We must protect the senile elderly people from unscrupulous business operators by using the adult guardianship system.

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22年に共済年金廃止し「厚生」へ一本化の方針
2006-11-30 Thu 08:51
報道によると、与党年金制度改革協議会は28日、公務員や私立学校の教職員が加入する共済年金を平成22年を目途に廃止し、公務員も民間サラリーマンと同じ厚生年金に加入させる方針を決めました。4月には閣議決定された年金一元化の基本方針によれば、厚生、共済両年金はそれぞれ存続させたうえで、保険料や給付水準など諸条件を統一することになっていましたが、制度を一体化させた方が国民の理解を得やすいと判断したためだそうです。

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ツシマ沖の海戦(その百五十)The Battle of Tsushima
2006-11-29 Wed 10:11
山口県阿武郡の見島にもロシア兵が上陸してきた。
見島は現在の山口県萩市の沖、北北西約45kmの海上に浮かぶ小さな離島であるが、古くから海上交通の要衝として、栄えた島である。
島の住民は、二十七日午後から沖合い遥かに聞える激しい砲声を耳にし、海戦が行われていることは承知していた。
島民たちの一部は、その夜も不眠で警戒を続けた。
見島には、その北端に海軍の望楼が置かれてあり、数名の水兵が常駐していた。
二十八日の朝、望楼に設置されている一本眼鏡をのぞいていた水兵の一人が、沖合いから同島目掛けて漕ぎ寄せてくる一隻の短艇の姿を捕らえた。
短艇上には白服のロシア兵がひしめき合っていた。
その知らせは、浜辺に出で警戒中の漁民たちに伝えられた。
「露助が来たぞ。一人残らず殺すのだ」
望楼の水兵の叫びに応じて、村の男たちは手に手に日本刀や槍を持って集まってきた。
同時に、「ロシア兵来る」の知らせは、郡役所にも伝わっていた。
郡書記の厚東某は、小学校教師多田某及び巡査の黒瀬某を伴い、海岸へと下りていった。
短艇は海岸へ近づいてきたが、その時、厚東の眼には、艇上でひらめく白いものが映った。
それは艇首に立ちあがった指揮官とおぼしき士官が、さかんに振っているハンカチであった。
「ロシア人たちは降伏を求めてる。援けてやらなければならない」
厚東郡書記は、殺気立った村人と水兵を説得した。
そして、負傷者を収容する場所として、南方にある本村の病院を当てることに決めた。
厚東は、「ロシア兵には直接、本村へ行ってもらうことにしよう」と、周囲に告げた。
彼は、波打ち際まで歩を運び、自らもハンカチを取り出し、南の方角へ進めと合図した。
短艇上のロシア兵もその合図が分かったものとみえ、南へその艇首を向けて漕ぎ始めた。
ところが、観音崎を過ぎた辺りで、宇津村の砂浜に舳先を乗り上げ、ロシア兵たちは一斉に上陸した。
彼らは疲労困憊しているらしく、そのまま砂浜に突っ伏してしまった。
黒瀬巡査は、その有様を見て、村人の一人を宇津村役場に走らせ、状況を報告させた。
間もなく、宇津村村長長谷川房次郎が、二人の医師を伴って息せき切って駆けつけてきた。
教師の多田が、ロシア兵のもとへ近寄っていき、覚束ない英語で問いかけたところ、上陸したロシア兵は前日沈没した工作船カムチャッカの生存者五十五名であることが分かった。彼らは短艇にすし詰めになりながら、一晩中、荒波と戦っていたのだ。
事情が判明した後の村民たちは心暖かかった。
彼らは十名ほどの負傷者の介抱につとめた。
重湯を満たした丼を差し出し、「ミルク、ジャパニーズミルク」と勧めたが、警戒するのかそれとも食欲がないのか、口をつけようともしない。
しばらくしてから、宇津村から炊き出しの握り飯が到着した。
ロシア兵には一人三個ずつが配られた。
彼らは一様に頭を垂れ、黙々とそれを食べ始めた。
見るものに哀れさを誘う光景であった。
「ああ、戦は負けるもんじゃないのう」
遠巻きにして見つめていた老人の一人が、しみじみと呟くと、それを合図にしたかのように、女たちの間ですすり泣きの声があがった。
午後になって水雷艇二隻が到着し、捕虜たちを分乗させて引き上げていった。

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ツシマ沖の海戦(その百四十九)The Battle of Tsushima
2006-11-28 Tue 02:34
婦女子の間に悲鳴が沸き起こった。
しかし、大部分の群集は、好奇心に駆られて浜辺に残った。
やがて、ロシア船のマストに信号旗が翻った。
「我ハ激シク攻撃ヲ受ク、救助ヲ乞ウ」
和木の海岸では、警察官も含めて、誰一人この信号旗の意味を分かる者はいなかった。
そのうち、ロシアの「軍艦」から六隻の短艇が降ろされ、海岸に近づいてきた。
住民は緊張し、一時騒然となったが、短艇には白旗が掲げられており、それを確認すると村民たちは胸をなでおろした。
短艇は陸岸に近づこうとするか、そのたびに強い西風と高波に阻まれる。
漕ぎ手か疲れているせいもあって、なかなか接岸できなかった。
午後四時頃になって、二隻の短艇がようやく岸近くまで漕ぎ寄せてきた。
しばらく、海岸に集う村民たちの様子を伺っていたが、短艇内に立ち上がって拳銃等の武器類を海に投げ捨て、手を振って害意のないことを示した。
「あれは助けを求めちょるんや」
群集の中から一人の若者が飛び出し、羽織袴を脱ぎ捨てると、海中に足を踏み入れていった。その男は、和木小学校代用教員木島泰次郎であった。
「おーい。こっちだ。こっちに来い」
木島が叫びと、それに応じて村民たちが次々と裸になり、海に入ってきた。そして、短艇に泳ぎ着くと、それを岸に引き寄せようと試みた。
女たちも裾をからげて、波打ち際まで走り寄ると、ロシア人の手を取って短艇から降りる手助けをした。
イルツイシの乗組員は感動した。
感涙を流す者もいれば、中には手を合わせて謝意を表す者もいた。
午後六時になると、短艇に分乗した同船の乗員全員が和木海岸に上陸を果たした。
近くの浜田町から歩兵第二十一連隊の兵士が駆けつけてきたのは、それから一時間ほどたってからである。
イルツイシから脱出したロシア人たちは、小学校や附近の民家に収容された。
負傷者については衛戍病院から派遣された医師二名と、看護婦五名によって手厚い手当が施された。
ロシアの将兵には水と食糧、衣服が支給された。

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ツシマ沖の海戦(その百四十八)The Battle of Tsushima
2006-11-27 Mon 00:06
二十八日午後九時三十五分、ようやく捕獲要員が揃った第二戦隊は、捕獲艦アプラクシン、セニャーウィンを率いて佐世保に向けて動き始めた。
本海戦の結果は前代未聞のものとなった。
バルチック艦隊三十八隻中、撃沈十六隻、自沈五隻、捕獲六隻、中立国に逃げ込み武装解除されたもの六隻、目的のウラジオストック軍港へたどり着いたものは僅かに三隻、本国へ帰還したもの二隻であった。
これに対して日本側は、沈没艦艇は水雷艇三隻のみである。
人的被害について述べれば、ロシア側戦死約五千名、捕虜約六千百名、日本側戦死百十七名に留まった。
空前の大勝利である。
しかし、連合艦隊司令部が、この成果の全貌を掴むのは後日になってのことである。
二十九日の時点では、国民には海戦が行われた事実すらも公表されていなかった。
ただ、戦場に近い山口県、島根県の日本海側及び対馬北部の住民は砲声を耳にしおり、戦闘があったことは皆承知していた。
しかも、この地方では、沈没艦のロシア兵が漂着する事件も多発していた。
例えば、五月二十八日には、島根県石見地方の和木の海岸にもロシア人が上陸した。
この二百五十八名のロシア人は沈没した運送船イルツイシ(七千五百五トン)の乗組員であった。
和木の住民も、前日の二十七日には砲声を耳にしており、戦闘があったことは知っていた。
しかし、当時の和木は僻地の一漁村であり、三日遅れの新聞が唯一の情報源であったため、その砲声の意味するものを真に理解している者は一人もいなかった。
二十八日午後二時過ぎ、突如、沖合いに四本マスト一本煙突の巨船が出現したときには、村民たちはロシアの軍艦が来攻したものと推察した。
しかし、敵艦は直ちに攻撃はしかけてこない。
何時の間にか、大人も子供も、婦女子に至るまで浜辺に集まってきた。
近隣の村々からも野次馬が押し寄せ、平穏な漁村が一時的に雑踏の巷と化した。
巨艦は陸地から距離二マイルの距離をおいたまま、停泊している。
海岸の群集たちの中には、ロシアだ、いやそうではない、イギリスだ、と喧しく論争する者たちもの姿もみられた。
江津警察署分署から派遣されてきた警官は、持参した双眼鏡で沖合いの正体不明の巨艦を注視した。
「ロシアである」と、鼻下にいかめしい髭を立てた中年の警察官は断言した。
マストに翻るロシア軍艦旗を確認したのである。
警察官は群衆に向かって叫んだ。
「ロシアの軍艦が攻めてきたぞ。女子供は山へ逃げろ」

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ツシマ沖の海戦(その百四十七)The Battle of Tsushima
2006-11-26 Sun 00:03
挙手を終えると、内藤中尉は、レベーデフ大佐に言った。
「貴艦の勇戦に敬意を表します。小官は、貴官を連行するよう司令官から命じられました。
しかし、重傷を負われている貴官を連れていくわけには参りません。
貴官の代理を連れていこうと思います。どなたかお選びください。」
そ誠実な口調は、異国の艦長の琴線に触れた。
レベーデフ艦長は幾度も頷き、傍らの者にブローヒン中佐を呼びに行かせた。
前庭で待機していた中佐がすぐに駆けつけてきた。
艦長は、「この日本士官は、私を連行するために来られたが、私のこの有様に同情されて、
代理人でもよいとおっしゃってくださっている。すまんが、君、私の代わりに行ってほしい」
と、掠れた声で言った。
「おまかせください。イワン・ニコラーエウィチ」
副官の眼には涙が光っていた。
内藤中尉は、副長を連れて海岸へと下っていった。
第二駆逐隊司令矢島大佐は、連行されてきたブローヒン中佐から事情を聴取した後、乾パンやベーコン缶等の糧食を陸上に届けた。
鬱陵島のロシア兵たちは、午後になって到着した装甲巡洋艦春日と駆逐艦吹雪の陸戦隊員によって捕虜とされ、それぞれの艦に収容された。
これによってツシマ沖の海戦は実質的な閉幕を迎えたわけである。
なお、重傷のレベーデフ大佐は、日本の病院で手厚い看護を受けたが、その甲斐もなく二日後に死亡した。

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ツシマ沖の海戦(その百四十六)The Battle of Tsushima
2006-11-25 Sat 00:14
それはロシア士官であった。三名は海岸に近づいてくる。
彼らは敵意のないことを示すように、盛んに握手を求める仕草をしていた。
内藤は、その求めに応じて握手すると、
「艦長のもとへ案内してくれ」と、ロシア語で言った。
内藤はロシア語額に堪能であったため、彼の意はなんなく通じた。
士官たちは安心したような様子で、内藤たちの先に立って歩き始めた。
やがて、前方に異様な光景が現れた。
短艇用のものと思われる広げられた帆布の上に、数十体の遺体が並べられてあったのだ。
手足や頭のないものもあり、いずれも甚だしい腐臭を放っていた。
いずれもドンスコイの艦内から収容したものと思われた。
その傍らを通り過ぎると、平坦地が開けており、そこらには数百人とも思しきロシア兵が屯していた。
内藤の一行は、その間を抜けて正面の丘陵地の方へ登って行ったが、ロシア兵たちは珍しげに視線を送っただけで、取り立てて敵意をむき出しにすることはなかった。
丘の上には朝鮮風の農家が一軒建っていた。
三人のロシア士官は、「艦長はあの家におります」と内藤に告げた。
家の前庭には士官が二十人ほど集まっていた。
彼らは麓にいたロシア兵とは異なり、一斉に険しい視線を向けてきた。
暫く待たされてから、招じ入れられたが、小さな部屋の床に延べられたアンペラの上に、制服が血に染まった老士官が横たわっていた。
傍らにいた高級士官が内藤に目を向け、「あの方が艦長である」と囁いた。
内藤の眼から見ても、かなりの重傷であることは分かった。
軍医らしい士官が、艦長の太腿の傷の包帯を取り替えていた。
内藤はその治療が終わるのを待って、部下ととも敵司令官対して敬礼を捧げた。
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ツシマ沖の海戦(その百四十五)The Battle of Tsushima
2006-11-24 Fri 00:40
第二駆逐隊は、ドンスコイの捜索に務めていた。
午前五時、朧の見張員が、鬱陵島南東岸にドンスコイが停止しているのを発見した。
朧に座乗する第二駆逐隊司令矢島純吉大佐は、ドンスコイ発見の報告を第四戦隊に打電させた。
同時に、朧はドンスコイに接近していった。
「降伏セヨ」
朧のマストに万国信号旗が翻った。
艦上には人影はなかった。
傷つき傾いた無人の軍艦がただ浮かんでいるばかりであった。
矢島大佐は、内藤省一中尉に敵艦に赴くことを伝えた。
内藤は下士官兵五名を選抜し、短艇に乗ってドンスコイに近づいて行った。
短艇が二、三百メートルの距離まで接近したとき、ドンスコイはにわかに身震いするように揺れると、たちまち左舷に大きく傾き、そのまま海中へと姿を没していった。
海面に大渦が巻き起こり、無数の気泡とともに木片等が浮かび上がってきた。
短艇は大波を受けて木の葉のように上下した。
それを見届けて、内藤中尉の一行が引き返そうとしたとき、一隻の和船が漕ぎ寄ってきた。
鉢巻をした漁師らしき壮漢が舟を操っている。
「たいへんだ。ロシア兵がいる。昨夜、たくさんの兵隊が上陸した」
 息を切らせながら日本人漁師は叫んだ。顔面は蒼白である。
内藤中尉は、昨夜のうちにドンスコイの乗員が艦を離れて上陸したことを覚り、その旨を手旗で朧に報告させた。
折り返し、矢島司令からの命令が届いた。
それは、内藤中尉に、部下を率いて上陸し、敵艦長を連行せよと告げていた。
内藤は漁師を案内にたて、島に接近して行った。
附近は、断崖絶壁に囲まれていたが、一箇所だけ小さな砂浜が広がっていた。
そこには二隻のロシアの短艇が置き去りになっていた。
砂浜には大勢の足跡が残されている。
漁師は内藤らを案内し終わると、逃げるように立ち去って行った。
十二隻もの日本艦艇を相手に奮戦したドンスコイの乗員たちが、抵抗することは十分に予想できた。
内藤中尉は、怠りなく周囲に警戒の視線を走らせながら、五人の部下とともに砂浜に上がった。

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ツシマ沖の海戦(その百四十四)The Battle of Tsushima
2006-11-23 Thu 00:00
午後八時二十三分、日本艦隊は夜の闇に紛れたドンスコイの艦影を見失った。
ドンスコイは、遂に島影に入ったのである。
砲撃戦は止んだ。
代わって、第二駆逐隊の三隻が、折から来合わせた第一駆逐隊の吹雪を伴って襲撃を試みた。
ドンスコイは既に陸岸近くに到達していた。
同艦は、舵機と汽缶に被弾し、五ノットの速力しか出なかったが、最後の力を振り絞ってたどり着いたのである。
駆逐艦は岸側からの攻撃は不可能であると判断し、海側からの攻撃に切り替えた。
午後九時七分、各駆逐艦は二本ずつ魚雷を発射した。
午後九時十分、第二駆逐隊の朧、曙、電の三艦と第四駆逐隊の朝霧、白雲の二艦は鬱陵島の北側へ回りこみ、警戒態勢をとりながら夜明けを待った。
夜の闇に紛れて鬱陵島の南海岸に投錨したドンスコイは、乗組員を全て上陸させ、キングストン弁を開いて自沈することを決めた。
同艦の死者は八十名に達し、艦長レベーデフ大佐も重傷を負っていた。
ブローヒン副長は、艦長と協議した結果、その結論を出したのである。
艦上には、偶然にも破壊を免れた二号艀と六本オールの短艇が残されていた。
それらを使って、乗組員の揚陸作業が開始された。
先ず最初に、暴動を起こしたオスラビアの乗員が艦から遠ざけられた。
それと一緒にレベーデフ大佐も運ばれた。
その後、百人を超える負傷者たちが運ばれた。
担架や釣床が利用されて、呻いたり唸ったりする負傷者たちが艀に移されていった。後わしにされた乗組員たちのうち三十人たちが壊れた倉庫から持ち出した酒でしたたか酔っ払った。
酔漢たちは誰はばからず大騒ぎをして、戦争と上官たちを呪った。
気が大きくなった二三の者たちは、海に飛び込み、岸まで泳いでいった。
二十九日の朝が訪れた。
ドンスコイは一部の乗組員によって深い海面に移動させられ、彼らはキングストン弁を開いて退艦した。

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ツシマ沖の海戦(その百四十三)The Battle of Tsushima
2006-11-22 Wed 12:37
「すぐ手当所にお運びするように言いつけます。」
副長が叫んだ。
「それには及ばん。私はここに残る。できるだけ早く島影に入り込み給え。
降伏はいかん。それよりも破壊したほうがましだ。」
副長は、血潮に染まった司令塔の床に艦長を横たえた。
「伝令、軍医を呼んでくれたまえ。」
振り向きざま副長が命令した。
それから副長は艦橋を駆け下り、後部艦橋へと駆けた。
そこで手動装置を使って、艦の操縦をしようと試みたのだ。
暴動の鎮圧が、その時のブローヒン中佐に課せられた至上命題であった。
彼は、艦橋を降りて直ちに鎮圧に取り掛かった。
士官・准士官や下士官を動員して、オスラビアの兵員であろうと士官であろうと、片端から殴りつけた。
そして、ホースを向けて海水を放射したり、拳銃を撃ったりした。
艦底には、いたるところに穴が開き、そこからの浸水により、艦は五度傾斜した。
前部の煙突は穴だらけで、後部の煙突にいたっては、上から下まで大きく裂けていた。
しかし、ドンスコイは前進した。

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ツシマ沖の海戦(その百四十二)The Battle of Tsushima
2006-11-21 Tue 03:23
ブローヒン副長は、報告に来た三等兵曹に命じた。
「昇降口の番兵を増やせ。居住甲板から一歩も出してはならん」
「解りました」
収容されたオスラビアの乗員が押し込められている居住甲板は、隔壁に囲まれた下甲板にあった。
乗員たちは甲板の上に寝転がり、あるいは立ち上がってうろうろ歩き回っている者も見られた。
中には泣いている者もいた。
精神に異常をきたしたある砲部員は、甲板の上でのた打ち回り、片手に釣床を抱え、片手を水を掻くように回しながら、「助けてくれ。溺れる」と大声で叫んでいた。
ただ物陰にじっと蹲り、艦の沈没を待っているように見える者もいた。
オシボフ少佐が指揮する兵員の一部は、昇降口に押しかけ、口々に怒鳴り散らした。
「何故こんなところに閉じ込めるんだ。我々は罪人か」
「俺たちを溺れさすつもりか。白旗を掲げろ」
艦上では絶えず爆発音が轟き、火災が発生していた。
オシボフ少佐が、灰色の顎鬚を震わせながら、昇降口を守っているセニャフスキー少尉とアウグストフスキー見習い士官に向かって喚いた。
「わしは二度も溺れるのはご免だ。わしは艦隊参謀だ。誰もわしを閉じ込めることはできないはずだ」
二人はしゃがれ声で騒ぎたてるこの参謀を無視した。
居住甲板で巨弾が炸裂して、准士官室を破壊し、右舷の舷側に二平方サージェンの大穴が穿たれた。二平方サージェンといえば、十平方メートルほどの広さである。
この爆発はオスラビアの乗員六名の命を奪い、さらに十名ばかりの者に傷を負わせた。
パニックが発生した。
兵員たちは昇降口へ殺到した。
そこに立っていた番兵はあっという間もなく踏み潰された。
その恐怖はドンスコイの正規の乗組員にまで伝染した。
艦底にいた弾薬員たちも先を争って上甲板へ逃れようとした。
ようやく上甲板に逃れた者は、艦上の惨状を眼にしてただ呆然とした。
彼らは一様に恐怖の表情を浮かべて、身の置き所を探そうとして小火があちこちで起こっている甲板を走りまわった。
ブローヒン中佐は、己の為すべき事柄をはっきりと自覚していた。
彼は脳裏で、先刻、司令塔で起こった惨事のことを思い起こしていた。
そのとき、甲板にいる中佐のもとへ、一人の水兵が駆け寄ってきて、咳き込みながら報告したのだ。
「副長、艦長がお呼びです」
中佐は直ちに艦橋へ駆けつけたが、そこで酷く破壊されている司令塔を見て、唖然とした。
司令塔の床一杯に血溜りが拡がっていた。
そこは、もはや死体置き場と化していた。
ただ一人の生存者であるレベーデフ艦長が、舵輪に凭れて辛うじて立っていた。
老艦長の顔は苦痛に歪んで見えた。大腿部を貫通した弾片が骨を砕いていたのだ。
体中から出血が見られるのは、小さな弾片が全身に食い込んでいることを示していた。
艦長は片足で立ちながら、伝導装置が破壊された艦が自然に右舷へ偏っていくことにも気づかず、懸命に針路を保とうとしていたのだ。
副長の顔を見ると、血の気の失せた唇を動かして、「指揮を譲る」とかすれた声で言った。

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ツシマ沖の海戦(その百四十一)The Battle of Tsushima
2006-11-20 Mon 00:09
ドンスコイの備砲は次第に敵の砲火の餌食となり、艦は沈黙を余儀なくされた。
レベーデフ大佐は、司令塔の覗き窓から前方を見つめたまま沈黙していた。
痩せて背の高い彼の丸めた背中には、諦めの色が漂っていた。
彼に残されたただ一つの道は、目前にある、あの朝鮮の島に一刻も早くたどり着くことだけであった。
鬱陵島の断崖は、残照を浴びて神々しいまでに輝いていた。
島まではまだ十マイル余りあった。
日本側は明るいうちにドンスコイの始末をつけるべく、砲撃に拍車をかけてきた。
副長のブローヒン中佐は後部艦橋に立って、塑像のように身動きせず指揮をとっていた。
目深に被った軍帽の下からは灰色の眼で間近に迫った島の影を見つめていた。
敵弾がひっきりなしに命中して、舷側に破孔を作り、甲板上の搭載物を破壊していった。
操縦兵が何やら叫んで、右舷の方向を指差した。
中佐が視線を向けると、日本巡洋艦ナニワが傾きながら戦列を離れるのが見えた。
浪速は、六インチ砲弾によって左舷後部の舷側を貫かれ、その急激な浸水により傾斜七度に及んだ。ために、第四戦隊司令官瓜生外吉中将は同艦に避退を命じたのである。
しかも、巡洋艦オトワの艦上からも火の手が上がっている。
「うむ。これは思いがけないことだ」
 ブローヒン中佐が少し驚いた様子で呟いた。
その時、一人の三等兵曹が現れ報告した。
「副長、オスラビアの連中が騒いでおります。士官まで加わって暴動を起こしてますぜ」
ドンスコイの艦内には、沈没した戦艦オスラビアと駆逐艦ブイヌイから救助した将兵約二百七十人ほどが乗艦していた。
ブイヌイは、ベドウイにロジェストウエンスキー提督を移乗させた後、ドンスコイに随伴して北上したが、間もなく機関不調のため続航が不可能になった。
ドンスコイ艦長レベーデフ大佐は、ブイヌイを処分することにし、同艦の乗組員とそこに収容されていたオスラビアの乗員を自艦に乗り移らせたのだ
ブイヌイは当初爆沈する予定であったが、その試みは失敗した。
そこで、レベーデフ大佐は、ドンスコイに六インチ砲による砲撃を命じた。
ブイヌイは八発の命中弾を受けて、ようやく沈没した。
その後、ドンスコイは単艦で北上してきたのである。

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ツシマ沖の海戦(その百四十)The Battle of Tsushima
2006-11-19 Sun 00:09
同じ頃、まだ日本海の片隅では、日露海軍の最期の死闘が展開されていた。
午後五時五十分頃、装甲巡洋艦ドミトリー・ドンスコイ(六千二百トン)は、瓜生外吉中将が指揮する第四戦隊(巡洋艦浪速、高千穂、明石、対馬)によって発見され、追跡を受けていた。その後、午後六時四十五分、音羽、新高によってもその煤煙を視認されていた。
音羽、新高両艦は前述したように、巡洋艦スウェトラーナを始末した後、北上中であったのだ。
第四戦隊には第二駆逐隊の朧、曙、電の三隻の駆逐艦が随行しており、音羽、新高は第四駆逐隊の二隻の駆逐艦朝霧、白雲を随伴していた。
それらの艦が一斉にドンスコイを取り囲む形となった。
鬱陵島附近の海面である。
午後六時五十分、浪速がドンスコイ宛に無電を送った。
「Donscoy, Donscoy,Admiral Nebogatof surrendered already」
指揮官の降伏を告げ、ドンスコイにも降伏を勧告したのである。
D・ドンスコイの艦長N・レベーデフ大佐は、日本艦隊が六隻の巡洋艦と駆逐艦五隻の勢力であることを覚り、抵抗することの無意味さを覚った。
ウラジオストック軍港まで三百海里を残している。
大佐は、自艦を鬱陵島海岸に乗り上げ自沈する覚悟を決めた。
「針路北、フルスピード」
艦長の一声に応じて、ドンスコイは全速力で北進した。
太陽は水平線にかかり始めていた。
艦橋の手すりに手をかけたまま、大佐は、「早く太陽が隠れて欲しいものだ」と、ほつりと呟いた。
降伏を勧める、通信に応答がない上、全速力で逃走を図る敵艦を見て、日本側は臨戦体勢に入った。
第四戦隊と音羽、新高は速力を上げ、逃げるドンスコイに迫っていった。
午後七時十二分、音羽と新高は追いつき、先ず六千メートルの距離から音羽が発砲した。
鬱陵島の南約二十海里の地点である。
つづいて新高が砲撃を開始した。
さらに第四戦隊も追いつき戦闘に参加した。
午後七時四十分のことである。
ドンスコイの艦上で、副長の合図と共に、呼笛が鳴り、勇壮な太鼓が響き渡った。
乗組員が戦闘配置に散り、三本マストに信号旗があがった。
ドンスコイは已む無く応戦したのである。
しかし、苦戦は火を見るより明らかであった。
日本側の命中弾が相次ぎ、艦内は惨状を呈した。
上甲板であちこちに火災が起こったが、なかなか消火班の手が回らなかった。
艦長の命令で、ドンスコイは絶えず針路を右左に変えた。
ジクザク運動を行い、敵艦の照準を狂わそうとしたのである。
しかし、それも一時しのぎの策に終わった。
再び、十字砲火に曝されたドンスコイはみるみるうちに破壊されていった。

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ツシマ沖の海戦(その百三十九)The Battle of Tsushima
2006-11-18 Sat 00:22
この時期、連合艦隊司令部では、いささか混乱が生じていた。
降伏艦の捕獲に予想外の時間を取られたことによって、連合艦隊司令部の判断にも多大な影響を与えられたのだ。
ちなみに、この時点で連合艦隊司令部が把握していた情勢は次のとおりである。
撃沈七隻、捕獲四隻、追撃中一隻となっている。
前日の夜戦の結果も、まだ判明していなかったし、当日の戦果も完全には了知してはいなかったのだ。
しかも、この時間においては、ウシャコフは既に撃沈されているのだが、その報告が磐手から入電したのは、ようやく午後十時になってからであった。
バルチック艦隊の総数は三十八隻であり、その主力についても戦艦二隻、巡洋艦八隻、装甲巡洋艦一隻についての現状は不明である。
司令部内の意見は分かれていた。
本日の好天のもとで、残敵の大部分を捕捉できなかったのは、敵が東寄りのコースをとったためではないか、いや、敵の主力部隊の中核となるべきネボガトフ少将が僅かな隻数で彷徨っていたところから判断すると、敵は四散しながらウラジオストック軍港を目指しているのではないか。
司令部の軍議は紛糾した。
このまま追撃を続行するのか、それとも一旦母港へ引き上げるのか。
東郷司令長官は、決断を迫られていた。
熟考の末、遂に東郷大将は下令した。
天候は西から崩れかかっている。加えて夜間の追撃戦は困難を極めるであろう。
前夜の夜襲の結果を推察すれば、主力による追撃は特に必要とはしないであろう。
また、捕獲艦についても、未だ艦内の状態は掴めていない。単独回航させるより随伴させるほうが安全ではないか。
追撃を中止し、戦場掃除を行いながら佐世保に帰還する。
これが東郷の最終決定であった。
東郷大将は、第三艦隊司令長官片岡七郎中将に対して、朝鮮海峡の警戒を命じた。
片岡は直ちに第五、第六戦隊を率いて配置についた。
東郷はさらに第二艦隊司令長官上村彦之丞中将には、捕獲艦アプラクシン、セニャーウィンを連行して佐世保に帰還するように命じた。
午後七時四十五分、東郷は第一戦隊とともにニコライ一世、アリョールを連れて、ようやく戦場を離れた。

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ツシマ沖の海戦(その百三十八)The Battle of Tsushima
2006-11-17 Fri 00:00
ネボガトフの艦隊の呆気ない終末に比べて、バルチック艦隊の中小艦艇の奮戦振りは目を見張るものがあった。
装甲海防艦アドミラル・ウシャコフ(四千六百五十トン)の最期も壮絶なものであった。
同艦はただ一隻でウラジオストック軍港目指して航行しているうちに、装甲巡洋艦磐手(九千九百十トン)に発見された。午後四時三十分頃のことである。
ウシャコフは振り切ろうとして速度を上げた。
日本側は装甲巡洋艦八雲(九千八百トン)がこの追跡行に合流した。
磐手がウシャコフを発見した時には、同艦は水平線上に僅かに煤煙のみが見え隠れする程度であった。
だが、午後五時過ぎには、二隻の装甲巡洋艦は、はやくもウシャコフを一万六千メートルの距離にまで追い詰めることに成功した。
なにしろ、ウシャコフの出せる速力十三ノットに比べて、日本の装甲巡洋艦は十八ノットと格段に優勢である。
磐手には、第二艦隊司令官島村速雄少将が座乗していたが、同少将は、万国信号旗をもってウシャコフに呼びかけた。
「汝ノ司令官降伏セリ。降伏ヲ勧告ス」
磐手は追跡の途中で三笠から「敵ニ近ヅカバ、万国船舶信号ヲ以テ、ネボガトフ少将ハ艦隊ヲ率イ降伏セシ故、其ノ艦モ降伏シテハ如何トノ意味ノ信号ヲ為シ、降伏勧告ヲ試ミヨ」との電信を受けていたのである。
ウシャコフのマストに回答旗が揚げられたが、それは途中で止まってしまった。回答旗を半旗にするのは、一般的に「不明」の意味である。
磐手の艦橋で、島村少将が首を捻った。
「どうしたのかな」
「万国信号は英語ですから、解読に手こずっているのではないでしょうか」
側にいた艦長の川島令次郎大佐が応えた。
ところが、事実は異なっていた。
ウシャコフの艦上では、艦長のD・ミクルーハ大佐が、取り囲む部下を見渡して、
「ネボガトフ提督が降伏なさるはずはない。あれは敵の謀略に違いない。諸君も承知のように我が艦は既に破損しており、砲弾も残り少ない。しかし、吾等は栄光あるロシア海軍軍人である。吾等はここに敵の大型艦二隻と最期の戦闘を交えたい」と、叫んだ。
部下たちの間から、たちまち「ウラー」の歓声が沸き起こった。
マストに半揚されたままの回答旗が降ろされ、代わりに戦闘旗が駆け上った。
五分後、ウシャコフの十インチ砲が轟然と鳴った。
島村少将は、直ちに磐手・八雲に追撃を命じた。
九千メートルに迫ったときに、先ず磐手が砲撃を開始し。八雲がそれに続いた。
この小さな海戦は呆気なく終局を迎えた。
戦闘開始から、僅か二十分後の午後五時五十分、ウシャコフの備砲は全て破壊され、艦は停止した。
磐手らはその周りを廻りながら、容赦のない砲撃を続けた。
ウシャコフの抵抗は止んだ。
艦長ミクルーハ大佐は自沈を決意し、機関兵に命じてキングストン弁を開かせた。
艦長は爆煙の立ち込める艦橋に立ち尽くしたまま、なおも砲撃を続ける敵装甲巡洋艦をにらみつけていた。
午後六時十分、ウシャコフはひときわ高く爆煙を立ち上らせると、大火災を背負ったまま、急に艦首を空中に高く持ち上げた。
そして、艦長らを乗せたまま、海中に吸い込まれていった。
たちまち、海面には浮遊する人員と木具などに覆われた。
島村司令官は、磐手,八雲に溺者救助を命じた。
両艦からは短艇がぞくぞく降ろされていった。
海流にのって磐手や八雲の傍まで流されてくるロシア兵士の姿も見られた。
日本水兵たちは彼らを見つけると舷側からロープを投げ、次々と甲板に引き上げていった。
二時間におよぶ救助作業の結果、三百三十九人が収容された。
戦死者は艦長以下八十三名である。

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ツシマ沖の海戦(その百三十七)The Battle of Tsushima
2006-11-16 Thu 00:00
既に海上には、夕闇が迫っていた。
相羽は、ブイヌイに点灯を命じ、曳航を開始した。
しかし、やっかいなことに曳航索が三度にわたって切断した。
そのため、ようやくベドウイが動き出したのは、午後七時二十分を超えてからであった。
その時期、東方の海上からは砲声がしきりに聞えてきた。
漣は敵艦の来襲に注意を払いながら、慎重に蔚山を目指して航進していった。
一方、降伏したネボガトフの艦隊を包囲する日本主力艦隊の方も、捕獲作業に手間取っていた。
その一つの原因は、装甲海防艦ウシャコフ(四千六百五十トン)の攻撃に装甲巡洋艦磐手(九千九百十トン)、同八雲(九千八百トン)の二艦を割いたからである。
装甲海防艦アプラクシン(四千百三十トン)の場合は、装甲巡洋艦出雲(九千九百十トン)の副長上村経吉中佐を指揮官とする捕獲隊は、手際よく作業を続けた。到着するすぐ乗組員四百二十名を味方の艦に移乗させ、午後六時三十分には、全作業を終了させていた。
ところが、装甲海防艦セニャーウィン(四千八百トン)の方では、この時刻にようやく装甲巡洋艦常磐(八千八百六十トン)の副長上村翁輔中佐の率いる捕獲隊が到着したばかりという有様であった。
指揮官上村中佐は、雑然としたセニャーウィンの艦内を一瞥して呆然としていた。
火砲をはじめとして、武器類は全て破壊されるか、主要な部品が取り外されていた。
小火器類は全く見つからなかったので、既に海中に投棄されたものと思われた。
艦内に張り巡らされた電線もずたずたに切断され、同艦は、もはや軍艦としての機能を殆ど失っていた。
その他、艦内の貴重品は分配してしまったらしく、収納庫のドアは開きっぱなしで、床の上には、書類が一面に散乱していた。
艦内の乱雑不整頓は言語に絶するほどであった。
上村は、あたかも火事場騒ぎを眺める思いがして、憮然とした。
乗組員は見れば、捕虜になる為の荷造りに忙しい者、勝手に食べ物を盗み出して食らう者、泥酔して士官に金銭、物品を強要する者など手のつけられない惨状を呈している。
あちこちには数人ずつグループを作り、ごろ寝して何やら盛んに語り合っている。
その無統制ぶりに、一番分隊長らしき一士官が、処置に窮して涙を流していた。
「ああ。戦いに敗れるとはこのことか」
上村は心中に、その士官に対する一抹の同情の念が沸きあがるのを禁じえなかった。
幸い日本側に対して不穏の状を示す者はいなかった。
しかし、常磐の捕獲隊員は僅かに六十二人である。
これに対して、セニャーウィンの乗組員は、四百五名である。
出雲、装甲巡洋艦吾妻(九千四百六十トン)からの要員も未だ到着しない。
言語は通ぜず、ロシア兵は日本側に対しては、まるで無関心で勝手な行動に耽っている。
海上には夜の闇が深く漂ってきた。
何時になったら、捕獲任務が完了するのか見当もつかず、上村中佐は、ただ憮然とした顔つきで、腕を組むほかになす術を知らなかった。

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ツシマ沖の海戦(その百三十六)The Battle of Tsushima
2006-11-15 Wed 00:08
金モールを肩からぶら下げたロシア士官が、英語で「然り、あの人物はロジェストウエンスキー提督である。」と頷いた。
塚本は踊るような足取りで、甲板へ駆け戻った。
捕獲隊員の一人を捕まえ、手旗で漣宛に連絡させた。
「敵司令長官ト称スル将官捕獲艦ニ在リ、イカガスベキヤ」
相羽少佐は、一瞬、そんなはすはない、と思った。
ロジェストウエンスキー提督は旗艦スワロフと運命をともにしたものだと、固く信じていたからである。
しかし、取り敢えず確かめなければならない。
「本艦ニ連行セヨ」
手旗が振られて、塚本に信号が送られた。
塚本は再び艦内に入り、提督に着き添っている幕僚たちに、「長官閣下を本艦に連行する」と告げた。
幕僚たちの顔に一様に困惑の表情が浮かんだ。
彼らは、口々に、「ロジェストウエンスキー中将が極めて危険な状態にあるため、このままベドウイに残しておいて欲しい。」と、懇願した。
塚本には、すぐには納得できなかった。
塚本はやや口調を荒げて、「この艦に長官がお乗りになっているということは、旗艦から移乗されたことを示している。それならば本艦に連行しても差し支えないはずである。」と、問い詰めた。
「待っていだきたい。軍医を呼びます。」
一人の参謀が、あたふたと部屋を出ていった。
間もなく、もう一人の士官を連れて戻ってきた。
その士官は塚本の前に立って、「私は軍医です。長官は出血多量の重態です。今動かすことは危険です。」と、訴えた。
塚本は返事を保留すると、部屋を出て再び甲板に引き返した。
そして、部下を残したまま、ボートに乗って漣へととって返した。
相羽は、塚本から事情の説明を受けると、暫く黙考していたが、やがて、口を開いた。
「提督を希望どおり自艦に留めておくことにしょう」と指示した。
塚本はベドウイに戻り、参謀たちに相羽の決定を伝言した。
ベドウイにはロジェストウエンスキー提督とクロング参謀長以下の参謀たちとベドウイ艦長バラーノフ中佐とその部下七十七名の兵員がそのまま残ることとなった。
同艦は、漣が曳航して、蔚山に向かうことになった。

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ツシマ沖の海戦(その百三十五)The Battle of Tsushima
2006-11-14 Tue 00:20
塚本中尉は、直ちに第二次捕獲隊を編成した。
隊員は選りすぐりの下士官・兵十数名であり、各自着剣した小銃に実弾を装填した。
ボートは再び荒波に揉まれながら、ベドウイに向かった。
舷側をよじ登ると、塚本は右手に拳銃を擬して艦上を見回した。
甲板上には、沢山のロシア兵員が屯していたが、いずれも険悪な目つきで塚本らを見つめている。
それには構わず、捕獲員たちは手際よく作業を進めていった。
ある者は剣付銃で無電用のアンテナ線を切断し、またある者たちは手分けして大砲・水雷の主要部の部品を取り外し、弾薬ともに海中に投棄した。
罐室に入った数名の捕獲員は、一罐を残して残りの罐の火を消した。
塚本も艦内の検分が必要なため、艦の中に降りていこうとした。
入り口近くにいた大柄なロシア士官がしきりに塚本を押し戻そうとする。
塚本は構わず入ろうとした。
塚本は艦内に重要な武器等が隠されているのであろうと疑い、各部屋を覗き込みながら、通路を進んでいった。
ある部屋に近づいたとき、そこにはドアの前に一人の士官が立っていた。
何かしきりに言い立てながら、塚本を制止しようとした。
塚本が拳銃を突きつけたが、士官は怯みはしなかった。
その場をがんとして動こうとはしなかった。
その部屋には何かが隠されていると直感した塚本は、士官を突き飛ばして、ドアのノブに手をかけた。
部屋の内部には高級士官らしい人物が十人近く屯しており、彼らは驚いたような眼差しで塚本を見つめた。
部屋の片隅には、ベッドが置かれてあり、その上には包帯で頭を覆われた人物が上半身を起こしたままで、目を瞑っていた。
その年配の人物の制服の肩には、鷲の徽章が金色の光を放っていた。
塚本の耳には、ドアの前にいた士官が何度も、「アミラル」という言葉を繰り返していたのを思い出した。
アミラルとは「アドミラル」のことではないか。
そうすると、目の前の負傷した年配の人物は、「バルチック艦隊司令長官ロジェストウエンスキー中将」その人ではないか。
塚本の身体が急に熱くなった。
彼は震えを帯びた声で聞いた。
「Is he Lieutenant General Rozhdestvenskii?」

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ツシマ沖の海戦(その百三十四)The Battle of Tsushima
2006-11-13 Mon 09:27
漣の砲弾は届かなかったり、飛び越したりした。
ベドウイの艦上では、パニックが生じた。
バラーノフ艦長が慌てて、機関停止を命令した。
それから、大声で、「艦尾の軍艦旗を降ろせ」と叫んだ。
レオンチェフ大尉が信号兵を連れて後甲板へすっ飛んで行った。
たちまち、旗竿の先から聖アンドリューズ旗が姿を消した。
バラーノフ艦長が口汚く、罵った。
「畜生、なんだって射つのだ。釣り目の野蛮人たち奴。奴等には本艦の旗は見えないのか」
その頃、漣の艦長相羽恒三少佐は、ベドウイのマストにひらめく白旗と赤十字旗を見て、
敵の駆逐艦の降伏を確認していた。
相羽は敵艦が損傷していないことを覚り、同艦の捕獲を試みようと思った。
下士官・兵九名で捕獲隊を編成した。
捕獲指揮官には、先任将校の伊藤伊右衛門中尉を任命した。
捕獲隊は、直ちにボートを降ろしてベドウイに向かった。
相羽は砲口をベドウイらに向けたまま、注意深く敵艦の舷側を登って行く十名の捕獲隊の動静を見つめていた。
まもなく、伊藤等はボートに乗って引き返してきた。
ボートの上には四名のロシア士官の姿が認められた。
やがて、伊藤らはロシア士官を伴って、甲板に上がってきた。
「言葉が通じなくてさっぱり要領を得ませんので、応対に出てきた士官四名を捕虜として連行いたしました」
伊藤は、相羽に向かって報告した。
「それは困ったな」
相羽は困惑したが、生憎と漣にはロシア語を解する者は、一人としていない。
そこで、暫く首を捻っていたが、ふと思い出したのは、塚本中尉のことである。
塚本もロシア語の知識はないが、英語については兵学校時代から抜群の才能があることを、かねてより聞き及んでいたからである。ロシア艦にも英語に堪能の者もいるかも知れない。
相羽は塚本を呼び、「貴官は、武装隊を編成し、ロシア艦の武装解除をなすべし」と命じた。

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ツシマ沖の海戦(その百三十三)The Battle of Tsushima
2006-11-12 Sun 00:16
ベドウイの艦上では奇妙な動きがみられた。
すぐ呼笛が鳴り、チユーダーコフ兵曹の声が聞えた。
「砲の覆いをとるな」
幕僚たちも艦橋から甲板に降りてきた。
水雷参謀のレオンチェフ大尉が、砲側へ駆け寄ってきた。
「一発も打っちゃあいかん。提督の生命を救うんだということはお前たちも、分かっているはずだ」
「日本人たちは、俺たちを犬ころのように沈めようとしていますぜ。一体どうすればいいんで?」
砲員たちは激昂していた。
「奴らはそんなことはしない。本艦は病院船なのだ」
頭に包帯を巻いたフィリポフスキー少佐が、猫なで声で兵員たちを宥めた。
太った鼻の上に掛けられた鼻眼鏡には汗の玉が光っていた。
説得の場には、クロング参謀長も参加してきた。
「駆逐艦なんて大したものではない。新しいものを作ればよい。それよりも、提督はロシアにとってかけがえのない人物なのだ」
黒いもじゃもじゃの眉毛の下で、これも黒い小さな目が瞬いた。
この時、ふと気づいたように、クロング大佐は、提督に報告することをレオンチェフ大尉に命じた。
大尉は艦内に駆け込んだと思うと、すぐに速足で戻ってきた。
「提督は同意されました。」
見る間に、前檣に白旗と大檣に赤十字旗がはためいた。
信号兵たちが、二枚の旗をマストの動索に結び付けて待ち構えていたのだ。
白旗はテーブルクロスで代用された。
赤十字旗の下には万国信号旗も付けられていた。
「Had seriously wounded」
我に重傷者あり、の意である。
漣は最初それに気づかず、約三千メートルの位置から砲撃を開始した。

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ツシマ沖の海戦(その百三十二)The Battle of Tsushima
2006-11-11 Sat 05:06
午後二時十五分頃、漣の艦橋に立ち、双眼鏡で海上を眺めていた塚本克熊という中尉が、二筋の煤煙を認めた。
丁度、漣が鬱陵島の沖合いに近づいた折のことである。
艦長の相羽少佐は、塚本のプリズム双眼鏡を借りて見つめると、高性能なレンズは二隻の駆逐艦を映し出していた。
艦型は四本煙突、二本マストである。
ロシアの駆逐艦に間違いなかった。
「合戦準備」
相羽が叫んだ。
たちまち、マストに戦闘旗が掲げられ、漣と陽炎は、二十三ノットの速力で敵艦に突進した。
速力に勝るグローズヌイがベドウイを庇うように前方に飛び出した。
陽炎がこれを追った。
両艦の距離が三千八百メートルに縮まったときに、陽炎が射撃を開始した。
グローズヌイは針路を変えて逃走を図った。
陽炎をベドウイからなるべく引き離そうと試みたのだ。
このときである。
ベドウイから発光信号が入った。
「貴艦ハ直チニ、ウラジオストックニ向ヘ」
当然のことながら、グローズヌイは疑問を抱いた。
「敵迫ル、何故戦ハザルヤ」
「司令長官ノ命令ナリ」
クロング参謀長からの返信であった。
グローズヌイ艦長アンドルジェフスキー中佐は、命令の真の意味を解しかねた。
しかし、司令長官の命令とあれば、従わざるを得なかった。
同艦は北方へと立ち去っていった。
この間にもベドウイには漣が迫ってきていた。
ベドウイの乗員は自発的に戦闘配置に就き、上官の命令を待った。

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ツシマ沖の海戦(その百三十一)The Battle of Tsushima
2006-11-10 Fri 06:48
一方、巡洋艦新高の急追を受けた駆逐艦ブイストルイは、応戦しながら逃走を図ったが、到底逃れることができぬことを覚った艦長マニコフスキー中佐は、艦を自爆することを決意し、竹辺湾の北方約五海里の海岸に擱座させた。
艦長以下乗員八十五人は、上陸し、山中に逃げ込んだ。
午前十一時頃のことである。
彼らは日本監視所の兵によって発見され、装甲巡洋艦春日の陸戦隊により全員捕虜となった。
さて、ここらで話題を傷ついたロジェストウエンスキー提督を載せた駆逐艦ベドウイに戻そう。
ベドウイは、駆逐艦グローズヌイを随伴して、ウラジオストック軍港へと一路航進を続けていたが、搭載した石炭量を考慮して、速度を十二ノットに落としていた。
艦内では、クロング参謀長とフィリポウスキー航海長は、ベドウイの艦長バラーノフ中佐を交えて、鳩首協議を行っていた。
ベドウイが目指すウラジオストック港へ到達できる可能性は決して低くはない。
しかし、彼らの関心はその途中で、日本艦艇に発見されて攻撃を受けた際の対処にあった。
彼らには、もはや戦意はなかった。
降伏もその視野の中にあった。
瀕死の重傷の重傷を負っている司令長官の生命を救うことかが最大の関心事となった。
午前十時、艦長バラーノフ中佐は、当直将校デ・ラッシ少尉に命じて、白旗を準備するように命じた。
午後二時ごろ、ベドウイの見張員が、水平線上に二条の煤煙が立ち上るのを発見した。艦長バラーノフ中佐は、艦橋に駆け上って水平線を見つめた。
煤煙の主は日本駆逐艦であった。
二隻の駆逐艦は、漣(三百四十五トン)と陽炎(三百四十五トン)であった。
ベトウイの艦上には、緊張の色が走った。
同行するグローズヌイが、前方に進出した。
陽炎が、それに立ち向かった。
陽炎と漣は指定集合地である鬱陵島に急行中であっが、同島南西付近において、ロシアの駆逐艦二隻を発見したのである。
漣は第三駆逐隊に属し、夜戦に参加したが、戦闘中に味方にはぐれ、それを探すうちに今度は艦が故障してしまった。
漣は蔚山港に入り、修理を行うことにした。
港に入ると、そこには同じく故障した駆逐艦陽炎も入港していた。
両艦の修理が終わったのは、夜も明けてのことであった。
漣の艦長は相羽恒三という少佐であった。
陽炎のそれは、吉川安平大尉である。
二艦は臨時に隊を組むことにして、階級が上の相羽少佐が仮の司令となった。
漣は陽炎を伴って、朝の海へと乗り出していった。

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ツシマ沖の海戦(その百三十)The Battle of Tsushima
2006-11-09 Thu 00:24
巡洋艦スウェトラーナ(三千七百三十トン)の勇戦についても触れておきたい。
前述したように、巡洋艦音羽(三千五十トン)と新高(三千四百二十トン)は、ロシアの巡洋艦スウェトラーナの追跡を行っていた。
両艦は、この時点では目標は仮装巡洋艦であると思い込んでいた。
午前九時ごろ、それが巡洋艦であることを知るや、両艦の間で手旗を使って相手方の確認を行った。
「敵ハ巡洋艦ト認ム。如何」
「本艦モ然カ思フ」
両艦ともに敵が思いのほか大物であることに欣喜したのである。
午前九時ごろ、スウェトラーナは、急に西へと針路を変えた。
既にこの時点で、艦長N・シェイン大佐は、ウラジオストック行きを諦め、朝鮮半島海岸での自沈を決意していたのだ。
スウェトラーナは、前日の戦闘による被害のため、十五ノットしか速力が出せない。
音羽と新高は、十八ノットで迫っていった。
みるみる距離が縮まり、それが九千メートルになったところで、砲撃を開始した。
午前十時、スウェトラーナが突然、蛇行を始めた。
舵機に被弾したのである。
しかし、同艦の奮戦も目覚しかった。
音羽に二発の命中弾を与え、戦死二名、負傷者十九名の損害を与えた。
音羽等二艦も怯むところはなかった。ますます接近して猛撃を加えた。
午前十時四十分、スウェトラーナに随伴していた駆逐艦ブイストルイが逃走を開始した。
新高がその後を追った。
戦闘開始後、一時間が過ぎた。
スウェトラーナは最期の一弾まで使い果たした。
スウェトラーナは黒煙にその艦体を覆われている。
水線下の破孔から海水が文字通り滝のごとく奔入している。
命中弾は急霰の如く落下し、乗員の死傷は刻々数を増した。
艦上は伏屍累々として算を乱していた。
重傷を負っていた艦長N・シェイン大佐は、艦の自沈を命じた。
しかし、弾薬庫は既に水没して、爆沈用の火薬を入手する術もない。
スウェトラーナは進退窮まったが、あえて降旗を掲げず、ただただ弾雨を浴びつつ、沈没を待つばかりとなった。
午前十時五十分、音羽はスウェトラーナの抗戦能力の喪失を覚り、砲撃を中止した。
副長のズーロフ中佐は、瀕死の重傷を負っていた。
艦橋に立ち尽くすシェイン大佐の肉体は折から飛来した砲弾の炸裂により跡形もなく四散した。
凄まじい勢いで流入する海水は艦内を満たしつつあった。
艦長が戦死したことを知った乗員たちは次々に海面に身を投じた。
午前十一時六分、スウェトラーナは横転して、そのまま水没した。
竹辺湾の沖、北緯三十七度六分、東経百二十九度五十五分の位置である。
海面に浮かんだ乗組員二百九十一人は、仮装巡洋艦亜米利加丸に救助された。

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 ツシマ沖の海戦(その百二十九)The Battle of Tsushima
2006-11-08 Wed 00:19
福田大尉は、完全武装の部下十七名を率いて、モノマフに乗り込んだ。
大尉は、ポポフ大佐以下幹部将校に対して、以下の通告を行った。
一、 日本帝国軍艦旗ヲ汝ノ檣頭ニ掲ゲルニ付、爾後、汝等乗員一同ノ生命ハ、我ガ軍艦旗ノ下ニ安全ニ保護セラルベシ。
二、 イヤシクモ爆発物ヲ使用シ、若クハキングストン・バルブヲ開ク等ノコトアラパ、汝等乗員一同ノ生命ハ奪ハルベシ。
しかし、実際にはモノマフの沈没の危機は急迫していた。
既に海水は舷窓にまで達していた。
外から眺めると、この五千五百九十トンのロシア巡洋艦は、随分背が低くなったように見えた。
福田大尉は、軍艦旗をマストに掲揚し、曳航を試みようとしたが、既にモノマフの艦首は海中に没しており、曳航すればかえって転覆の危険が生じると判断した。
午前十一時三十分、釜屋大佐は福田大尉以下捕獲隊に帰艦を命じた。
捕獲隊は艦長ポポフ大佐とエルマーコフ副長を捕虜として、佐渡丸へ連行した。
折りしも、現場に到着した満州丸は、ボートを降ろし忙しなくモノマフとの間を行き来した。
破壊を免れて幸運にもモノマフに残った第二号ボートで、ノジコフ大尉も満州丸の舷側へ運ばれた。
同乗していた捕虜の士官や兵員たちは急いで満州丸の甲板に駆け上がった。
ノジコフ大尉と三名の水兵はホートに残ったままであった。
肩に小銃を掛けた、二人の日本水兵が降りて来た。
「甲板へ上がれ」
一人の水兵がロシア語で叫んだ。
もう一人が後尾の座席の下から、ボート用のロシアの軍艦旗を見つけ出した。
ノジコフ大尉は、それを奪い返すと、右手でサーベル抜いて振り回した。
そして、軍艦旗をサーベルの先で突き刺し、海上に投げ出した。
旗はサーベルと一緒に沈んでいった。
怒った日本水兵が、小銃の台尻でノジコフ大尉の肩を殴りつけた。
このような小さな諍いは見られたが、順調に収容を進め、満州丸にはモノマフの乗員四百人が乗艦した。
その後、モノマフの浸水は増加したか、それにつれて前後のバランスが奇妙に安定し、沈みそうで沈まないという状態が暫く続いた。
佐渡丸の艦長釜屋大佐は、自慢の八の字髭を撫でながら、「まだ沈まんのか。しぶといのう」と繰り返し嘆声を上げた。
結局、モノマフが静かに姿を消したのは、午後二時三十分のことであった。

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ツシマ沖の海戦(その百二十八)The Battle of Tsushima
2006-11-07 Tue 00:14
対馬の沖合いでは、もう一つの合戦が繰り広げられていた。
仮装巡洋艦佐渡丸と巡洋艦モノマフとの対峙である。
モノマフの砲術長ノジコフは、佐渡丸を見て命令を下した。
「砲部員。配置に就け。二十六ケーブル」
しかし、艦長ポポフ大佐は、血相を変えて怒鳴った。
「いかん。撃つことは許さぬ。あの艦に救い上げられている味方が沢山いるではないか。諸君はそれを射つというのか。」
このような経緯は、無論のこと、日本側の知るところではなかっため、表面上は、モノマフには戦意は全く見られなかった。
そのため、合戦というよりむしろ受降の儀式とでもいうべき光景が展開された。
モノマフは佐渡丸が六千メートルにまで接近して、砲撃を開始すると、モノマフのマストから軍艦旗が消えた。
乗員たちが舷側からボートを降ろし、争ってそれに乗り移っているのが認められる。
佐渡丸は射撃を中止し、三百メートルにまで接近した。
モノマフの後甲板には、なおも多数の乗組員がひしめいている。
「うーん。救命艇も破壊されて不足しているようじゃのう。」
佐渡丸艦長釜屋大佐は、傍らの副官顧みて、感想を述べた。
佐渡丸の甲板には、救助されたナヒモフの将兵たちが、い集している。
モノマフの乗員んたちは、それを見て安心したのか、あえて海中に飛び込もうとする者は見当たらず、いずれも静かに収容されるのを待っている様子であった。
その時、ナヒモフの捕虜士官の一人が、釜屋艦長に近づいてきて、覚束ない英語を使って盛んに進言してきたのだ。
どうやら、モノマフは爆発のおそれがあるため、近づかないほうがよいと主張している様子である。
この赤毛のロシア士官の意図は、釜屋大佐にもすぐ察知できた。
「これ以上の多数を本艦に収容すれば、自ら窮屈になることおそれて、モノマフの乗員を本艦に収容せざることを希望しているのであろう。
それにしても、薄情なものである。
釜屋大佐は、内心呆れると共に憐憫の情を催したる
しかし、現実に戻れば、佐渡丸にさらに数百人の人員を収容すれば、それこそ身動きもとれなくなる。
しかも、将来予想される戦闘にも差し支えるであろう。
釜屋大佐は、三浦湾に待機する仮装巡洋艦満州丸を呼び寄せることを決意した。
更に釜屋艦長は、分隊長の福田一郎大尉を捕獲隊指揮官に任命し、モノマフへ派遣した。

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35・45歳で年金加入歴通知、早期点検狙い
2006-11-06 Mon 05:14
社会保険庁は、35歳と45歳の国民・厚生両年金加入者に対し、過去の詳細な年金加入履歴を2007年から郵送で通知する方針を固めた。
 従来、年金を受け取る直前の58歳の加入者に通知していたが、履歴の記録ミスなどを早期に発見しやすくすることで、年金の信頼性を高めることを目指す。
履歴の記載に間違いや問題がある場合、社会保険事務所などに、履歴の訂正を求めることができる。
(ヤフー・読売新聞) - 11月6日3時8分更新から引用

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ツシマ沖の海戦(その百二十七)The Battle of Tsushima
2006-11-06 Mon 03:08
ここで、少し時間軸をずらせて、駆逐艦グロムキーのその後の運命について記してみたい。
グロムキーはしぶとかった。
追いかける不知火の汽缶は前日の戦闘により被害を受けており、二十ノットの速力が精一杯であった。
それに比べてグロムキーは二十三ノットが出せた。
艦上では桑島少佐が、歯軋りしていた。
「これでは、追求は意のままにならん。まるで駄馬に鞭打っている感じだ」
桑島艦長の歯噛みをよそに両艦の距離はますます開いていった。
ところが、この時、不知火が放った一弾がロシア駆逐艦の艦腹を鋭く抉った。
見る間にグロムキーの速度が衰え、不知火と同程度となった。
「天佑なり、天は未だ我を見捨てず」
艦橋で双眼鏡を覗いていた桑島艦長が上機嫌で言った。
不知火は、約五、六千メートルの距離を保ちながら、敵艦を蔚山沖に追い詰めて行った。
時刻は、午前十一時二十分のことである。
その時、不意に一隻の小型艦艇が出現した。
グロムキーは味方の駆逐艦と誤解して、近づいていったが、それは第二十艇隊所属の水雷艇第六十三号(百十トン)であった。
グロムキーはそれに気づくと慌てて反転した。
不知火の戦闘記録はその時の状況を伝える。
「敵、驀然本艦ニ向テ、決闘ヲ求め来ル」
不知火は突進して来るグロムキーに対して、旋回戦術をとった。
不知火はときには三百メートルにまで接近して、砲撃戦を展開した。
午前十一時四十分、水雷艇第六十三号も戦闘に参加した。
しかし、グロムキーの奮戦は凄まじかった。
不知火の被弾は三十発に及び、負傷者は四名を数えた。
更にグロムキーは魚雷二本を発射して、不知火の心胆を寒からしめた。
戦闘記録は続ける。
「本艦ハ、為ニ殆ド轟沈セラレントセシモ、極度ノ転舵ニヨリ辛ウジテ之を避ケ得タリ」
魚雷は避けえたものの、不知火は右舷機を撃ち抜かれ、舵機も破壊された。
そのため、一箇所を旋回するという窮地に陥った。
一方、グロムキーの損害も甚だしく、午後零時四分に至り、殆どの砲は破壊され、砲弾も撃ちつくすという状態を迎えた。
艦長Sケルン中佐は、自沈を決意し、キハングストン弁を開かせ、総員退艦を命じた。
次々に舷側から飛び込む乗員たちを不知火と第六十三号艇が拾い上げていった。五十四名の乗組員が救助された。
グロムキーの船体は、第六十三号艇が曳航を試みたが、午後零時四十三分、右に大傾斜した後に、姿を没した。
沈没地点は蔚山の北東十五海里である。

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パート正社員化促進 パート労働法に明記、義務づけ
2006-11-05 Sun 17:07
 通常国会提出
 厚生労働省は4日、正社員と非正社員の格差是正のため、企業に正社員とパート社員のバランスのとれた処遇(均衡処遇)をとることや、正社員への転換を促進するようパート労働法に明記する方針を固めた。現在は同法に基づく指針で法的拘束力のない努力義務だが、法律に書き込むことで一定の強制力をもたせる。パート社員の均衡処遇や正社員転換は、安倍晋三首相が掲げる再チャレンジ支援の中核策でもあり、厚労省は次期通常国会に改正法案を提出する。
 改正法案はパート社員について、(1)責任(職務)や転勤・昇進などの有無(人材活用の仕組みや運用)が正社員と変わらないなら、同じ賃金表や査定基準を使う(2)正社員転換を容易にするための諸制度を整備する-などが柱。均衡処遇に関して、現行法は「均衡等を考慮して必要な措置を講ずる」にとどめているが、これでは不十分として「均衡を図るように努める」と明確に規定する。
(ヤフー・産経新聞) - 11月5日8時1分更新から引用

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ツシマ沖の海戦(その百二十六)The Battle of Tsushima
2006-11-05 Sun 00:10
降伏したロシア艦の拿捕に関しては、先任参謀の秋山らによって既に部署が定められていた。
ニコライ一世とアリョールについては第一戦隊、他の二艦は第二戦隊が担当することとなっていた。
午後四時、ニコライ一世に到着した拿捕部隊は敷島の副長山田猶之助中佐を指揮官とする二百名で編成されていた。
折から、ニコライ一世の艦内では、各艦長を集めて「決別の酒宴」が開かれていた。
山田中佐は、出迎えたネボガトフ少将の酔顔を眺めて奇異な念を覚えた。
 酒気でほてった顔をほころばせて、手を差し出してくる少将の態度に、なにやら上機嫌そうな雰囲気を感じとったからである。
中佐は拿捕作業に入ル旨を告げると、直ちに艦内の巡視に移った。
そこには既に軍隊としての規律は存在していなかった。
各種の倉庫は兵員の手で勝手に開けられて、狼藉の限りが行われていた。
酒瓶を手にする者、缶詰や燻製の肉などを貪り食う者、泥酔して甲板のあちこちにだらしなく横たわる者、目を覆わんばかりの惨状が展開されていた。
被服庫に侵入して、新品の外套や軍服を盗み出している水兵の群も目撃された。
ただ、日本側の拿捕部隊員に対して反抗的な態度を示す者はいなかったので、拿捕作業は順調に進行した。
 山田中佐は、拿捕員を予定の配置につけた後に、残った半数をニコライ一世の後甲板に整列させた。
そして喇叭手の「君が代」の吹奏に合わせて、艦尾の竿頭高く旭日旗の掲揚を行った。
アリョールの艦上でも、乗員の士気は衰えていった。
乗組員の中には士官の言うことを聴かぬ連中が出始めていた。
艦を指揮していたシドロフ中佐は、危険を感じて、部下に後部倉庫に蓄えられている糖酒を廃棄することを命じた。
乗員一同は依然として興奮していた。
命拾いをしたということで大部分の者は歓喜の念に浸っていたが、のめのめ降伏したことを痛憤している者もみられた。
艦内のあちらこちらから訳の分からない叫び声が聞えた。
士官たちも狼狽して、まるで矛盾した命令を各自が頻発した。
「器具をできるだけ破壊して、海中に投棄せよ」
「いかん、いかん。本艦は既に我々のものではない。そんなことをすると日本軍艦に砲撃されるぞ」
しかし、捕獲隊の作業は比較的順調に進んだ。
ただ、困惑したことは双方の機関兵の間での意思疎通がまるで進まず、捕獲員には想像でロシア戦艦の機関の操作をする以外に方法がなかった。

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ツシマ沖の海戦(その百二十五)The Battle of Tsushima
2006-11-04 Sat 00:32
一同にシャンペングラスが配られ、「海戦の終了を祝して」と、東郷が乾杯の音頭をとった。
更に、東郷は個人の資格を以ってと断った上で、「悲惨なる戦闘の終結と互いの健康を祝する」ために敵将とグラスを合わせたのである。
この短いパーティーの席上で、ネボガトフ少将は尋ねた。
「閣下はどのような根拠で我々がツシマ海峡を通ると予知されたのか」
「予知したのではなく推測したのである」
重ねてロシアの降将は質問した。
「何に基づいてそのような推定をされたのか」
「地理天候その他の状況により、しかく信じたるのみ」と、東郷が短く応えた。

午後二時三十分、ネボガトフの一行が三笠を去った。
ここに小さなエピソードが残されている。
それは、乾杯の際に東郷が降将の一行の様子について、細かい観察を行っていたことを物語るものである。
東郷は参謀長の加藤友三郎少将に次のように述べたと言われている。
「悲憤の態度を示すもんな、おりゃせんかと注意しちょったが、静かなもんじゃった。こん分なら、捕獲員は小人数でも構わんじゃろ」
捕獲員派遣が下令されたのは、午後二時五十分のことである。捕獲員の割当は、次のとおりである。
ニコライ一世については敷島、富士より各百名、アリョールに関しては朝日、春日にから各百名、アプラクシンには吾妻、常磐から合計百六十九名、セニャーウィンへは八雲、磐手から計百六十九名という編成であった。 

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ツシマ沖の海戦(その百二十四)The Battle of Tsushima
2006-11-03 Fri 11:55

水雷艇雉に同乗したネボガトフ少将とその幕僚たちが三笠の舷側に到着したのは、午後一時三十七分のことであった。
東郷はメボガトフ提督のために左舷に舷梯(ダラップ)を用意させた。
 幕僚に助けられながらその舷梯を昇ってくる白髪白髭の少将の悄然とした姿を上甲板から眺めていた安保清種少佐は、独り深い感慨に耽っていた。
「さても戦いとは勝つか死ぬるかの二つに一つしかないことが、今更のように痛感された。」
三笠の艦内は静まり返っていた。
そこには、敗者への労わりと言う古来からの日本武士の心情が溢れんばかりに息づいていた。
そこへネ突然無粋な闖入者が出現した。
第二艦隊に属する四隻の駆逐艦が三笠の側に寄ってきた。
甲板に並んだ乗員たちが三笠に向けて「バンザイ」の連呼を浴びせかけたのである。
三笠の前部艦橋には未だ東郷が立っていた。
それを聞くと、東郷は珍しく不快な表情をあらわにして「あっちへ行けと言え」と、大声を発した。
合図を受けた四隻が倉皇として立ち去ると、三笠の艦内はもとの森閑さを取り戻した。
三笠の艦尾にある司令官公室に、秋山参謀の案内でネボガトフ少将の一行が招じ入れられた。
白いクロスの敷かれた大テーブルを挟んで、東郷司令長官、加藤参謀長、艦長の伊地知大佐らが着席し、ロシア側はネボガトフ少将を中央にして幕僚たちが威儀を正した。
東郷提督が降伏条件を告げた。
装甲巡洋艦浅間の艦長でロシア語に堪能な八代六郎大佐が、その通訳の労をとった。
降伏の条件は、次のとおりである。
一、 降伏した各艦の士官は帯剣、私物及び金銭の携帯を許す。兵員については日本到着後に引き渡す。
二、 降伏した各艦は現状を保持し、乗員の三分の二を残留させる。
なお、東郷はネボガトフ少将がロシア皇帝に戦況の報告を行い、士官以上の者については宣誓の上、帰国できる許可を得られるよう努力する旨を付帯条件として提示した。
ネボガトフ少将は、この全てを受諾する旨を述べた。
東郷は形を改め「茲ニ、正式ニ貴殿ノ降伏ヲ受ケ、爾後、我ガ命令ニ服従スベシ」と、宣言した。
受降の儀式は終了した。

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