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ツシマ沖の海戦(その百三十一)The Battle of Tsushima
2006-11-10 Fri 06:48
一方、巡洋艦新高の急追を受けた駆逐艦ブイストルイは、応戦しながら逃走を図ったが、到底逃れることができぬことを覚った艦長マニコフスキー中佐は、艦を自爆することを決意し、竹辺湾の北方約五海里の海岸に擱座させた。
艦長以下乗員八十五人は、上陸し、山中に逃げ込んだ。
午前十一時頃のことである。
彼らは日本監視所の兵によって発見され、装甲巡洋艦春日の陸戦隊により全員捕虜となった。
さて、ここらで話題を傷ついたロジェストウエンスキー提督を載せた駆逐艦ベドウイに戻そう。
ベドウイは、駆逐艦グローズヌイを随伴して、ウラジオストック軍港へと一路航進を続けていたが、搭載した石炭量を考慮して、速度を十二ノットに落としていた。
艦内では、クロング参謀長とフィリポウスキー航海長は、ベドウイの艦長バラーノフ中佐を交えて、鳩首協議を行っていた。
ベドウイが目指すウラジオストック港へ到達できる可能性は決して低くはない。
しかし、彼らの関心はその途中で、日本艦艇に発見されて攻撃を受けた際の対処にあった。
彼らには、もはや戦意はなかった。
降伏もその視野の中にあった。
瀕死の重傷の重傷を負っている司令長官の生命を救うことかが最大の関心事となった。
午前十時、艦長バラーノフ中佐は、当直将校デ・ラッシ少尉に命じて、白旗を準備するように命じた。
午後二時ごろ、ベドウイの見張員が、水平線上に二条の煤煙が立ち上るのを発見した。艦長バラーノフ中佐は、艦橋に駆け上って水平線を見つめた。
煤煙の主は日本駆逐艦であった。
二隻の駆逐艦は、漣(三百四十五トン)と陽炎(三百四十五トン)であった。
ベトウイの艦上には、緊張の色が走った。
同行するグローズヌイが、前方に進出した。
陽炎が、それに立ち向かった。
陽炎と漣は指定集合地である鬱陵島に急行中であっが、同島南西付近において、ロシアの駆逐艦二隻を発見したのである。
漣は第三駆逐隊に属し、夜戦に参加したが、戦闘中に味方にはぐれ、それを探すうちに今度は艦が故障してしまった。
漣は蔚山港に入り、修理を行うことにした。
港に入ると、そこには同じく故障した駆逐艦陽炎も入港していた。
両艦の修理が終わったのは、夜も明けてのことであった。
漣の艦長は相羽恒三という少佐であった。
陽炎のそれは、吉川安平大尉である。
二艦は臨時に隊を組むことにして、階級が上の相羽少佐が仮の司令となった。
漣は陽炎を伴って、朝の海へと乗り出していった。

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