遣したのであった。
エンクヴスト少将は、喜びに沸く乗員に背を向け、再び艦長室へと急いだ。
その丸めた背中には、失われた名誉を回復する機会を永遠に失ったことへの悔恨と苦悩が色濃く滲み出ているように見えた。
アメリカ艦隊に誘導されたロシアの敗残の艦隊は、夕刻になってマニラ湾に入港し、投錨した。
ちょうどその時、真っ赤に熟れたような大きな太陽が南の海に沈んでいった。

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ツシマ沖の海戦(その百六十二)THE Battle of Tsushima
2006-12-13 Wed 00:00
夜明けころになって、水雷攻撃も止んだので、オリョーグは速度十五ノットに減じた。
早速、被害の修復が始まった。
舷側の破孔に充填作業が行われ、浸水した海水の排水作業も並行して急がされた。
露暦五月十五日(五月二十八日)の朝を迎えると、オリョーグに続行しているのは、僅かにアウローラ(六千七百三十トン)とジェムチュウグ(三千百十トン)だけであった。
よく晴れた水平線上には、一筋の煤煙すらも望見できなかった。
燃料の節約のため、速力十ノットに落として、被害の調査が実施された。
三隻の巡洋艦全体で戦死者は三十二名、負傷者は百三十二名に及んでいた。
正午頃、エンクヴスト少将は旗艦をアウローラに移すことを決めた。
これは、艦長エゴリエフ大佐が戦死し、副長のネポーリシンも重傷を負って、同艦は首脳陣を欠くに至ったからである。
エンクヴスト少将は、自ら指揮を執ろうとして、航海参謀、先任参謀らを連れて移乗することを決意したのだ。
午後三時、艦隊は針路を南四十八度西に定め、一路シャンハイを目指すことにした。
アウローラに移った少将は、「明日になったら多分、艦隊も我々に追いついてくるだろう。艦隊は少なくとも十二ノットに増速しているに違いないからね」とまるで自らを宥めるように周囲を顧みて言った。
五月十六日(露暦)の朝、後方の水平線の彼方に一筋の煤煙が望まれ、やがてそれは一隻の汽船であることが分かった。
それはシャンハイに向かっているロシアの特務艦・運送船スウィーリ(五千トン)であった。
巡洋戦隊は機関を止め、同船との邂逅を待った。
午前九時頃、スウィーリがアウローラに近づいたので、エンクヴスト少将は自らメガフォンをとって、スウィーリに呼びかけた。
「船長、我が艦隊は何処にいますか? 艦隊の様子はどうなっているのですか?」
それに対して返答したのは、沈没したウラルから移乗していたシリンスキー・シャフマートフ大尉であった。
「閣下、それは貴方が一番ご存知の筈です」
それを聞いたエンクヴストは、艦隊の士官たちがまるで脱走兵に対するように自分を見ていることを覚った。
彼は力なくメガフォンを降ろすと、悄然とした面持ちで、静かに命令を下した。
「スウィーリにシャンハイに着いたら、給炭船をよこすように伝えてくれ給え。我々は戦隊を率いて、これからマニラへ向かう。」

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ツシマ沖の海戦(その百六十一)THE Battle of Tsushima
2006-12-12 Tue 00:20
余談になるが、日露戦争当時の一等巡洋艦の殆どが、装甲に巻かれた大型の「装甲巡洋艦」であった。喫水量八千トン前後で八インチ砲を主砲として備えていた。
かつまた、機関出力も戦艦並みのものがあり、これが二十ノット以上の高速を装甲巡洋艦に与えているのである。
このように速力こそ戦艦に比べて大きい、装甲巡洋艦であるが攻撃力、防御力において戦艦に劣るのは致し方のないことであった。
したがって、鈍重な戦艦を水雷攻撃から防御するのが装甲巡洋艦の役割であったのだ。
その意味からも、夜戦においてのエンクヴスト艦隊の行動には疑問符をつけざるを得ない。
艦隊の南下策は、一旦決定されたが、エンクヴスト少将本人は、この決定に不満で絶えず愚痴を零した。
ドブロツウォルスキー大佐がそれを宥めた。
「そもそも何の必要があってウラジオストックへ行くのですか?
我が陸軍との連絡が絶たれていることは、閣下も、カムラン湾で既にお聞きのはずです。
我々は北上するためには、勢力を合わせねばならないというのは、ロジェストウエンスキー提督のご命令であります。単独で北上することは禁じられています。我々にはこれに背く権限はありません。」
「しかし、それにしても・・・」
少将が言葉を挟むと
「閣下、艦隊が南下したのを我々は現に眼にしております。若干の戦艦を失った現状では、ウラジオストックへ強行突破するのは、あらゆる意義を失っております。
特務艦六隻が残されているシャンハイへ、我が艦隊が退却したことは明らかです。
北上を強行して、撃沈されるより、中立国で抑留され、残存艦隊を残すほうが合理的です。本官は、そう固く信じます。」
ドブロツウォルスキー艦長は、こう言って押さえ込んでしまった。
エンクヴスト少将は、一つ大きなため息を漏らすと、それ以降は何も言わなくなった。

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ツシマ沖の海戦(その百六十)THE Battle of Tsushima
2006-12-11 Mon 07:17
「我々は、こんなに速力を出しているから、主力と離れるおそれがあるが、どんなものなんだろうか?」エンクヴスト少将は、心配顔で呟いた。
「しかし、閣下、この程度のスピードを出しませんと、敵にやられてしまいますからね。」
ドブロツウォルスキー大佐は、自信ありげな口調で断言した。
少将は、一応納得したように頷いて、暫く沈黙を保った。
そのうち砲声が止むと、「引き返したほうがよくはないかな。どうだろう」と言った。
「大丈夫です。閣下。このまま進めば味方の主力に出会えます。彼らは我々と同じコースを辿って追っかけてきますよ。暗闇の中で遭遇すると、主力が敵艦と見誤って攻撃してくるおそれがあります。こんなひょろひょろの巡洋艦を沈めるのには、二三発もあればお釣りがきますよ」
しかし、今度ばかりはエンクヴスト少将は、艦長の意見に同意できなかった。
「我々は、ウラジオストック軍港に辿り着くべし、という命令を受けている。北方へコースを転じなければならない」
少将は強硬に自説を主張した。
艦長もこれには同意しないわけにはいかなかった。
巡洋艦は、二度ばかり北方へコースを転じたが、そのたびに敵の水雷艇の襲撃を受けた。
午後九時ごろ、何十という灯火が前方に認められた。
アウローラの艦橋では、不安に満ちた会話が交わされた。
「日本艦隊は全力をあげて我々を追跡しているのではないか」
おそらく漁船の灯りであったのであろうが、この後、エンクヴストの巡洋艦隊は南下することに決定したのである。

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ツシマ沖の海戦(その百五十九)THE Battle of Tsushima
2006-12-10 Sun 13:05
次に夜戦が始まってからのロシアの巡洋艦隊の動きについて触れてみたい。
その日、日の暮れるのは早かった。
日本水雷艦艇の魚雷攻撃が開始された。
ロシアの主力艦隊が、巡洋艦隊の援助を最も必要とする時期が到来したのだ。
ところが、上は司令長官から下は一水兵に至るまで、魚雷襲撃の危険さについては
必要以上に敏感になっていた。
そのことは、この夜見事に立証された。
先頭艦オリョーグは、日本水雷艇の襲撃を恐れた艦長ドブロツウォルスキー大佐の命令により、フルスピードで前進した。
この速度についていけたのは、アウローラ、ジェムチュウグだけであり、老朽艦ドンスコイとモノマフ、それに加えて損傷を受けた艦首が沈下したスウエトラーナは、見る間に遅れてしまった。
因みに、オリョーグは千九百四年竣工の新鋭艦であるのに比べて、ドンスコイは艦齢二十年を数える老齢艦である。
一方、イズムルードは戦艦艦隊に合流しようと引き返し、アルマーズは一路ウラジオストックを目指した。
水雷戦隊と特務艦は統制を外れて、思い思いの方向へ逃走した。
闇の中でロシア艦隊はいくつかの独立した戦隊と単独艦とに四散分裂した状態に陥っていたのである。
巡洋艦オリョーグは、十八ノットの快速で、砲声の轟く夜の海面を後にして逃れ去ったのである。
それでも、執拗に追いすがる日本水雷艇の攻撃を巧みにかわしながら、同艦は夜の海上を突っ走った。

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ツシマ沖の海戦(その百五十八)The Battle of Tsushima
2006-12-09 Sat 09:55
雷撃を受けてから二三分で、全艦の電灯は回復した。
上甲板では、破孔に防水蓆を貼り付けようと、水兵たちが大騒ぎをしたが、そのうち、それが無駄であることが分かってきた。
排水のための全ての手段が講ぜられたが、モノマフの傾斜は激しくなるばかりであった。
意気消沈した艦長は、「私は私室に行くから、何かあったら知らせてくれたまえ」と一言残して消えていった。
艦長が艦橋から去ると、後はノジコフ大尉の独壇場と化した。
日本側の攻撃は執拗に続いた。
ノジコフ大尉は、浸水の止まらない艦を操りながら、五度にわたって日本水雷艇の襲撃を防いだ。
艦の状態は悪化の一途を辿った。
午前二時頃になると、炭庫から流れ込む海水は汽罐室を水浸しにした。
前部汽罐室の汽罐は全て使用不能となった。
ポポフ艦長は、幕僚たちと相談して、まだ機関の動いている間に、どこか近くの陸地に艦を寄せて、乗員を上陸させることに決めた。
艦は針路を西にとり、朝鮮半島を目指すことにした。
夜が明けた。
目の前には、ツシマ島があった。
駆逐艦グロムキーに護衛されたモノマフは、海岸に向けて航行した。
艦隊の傾斜は十四度に達していた。
「あれは味方の艦か?」
艦橋に立っていたマニエフスキー少佐が呟いた。
右舷前方に、この島に近づいていくもう一隻の大型艦の艦影が認められたのである。
発光信号により、それは戦艦シソイ・ウエリーキーであることが判明した。
戦艦からは、続いて「本艦ノ乗組員ノ収容ヲ頼ム」と言う信号が送られてきた。
ポポフ大佐は、既に艦橋にあって指揮をとっていたが、直ちに応答させた。
「本艦自体モ沈没ノ危機ニアリ」
この間の経緯については、前にも触れている。

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ツシマ沖の海戦(その百五十七)The Battle of Tsushima
2006-12-08 Fri 12:55
昼戦で受けたモノマフの損害は、それほど大きなものではなかった。
舷側の破孔は、左舷に一箇所だけで、砲弾の炸裂は両方の下士官室を破壊した。
上甲板では、ボートが二,三隻破壊され、探照灯が砕かれ、伝声管が引きちぎられた。
人的被害も少なく、戦闘に参加できなくなった兵員は四、五名に過ぎなかった。
夜戦に突入すると、モノマフも敵の水雷攻撃に曝された。
モノマフは巧みにそれをかわしながら、航進を続けた。
午後八時ごろ、一隻の駆逐艦が接近してきた。
ポポフ大佐は、これを敵艦と見誤り砲撃を加えた。
しかし、駆逐艦は味方であると合図を送ってきている。
これは、グロムキー(三百五十トン)であった。
グロムキーがモノマフに近づいたとき、艦長のケルン中佐がメガフォンを使って叫んだ。
「司令官の命令で本艦は、モノマフに後続することになった」
「よろしい。ただし、貴艦が本艦の周囲をうろつくと、容赦なく貴艦に一発お見舞いするぞ」
珍しく興奮したポポフ大佐が怒鳴り返した。
ケルン中佐も負けてはいなかった。
「やってみたまえ。一発でも命中したら、本艦は直ちに魚雷を発射して、貴艦を撃沈してしまいますぞ」
「そんな話をしていても始まらん。ただちに本艦の左舷に位置することを命ずる」
「了解」
艦尾の右舷方向に、小さな三つの黒い影が認められた。
水雷艇であった。
影はぐんぐん近づいてきた。
モノマフの砲が咆哮し、暗夜の海上に火箭が走った。
一隻の水雷艇から発火信号が上がった。
水雷艇はますます接近してきたが、よく見ると影は二つに減っている。
実は、一隻は離れてモノマフの艦尾にぐっと近寄っていたのだ。
その水雷艇は艦尾を横切って左舷に姿を現して、モノマフに並行する位置にきたとき、突然、閃光が闇を破った。
致命的な損傷を蒙った巡洋艦の照明が奪われた。
魚雷は右舷の舷側に大破孔を穿っていた。
第二炭庫を直撃し、大きな穴を開けた爆発は、次いで第一、第三の炭庫をも破壊した。
前部汽罐室の隔壁が砕かれ海水が流れ込んだ。
たちまち、第一号汽罐は使い物にならなくなった。

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ツシマ沖の海戦(その百五十六)The Battle of Tsushima
2006-12-07 Thu 05:30
間もなく、モノマフも戦闘に入った。
エンクヴィスト提督の信号により、同艦はドミトリー・ドンスコイの航跡に乗って航進することとなり、敵の巡洋艦隊に向けて火蓋を切った。
日本側は最初のうちは、最優秀なロシア軍艦を攻撃することに熱中していたため、旧式の巡洋艦などは見向きもされなかった。
しかし、そのうちに徐々に砲火が集中し始め、六インチ砲の前部送弾機の附近に砲弾が破裂した。鮮黄色の火焔が噴きあがった。
眩しい光の矢が四方へ走った。
火薬庫に火が入ったのである。
艦底の兵員たちは、恐怖に駆られて昇降口に殺到した。
僅かに逃れることができたのは、二人だけであった。
二人の水兵は、頭や肩をラッタルにぶっつけながら上へとよじ登って行った。
送弾機の近くにいた三人の水兵は全身を火に包まれた。
他の者たちは,両手で口を覆いながら、有毒ガスに耐えようとしていた。
もう一分もすれば、この艦齢二十年を数える旧式巡洋艦全体が大爆音と共に吹っ飛ぶのではないかと、観念した。
突然、火薬庫の壁や天井から水が降ってきた。床からは物凄い勢いで噴水が吹き上がってきた。
水流が床に広がり、火は消えた。
取り残された人々の呼吸が楽になった。
暫くすると、熱でボロボロになった制服と火傷跡の痛々しい水兵たちが火薬庫から這い出してきた。彼らは腰まで水に漬かったことを現すずぶぬれ姿で、ぞろぞろと応急手当所の方へ歩いていった。
全乗組員の危機を救ったのは、右舷弾薬庫注水主任船艙長であった。背の高い黒い眼をした、この寡黙な軍人は、突然の危機にも動ぜず、冷静に注水弁を操作して巡洋艦と乗組員全員を救ったのである。

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ツシマ沖の海戦(その百五十五)The Battle of Tsushima
2006-12-06 Wed 08:50
艦隊が敵の主力と交戦状態に入ったとき、ノジコフ大尉は、艦長に近づき進言した。
「艦長、イズミに対して砲撃を許可してください。今は丁度頃合の距離です」
ポポフ大佐は、渋い顔をした。
「提督の信号がないのに火蓋が切れると思うのかね。勝手な真似をすると後で大目玉をくわされるぞ」
「もう、提督は信号どころではないでしょう。艦隊全部が戦っている最中なんですから」
艦長は頑として聞き入れようとはしなかった。
そこで、ノジコフ大尉は攻め口を変えることにした。
「ついでです、六インチ砲の砲弾を抜き取るのに丁度いい機会です」
それならいいだろう。
艦長は同意した。
ノジコフ大尉は、イズミまでの距離を測ると、早速試射の一弾を放った。
それから、イズミの右舷へ向けて火蓋を切った。
イズミからの返礼も始まった。
発射音と砲弾の炸裂音は、鶏たちにパニックを生じさせた。
籠の中は、羽ばたきの音と鶏の鳴き声で満たされ、飛び散った羽毛が甲板上に舞い上り雪のように降り落ちた。
艦橋にいた士官も水兵をのろいの声をあげた。
「絞め殺してしまえ」
ロシア側の最初の砲撃でイズミは痛手を蒙ったように見えた。
砲撃が始まって十五分もすると、イズミは速力をあげて霧の中へ消えていった。
ウラジミール・モノマフは殆ど損害を受けなかった。
イズミの砲弾は飛び越したり、届かなかったりしたのだ。
命中したのは一発だけであった。
ポポフ艦長は有頂天になり、ノジコフ大尉のものとへ寄ってくると、「敵の逃げ足の速いこと。我々の腕前にざっとこんなものだ」と、叫んだ。
砲撃が成功したのは、主として砲術長であるノジコフ大尉の手柄であり、彼によって航海中に訓練された砲部員の功績であった。
この教養ある士官は、砲術部門の造詣が深かった。
彼は千九百三年、砲術練習艦隊に乗っていたとき、射撃指導の優秀さを称えられて賞を貰っている。

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ツシマ沖の海戦(その百五十四)The Battle of Tsushima
2006-12-05 Tue 09:01
五月十四日(五月二十七日)、ロジェストウエンスキー提督の出した信号により、巡洋艦ウラジミル・モノマフの艦上では、合戦準備の号令がかかり、各砲に実弾が装填された。日本哨戒艦との砲火の応酬が開始された。
モノマフはロシアの戦闘隊形の反対側に位置していたため、日本側の砲弾は飛んでこなかった。間もなく日本の哨戒艦は遠ざかっていった。
同艦の艦長を務めるのは、ポポフ大佐という名の鼻の大きな痩せ気味の顔に黒い口髭を蓄えた中年の軍人であった。
司令塔から艦橋に出できたポポフ大佐は、砲術長のノジコフ大尉を振り返って言った。
「日本の艦は遁走したらしい。もう我々にちょっかいを出すようなことはないだろう。
この調子なら大げさな戦闘もなく、ウラジオストックまで行けるだろう。ところで、ニコライ・ニコラーエウィチ。六インチ砲には装填したのかね」
背の高い金髪のノジコフ大尉は、「装填しました。ウラジミール・アレクサンドロウィチ。
八時すぎに、本艦の砲全部に実弾を装填して射撃準備ができた旨のご報告を致しました」と、丁寧に答えた。
艦長は、じっとノジコフ大尉を見つめて、「困ったことだ。今度は弾丸を抜き出すのにも手間がかかることだろう。日本の巡洋艦など当分近寄ってくる気配はないよ。もう奴らを砲撃することはあるまい。そうなれば、装填したことは君の責任だよ」と言った。
「艦長、砲弾を抜くのは簡単です。御覧なさい。イズミはあの通り右舷からやってきますよ。距離は五十ケーブルほどですから、六インチ砲でも届きます」
「やれば出来るよ。しかし射たないほうが好いさ。いずれにしても夜は砲口に覆いをかけてくれ給え。錆がでると困るからな」
言い終わると、ポポフ大佐は司令塔のほうへすたすたと戻っていった。
ノジコフ大尉が、いまいましそうに遠ざかっていく背中を睨み付けた。
ポポフ大佐は、近代的な軍艦の艦長としては、ひどく時代遅れな人物であった。
砲術、水雷、機械関係のことなど禄に知ってはいなかった。
ただ、柔和な性格であるため、部下に対しては余り厳格ではなかった。
軍規に反しても、処罰することは滅多になかった。
事務については厳格で、艦の報告については些細なことでも疎かにしなかった。
また、金銭にも細かくびた一文たりとも粗末にはしなかった。
それに、この艦長は変わった趣味の持主で、停泊するたびに買い込んだ鶏が籠に入れられ、その籠は後甲板に山積みにされていた。
軍艦が養鶏場と化して、「艦長も物好きだなァ」と水兵たちの嘲りをかった。
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ツシマ沖の海戦(その百五十三)The Battle of Tsushima
2006-12-04 Mon 06:07
戦闘が始まる前に、ロジェストウエンスキーからエンクヴスト提督に与えられた任務は、次のようなものであった。
即ち、イズムルウド(三千百十トン)、ジェムチウグ(三千百十トン)は、味方の戦艦の護衛に当たり、スウェトラーナ(三千七百三十トン)、ウラル、アルマーズ(三千二百九十トン)により編成された哨戒戦隊は特務艦を援護し、旗艦オリョーグ、アウローラ、ドミトリードンスコイ及びウラジーミル・モノマフも特務艦の援護に従事するとともに、必要な場合には味方の主力艦隊に加勢するために独立行動をとる、というものであった。
しかし、ロジェストウエンスキーは、ロシア暦五月十三日になってドンスコイとモノマフは特務艦の護衛に専念せよ、との命令を下した
この結果、エンクヴストが自ら判断を下して、独立行動のとれる巡洋艦は僅かに二隻ということになった。
つまり、エンクヴスト少将独自の裁量範囲は、極端に制限されていたのである。
ロシア暦の五月十四日、日本の哨戒戦隊が水平線上に現れたとき、オリョーグの艦橋に立っていた少将は、幕僚を顧みて、言った。
「我々は、あの哨戒戦隊を追跡すべきだ。撃沈できたらこの上もないのだが。司令長官の命令を待たないで行動を起こしたら、どんなものだろう」
ドブロツウォルスキー大佐は、賛成をする振りをしながら、巧みに異議を称えた。
「そうですね。司令長官はたぶん許可はしないでしょう。司令長官には、我々の全然知らないプランがあるかも知れません。我々の独自行動は、彼のプランに害を及ぼすだけですね」
敵の主力が左舷前方に出現したとき、ロジェストウエンスキー提督の信号により、エンクヴストの巡洋艦と特務艦は、増速して戦艦の単縦陣の右舷へと、その位置を変えた。
オリョーグとアウローラが先頭に立ち、殿はドンスコイとモノマフが受け持った。
主力同士の戦闘が開始された直前のことである。

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ツシマ沖の海戦(その百五十二)The Battle of Tsushima
2006-12-03 Sun 00:37
唐突ではあるが、ここでバルチック第二艦隊の巡洋戦隊について触れておきたい。
同戦隊を率いていたのは、オスカール・アドルフォヴィッチ・エンクヴスト少将という人物であった。
背が高くて、堂々たる容貌のこの提督は、その風采だけでこの地位を獲得したのではないかという陰口を聞かれていた。
穏やかな人柄で、どこか寛大で農奴たちからも敬愛されている地主といた風格が漂っていた。
そのため、第二艦隊内では、「農園主」と呼ばれていた。
エンクヴスト少将は、千八百九十五年頃から数年、一等巡洋艦エジンブルグ公の艦長として海上勤務をしていた。
この帆走巡洋艦は、練習艦として下士官や水兵の養成を行うことを任務としていた。
その結果、少将は典型的な帆走艦長としての能力と経験を身につけることとなった。
しかし、その後は戦隊を指揮したこともなかったし、最新式の巡洋艦や戦艦には乗艦した経験すら持たなかった。
日露戦争が始まるまで、ニコラーエフ市の市長を務めていた。
温和な性格が幸いして、市民の間では人望があった。
戦争が始まり、極東の海を支配するため、大艦隊を派遣するに当たり、何を思ったのか海軍首脳部は、この予備士官を市長の職から引き出し、巡洋戦隊の指揮を任せたのである。
指揮官としての自信のなさを、彼は周囲に隠そうともしなかった。
「これでよかったのだろうか」
何かを決断し、命令を下すたびに、先任参謀フォンデン大尉は顧みて尋ねた。
「閣下、大丈夫うまくいきます」
フォンデン大尉は、貴族出身の聡明な士官であり、海軍部内でもかなりの支持を得ていた。
エンクヴスト少将が彼の幕僚ともに巡洋艦アルマーズ(三千二百九十トン)に乗艦して戦隊の指揮をとっていた頃は、フォンデン大尉が事実上戦隊の指揮をとっているといえた。
しかし、エンクヴストが旗艦を巡洋艦オリョーグ(六千六百五十トン)へ移してからは、事情が全く変わってきた。
オリョーグの艦長は、ドブロツウォルスキー大佐は自信と征服欲に溢れた人物であり、他人の反駁を許さない性格の持主であった。
自らを現代海軍の権威であると自認する、この雄大な体格の士官は、エンクヴスト少将を虜にしてしまった。
それを見た若手の士官連中は、「艦長は、軍艦の舵を操縦するように提督を操っている」と批評した。

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