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ツシマ沖の海戦(その百二十一)The Battle of Tsushima
2006-10-31 Tue 00:06
しかし、イズムールドの後を追うものもあった。
第六戦隊に属する二隻の巡洋艦と第三戦隊の千歳が追跡したが、結局速力の差で取り逃がしてしまうこととなった。
陽光に輝く水平線の彼方にイズムールドの艦姿が消え去るのを眺めていたアリョールの乗員たちは、口々にその勇敢さを褒め称えた。

午前十時五十五分、三笠のマストに「敵艦隊降伏セリ」という意味の信号旗が上げられた。
ネボガトフ艦隊の停止位置である竹島の南南西約十八カイリの地点に連合艦隊の各艦艇が次々に集まってきた。
第三駆逐隊の東雲、薄雲、霞が三笠の舷側近く寄ってくると、甲板上の乗員たちが口々に「バンザイ」を唱えた。
三笠の艦上からもそれに唱和する声が沸き起こった。
三笠の艦橋で、東郷司令長官が苦々しい面持ちで「まだ・・まだ」と、呟いているのを砲術長の安保少佐が耳にした。
午前十一時五分、三笠はニコライ一世に向けて英文の信号旗を掲げた。
「我レ使者ヲ送ル」
敵艦受取の軍使として、東郷は彼の参謀秋山中佐を選んだ。
秋山は、たまたま三笠の横を通りかかった水雷艇「雉」を呼び止め、それに乗艇してニコライ一世へ向かった。
フランス語の通訳として三笠の分隊長山本信次郎大尉が同行した。
秋山らを乗せた雉が、ネボガトフ艦隊の三番艦アドミラル・アプラクシンの側を通過するとき、艦上から重要書類らしいものを海中に投棄する乗員の姿が目撃された。
これから向かう敵の艦内には降伏に反対する兵員もいるであろう。軍使に危害を加えようとする乗員もいるかもしれない。
秋山も山本もただ腰に飾りのような短剣を釣っているだけで、身を守るべき武器としては一丁の拳銃すらも携帯してはいなかった。
山本は心中密かに死を決意していた。
やがて雉はニコライ一世の舷側に到着した。

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ツシマ沖の海戦(その百二十)The Battle of Tsushima
2006-10-30 Mon 00:15
午前十時五十三分、ニコライ一世の機関が止まった。
三笠の艦上では、東郷大将が「打ち方やめ」を下令した。
三笠のマストから戦闘旗が降下した。
ニコライ一世はガダガタと二、三度身震いした後で、ガクンと行き脚を止めた。
主檣の桁には昨夜の戦闘で破壊された黒い球の代わりに桶が吊るされて、それが停止信号とされた。
日本艦隊からの砲声が途絶え、海上には静けさが訪れた。
ニコライ一世に倣って、後続の各艦も機関を止め、艦尾の旗棹に「旭日旗」を掲げた。
しかし、ニコライ一世の右舷に寄り添うようにして航進していたイズムルード(三千百十トン)だけは異なった行動をとった。
この艦一旦揚げた降伏旗を引き下ろすと、矢庭に東へ向かって逃走を開始したのである。
イズムルードの艦長はフェルゼンという名の海軍中佐であった。
オストゼイ地方の貴族出身で、男爵という爵位を持つ、この中年の軍人は、司令塔の覗き穴からじりじり迫ってくる日本艦隊の包囲網を眺めていたが、その空色の瞳が突然大きく見開かられた。
同時に、彼の灰色の顎鬚に縁取られた顔にさっと朱色がさした。
彼は目ざとく日本艦隊の包囲網の一部に切れ目があることに気付いたのだ。
彼のイズムルードは二十四ノットの快脚を誇る巡洋艦であった。
フェルゼン艦長は、日本艦艇に勝る自艦の脚力に賭けようとしたのだ。

第二戦隊の殿艦磐手の艦橋で、艦長の川島令次郎大佐が、「イズムルードが逃げます。追いましょう」と、叫ぶように言った。
司令官島村速雄少将は同じ艦橋にいたが、「まあマア、武士の情けじゃないか」と、大きな掌を左右に振りながら、気負う川島を宥めた。

砲撃を開始した先頭艦出雲の艦上でも同じような応酬が見られた。
「いかん。逃がすな。あれを撃て」
第二戦隊の司令長官上村彦之丞中将が叫んだとき、傍らに立つ参謀佐藤鉄太郎中佐が、「長官。あれはネボガトフ閣下が皇帝陛下に最後の上奏をするために派遣したものでしょう。一艘ぐらいは構いますまい」と、諌めた。
「そうじゃった。気がつかんじゃった」
上村は素直に頷き「撃つちゃあいかん」と、再び叫んだ。

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ツシマ沖の海戦(その百十九)The Battle of Tsushima
2006-10-29 Sun 00:00
三笠の艦橋で敵の異変に最初に気付いたのは秋山参謀であった。
味方が十分間も射撃を続けているのに、敵の反撃は全くといっていいほど無かった。
秋山は、この時も例の如く双眼鏡を手にしていなかった。
そこで「参謀長。敵の大檣に旗が揚がってはいませんか」と、傍らに立つ加藤に尋ねた。
秋山は敵の降伏を予感していたのだ。
加藤の眼鏡にはニコライ一世の白旗が映し出されていた。
殆んど同時に、それを認めていた清河参謀が、「降伏しております」と、秋山に告げた。
それが聞こえたはずの東郷は何も言わなかった。
自然と日本艦隊の射撃は続いた。
東郷が無言のままでいるのは、多分、清河参謀の報告が聞こえなかったせいではないか。
そう思った秋山は「長官。敵は降伏しております。発砲を中止いたしますか」と、意を決したような口調で進言した。
東郷は相変わらず左手を長剣の柄に置いたまま、右手に構えた双眼鏡で敵の動きを注視しているだけで、一言も発しなかった。
五隻の敵艦の周囲の海面にはあちらこちらで至近弾が立てる水柱が見え始めた。
ニコライ一世の艦上からは命中弾と思える二、三筋の爆煙が立ち昇っている。
堪りかねた秋山が、怒鳴りつけるように叫んだ。
「長官。武士の情けであります。発砲を止めてください」
しかし、東郷は冷静であった。
「本当に降伏すっとなら、艦は停めにゃならんど」と、静かに応えた。
「見やい。敵艦ばまだ動いちょっど」
確かに戦時国際法によれば、降伏の意思表示としては降伏旗を掲げるだけでなく、機関の停止も必要とされていた。
しかも、ネボガトフの艦隊は砲口を未だ日本艦隊に向けたままの姿勢で航進を続けているのである。
秋山にも返す言葉が無かった。

ニコライ一世左舷艦腹を六インチ砲弾が大きく穿った。
「軍艦旗を降ろし、日本の旗を上げよ。機関停止」
ネボガトフ少将は矢継ぎ早に命令を下した後で、「敵には隙が無い。流石はトーゴーだ」と、小さく溜息を漏らした。

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ツシマ沖の海戦(その百十八)The Battle of Tsushima
2006-10-28 Sat 00:36
「ニコライに白旗が掲げられました。」
信号長が報告した。
アリョール艦上からも、ようやく旗艦の前檣に白旗が掲げられたことが視認できたのだ。
その報告を受けたシドロフ中佐は、一時の興奮から醒めて、既に冷静さを取り戻していた。
シドロフ中佐は、身体を真っ直ぐに伸ばして、右手で金筋が二本入った右の肩章に触れた。
更に、何かのお呪いのように煤と煙で黒ずんだ左の肩章にも触った。
それから、きっぱりとした口調で、宣言した。
「司令官が降伏した以上、我々もそれに従わなければならない。白旗を掲揚せよ」
二、三の士官の口から反対の意思表示が漏れた。
しかし、信号兵たちはそれに構わず行動を起こした。
大檣には信号旗を掲げる滑車索は一本も残っていなかったので、誰かが運用科に走って予備の滑車と揚索を調達してきた。
ゼフィロフ信号長が、それらを身につけて、大檣をよじ登っていった。
甲板上で、このような作業が進行中であることは、左舷の六インチ砲塔には全く知らされていなかった、
突然、その砲塔の一つから目前の敵目掛けて轟然と火蓋が切られた。
他の砲塔がそれに追随した。
慌てて艦橋から「各砲撃ち方止め」が下令された。
日本艦隊の砲撃は続いた。
ニコライ一世の艦橋附近で炸裂した砲弾は、凄まじい黒煙を司令塔内に送り込んだ。
「応戦してはならない」
煙の渦の中からネボガトフ少将の叫声が聞こえた。
続いて艦首に命中した砲弾が、ニコライ一世の錨を海中に叩き落した

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ツシマ沖の海戦(その百十七)The Battle of Tsushima
2006-10-27 Fri 00:19
三笠とニコライ一世との距離は、既に九千メートルになっていた。
「イズムルード水雷発射ヲナスヤモ知レズ。此ノ時本艦ハ令ナクシテ針路ヲ変ズ。
各艦ハ之ニ倣ヒ、斉動ヲナス可シ」
三笠は、第一戦隊に警告を発するともに東北東に変針した。
しかし、ロシア巡洋艦による水雷攻撃の気配は見られなかった。
午前十時三十四分、再び、ニコライ一世に向けて針路をとった三笠は、既に敵旗艦の七千八百メートルの地点に差し掛かっていた。
午前十時三十六分、第一戦隊五番艦春日がアリョールに向けて試射を行った。
それを切っ掛けとして、第二戦隊が一斉に砲火を開いた。
アリョールも負けじと応射した。
ニコライ一世の艦橋では、ネボガトフ少将が幕僚たちにその決断を告げた。
「敗余ノ艦隊ヲ率イテ、極力奮戦スルモ徒ニ部下将卒ノ生命ヲ失フノミニシテ、戦争ノ大局ニ何等ノ利益ナシ」
少将は言葉を改め、「余は、降伏して、部下二千五百の生命を救うつもりである。諸君らに中に異議はある者はその旨申出よ」
と、悲痛な表情とともに宣言した。
幕僚たちもいずれも無言で頷いて賛意を表した。
ニコライ一世の万国信号旗が掲げられたのは、午前十時三十七分のことである。
「我降伏す」
最初にこの「XGE」に気づいたのは、「春日」であった。
春日は手旗信号を使って盛んに報告するが、三笠以下僚艦のいずれの注意もひくことはなかった。
ロシア側の事情も同じで、ニコライ一世も発光信号を用いて他の四艦に降伏を指示するが、なかなか意思の疎通が図られなかった。
それも道理で、各艦上では、戦闘継続、自沈等自らの意見を押し立てた幹部将校たちが口角に泡を飛ばす真最中であったのだ。
戦艦アリョールの指揮をとっている艦長代理のシドロフ中佐は、士官たちを前にして言った。
「日本の艦隊全部を相手にして、どうして戦おうというのか。本艦は完膚なきほどに破壊されており、砲は砲弾もないときている。」
暫くの沈黙の後に、気を取り直したようにシドロフ中佐が、合戦準備を命令した。
その時、信号長のゼフイロフが、大声で報告した。
「副長、ニコライに信号が上がりました。」
「何の信号だ?」
副長が問いかけると、万国信号簿を開いて確かめていたゼフイロフが応えた。
「我降伏す。」
シドロフ中佐は、暫くの間、言葉を失った。
やがて彼は包帯をした頭を振りながら呟いた。
「そんな馬鹿なことがあるものか。」
もう一度、信号簿を開いて確かめたが、間違いなかった。
シドロフはしゃがみ込んで、両手で頭を抱えると、
「おお、神様」と呻いた。
そして、部下の前もはばからず、子供のようにすすり泣いた。

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ツシマ沖の海戦(その百十六)The Battle of Tsushima
2006-10-26 Thu 00:37
午前九時三十五分、北方海域では、先行していた第二戦隊が、右前方の水平線上に数条の煤煙を発見した。
接近していくと、それは五隻からなる敵の単縦陣艦隊であった。
味方の第四、第五、第六戦隊も附近の視界内に捉えることができた。
午前九時四十五分、三笠の艦橋からも、南東微南四分の一南の方向、距離約二万メートルの位置に「ネボガトフ」の艦隊を視認することができた。
三笠の司令部は、「敵ニ近ヅキ、敵ノ先頭ヲ圧迫攻撃セヨ」と第二戦隊宛に打電した。
午前九時五十八分に至り、三笠は敵が戦艦ニコライ一世であることを確認した。

 午前十時頃、ネボガトフの幕僚たちは針路の前方に出現した日本主力艦隊を目の当たりにして言葉を失っていた。
そこには三笠がいた。二番艦の敷島もいた。冨士も朝日も日進それに続いていた。
上村の出雲もいた。
マスト一本倒れていない。
煙突の一本も失っていない。
主力の十二隻は無傷であった。少なくとも遠目にはそう見えた。
「長途回航の苦労、戦闘の惨憺は一体なんであったのか」
「もはや万事窮したのではあるまいか」」
幕僚たちの間で嘆声が漏れた。
ネボガトフ少将も憮然とした面持ちで敵の姿を眺めていた。
「味方はいないのか」少将が呻いた。
「いいえ。日本人ばかりです。閣下。水雷艇を除いて全部で二十七隻です」
先任参謀のセルゲーエフ大尉が低い声で応じた。
誰もが絶望していた。
ニコライ一世(九千六百七十トン)は「浮かぶ火熨斗」と味方からも揶揄される、ずんぐりとした艦型を持つ旧式戦艦である。
当然のことながら、備えつけられた砲も時代離れをした代物であった。
発射薬に黒色火薬を使用しているため、五、六発も撃てば、そのもうもうと立ち篭めた黒煙が砲手の視界を妨げるという体たらくであった。
午前十時三分、三笠とニコライ一世のとの距離は一万四千メートルにまで縮まった。
七分後、その距離は一万三千メートルとなった。
三笠の右舷六インチ砲傍らに鍛鋼榴弾を用意させた。
午前十時十六分、三笠が戦闘旗を掲げ、後続の各艦もそれに倣った。
三笠とニコライ一世の距離は一万一千五百メートル。
午前十時二十五分、三笠の左前方を航進している第二戦隊の殿艦磐手から、三笠宛に発光信号が送られてきた。
「ジェンチュグ型、何カ悪戯ヲスル目算アリト思ウ」
巡洋艦イズムルード(三千百十トン)が不審な動きを見せたのである。

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ツシマ沖の海戦(その百十五)The Battle of Tsushima
2006-10-25 Wed 00:26
午前九時、ナヒーモフが沈没した。
艦尾を高く揚げ、そのまま海底へと姿を没した。
対馬琴崎の東方約四海里の地点である。
乗員のうち、五百二十二名は佐渡丸に収容されたが、士官二名を含む百一名が、三隻のボートに分乗して対馬琴村の茂木海岸に上陸した。
村人たちが驚愕したことはいうまでもないことであった。
村民たちは、ロシア兵ガ対馬を占領するために上陸したものだと判断した。
老幼婦女子を避難させた後に、青年たちは、猟銃、日本刀、鎌、鉈等手にして、じりじりと海岸のロシア兵たちに迫った。
しかし、ロシアの乗員たちには戦意は見られなかった。
中には負傷して身動きもままならぬ者も見られた。
彼らはしきりに白片を振っている。
その時、戸長佐護森之助が琴村小学校長賀島尚太郎とともに駆けつけてきた。
佐護戸長は、ロシア兵が降伏を求めていることを直ちに覚り、賀島校長を通訳にして、二人の士官と思しき人物と、覚束ない英語を操って話し合った。
その結果、彼らは沈没艦から逃れた乗組員であることが判明した。
賀島校長は、「全員を捕虜にする」と宣言し、二人の士官はそれに異議のないことを誓った。
賀島は、その旨を佐護森之助に告げると、佐護は村民たちに大声でそれを伝えた。
すると、村民の態度は一変して、彼らは負傷者を戸板に乗せ、乗組員たちを村内に導き入れた。
ロシア乗員たちは、小学校や民家に分宿させられ、丁重な介抱を受けた。

不知火の第五駆逐隊司令廣瀬中佐と艦長桑島少佐は相談の結果、突然出現した駆逐艦グロムキーの始末が先だと判断を下した。
午前八時三十四分、不知火はグロムキーへと向かって突進を開始した。
佐渡丸もその後を追った。

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ツシマ沖の海戦(その百十四)The Battle of Tsushima
2006-10-24 Tue 11:02
佐渡丸は直ちに停船して、ボートを降ろして救助に向かった。
不知火の甲板も海面から救い上げたロシア兵で溢れかえっていた。
釜屋大佐は、不知火を右舷に接舷させて、それらを自艦に収容した。
と、同時に釜屋艦長は、航海長大塚助次郎大尉を呼び寄せ、「貴官は、直ちに敵艦に至り、捕獲を宣言し、我が軍艦旗を掲げ、敵艦長以下を拉して来るべし」と命令した。
大塚大尉は捕獲隊を率いて、午前七時五十分、瀕死の敵巡洋艦に乗艦したが、艦上には僅かな人影が見られるだけであった。
上甲板には艦長ロジオーノフ大佐以下士官数人が佇んでいた。
ナヒーモフは艦首が既に海面に突っ込み、艦尾が持ち上がり、沈没は時間の問題であることは明らかであった。
大塚大尉は、マストの下部に旭日旗を掲げたが、敵艦の沈没は免れであろうことを捕獲隊員に命じて、手旗を使って佐渡丸へ報告させた。
直ちに佐渡丸から返信があった。
それは、やむを得ぬとあれば、軍艦旗を降ろして、敵艦長を引致せよ、との指令であった。
大塚大尉は、艦長ロジオーノフ大佐にその旨を告げた。
艦長は首を横に振った。
「私は退艦しない。艦と運命をともにする。」
しかし、大佐はライフブイを固く握って離す様子は見えなかった。
救命具を抱いているのは、生きのびようとする意思の発現であろう、と大塚大尉は推察した。
そこで、大尉は再び離艦を促した。
その時、事態が急変した。
現場の北北東にロシアの巡洋艦が一隻姿を現したのである。
距離にして約一万六千メートルの位置である。
佐渡丸艦長釜屋大佐は、急遽、大塚大尉に救助作業の中止を命じた。
接舷中の不知火も大急ぎで、離れていった。
ロシア巡洋艦は、どんどん近づいてくる。
釜屋大佐は、その距離が一万メートル余りになったところで、佐渡丸に命じて六インチ砲弾一発を発射した。
ところが、意外にも敵巡洋艦はたちまち戦闘旗をひき降ろすと、転舵して北へ向けて遁走を開始した。
この不可解な行動をとった巡洋艦はモノマフ(五千五百九十トン)であった。
実は同艦の艦長ポポフ大佐は、自艦の沈没は必至と判断して座礁すべき陸地を求めて対馬沖に至ったのであった。
この時、沖合よりロシアの駆逐艦一隻が姿を見せた。
駆逐艦はモノマフ目指して進んで来る。
すると、モノマフのマストには再び戦闘旗が掲揚された。
釜屋大佐が、「彼の艦は、駆逐艦の応援を得て降伏の意を翻したのか」と呆れ果てたように呟いた。
この駆逐艦は、第二駆逐隊に所属するグロムキー(三百五十トン)であった。
同艦は、前夜はモノマフと編隊を組んで航行していたが、モノマフの艦長により単艦でのウラジオストック行きを命じられていたのだ。
しかし、グロムキーはモノマフを気遣い引き返して来たのである。

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ツシマ沖の海戦(その百十三)The Battle of Tsushima
2006-10-23 Mon 09:03
巡洋艦ナヒーモフ(八千五百二十トン)の最期もほぼ同時刻のことである。
前夜の水雷艇攻撃で受けた艦首の破孔から浸水は激しく、午前四時、見張員がツシマの島影を未明の薄明かりの中に見つけたときは、艦内の各所は殆ど水浸しという有様であった。
戦死者を収容した部屋では、紫色に変色した死骸が浮き上がり、プカプカと漂っていた。
常人には、正視に堪えがたいその光景を載せたまま、ナヒーモフは対馬琴崎の沖合約四海里の地点でエンジンを停めた。
そのまま惰性で進み、水深四十二尋の地点に至るとボートを降ろし、乗員の揚陸の支度を始めた。
午前五時十五分、夜戦を終えて対馬の三浦湾に帰る駆逐艦不知火は、琴崎の沖合いに停泊するロシア巡洋艦を発見した。
艦上では、艦長桑島省三少佐が、第五駆逐隊司令廣瀬順太郎中佐に話しかけた。
「司令、あれはナヒーモフではありませんか」
「それに違いない。しかし、何ゆえ軍艦旗を掲げざるや」
双眼鏡を構えたままの広瀬中佐が首を傾げた。
「それにしても、一体何をしているのか。艦長、試みに一発お見舞いしてやろうじゃないか」
八センチ砲が轟然と火を吹き、ナヒーモフの傍らに水柱が立ち上がったが、応戦の気配もない。
不知火の接近を知ったナヒーモフの艦長ロジオーノフ大佐は、自艦を敵手に委ねることを嫌い、爆沈の用意を命令した。
直ちに一隻の短艇が点火用の電線を積み込み、本艦から漕ぎ出していった。
大佐は更に念を入れて、艦底のキングストン弁を開くよう指示した。
「総員退去」
艦長の声とともに、乗員が救命ブイ等を抱えて舷側から次々に海面へ身を躍らせた。
負傷者も釣床等に括り付けられて海上に下ろされた。
不知火の艦長桑島少佐も、溺者救助を命じた。
折りしも、仮装巡洋艦佐渡丸が通りかかり、救助作業に参加することになった。
佐渡丸艦長釜屋忠道大佐は数百ヤードの海面を埋め、阿鼻叫喚するロシア兵の姿に驚きの色を隠せなかった。
陸続として対馬の海岸を目指すボートにはそれぞれ白布片が掲げられ、降伏の意を表していることは読み取れる。
しかし、ボートには海面を漂う兵員たちが取りすがるため、次々に転覆して波間に没していった。

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ツシマ沖の海戦(その百十二)The Battle of Tsushima
2006-10-22 Sun 09:20
同じ頃、沖ノ島北方海域では、信濃丸、台南丸、八幡丸の三隻の仮装巡洋艦が、ロシアの戦艦シソイ・ウェリーキーを捕獲しようとして、大童になっていた。
信濃丸らは、午前六時三十分、対馬の北東で、シソイ・ウェリーキーを発見したのである。
信濃丸を先頭にした仮装巡洋艦隊は、戦場掃除のために編隊を組んで北上していたが、たまたま沖ノ島の沖合で、艦首を波間に沈めながら徐行しているロシアの戦艦に遭遇したわけである。
信濃丸らはマストに戦闘旗を掲げて、シソイに接近していった。
午前七時二十分、まさに距離六千メートルの地点にまで迫って砲撃を開始しようとしたとき、信濃丸の艦長成川大佐は、ロシア戦艦のマストに万国信号旗が駆け上るのを認めた。
「吾、将ニ沈没セントス」
成川大佐は発砲を控えさせたが、相手は依然として戦闘旗を掲げたままである。
信濃丸は、敵の意図を測りかねながらも、接近を続けた。
すると、再び敵のマストに信号旗が掲げられた。
「救助ヲ乞ウ」
「降伏セズヤ」信濃丸も信号旗を揚げた。
「降伏ス」
手負いのロシア戦艦の意思が初めて明確にされた。
シソイの機関は停止し、ようやく行足は止めた。
成川大佐は、山田虎雄中尉に捕獲隊を編成させ、シソイへ向かわせた。
捕獲隊はシソイの舷側に垂らされた縄梯子を登ったが、既にこの戦艦は浸水が激しく、艦首は僅かに水面上に一フィート半ばかり顔を出している有様である。
誰の眼にも沈没は時間の問題だと思われた。
成川大佐は、台南丸、八幡丸に命じて敵兵救助のボートの準備を行わせた。
午前八時三十分、シソイの艦橋に至った山田虎雄中尉は、艦長オーゼロフ大佐に対して捕獲の宣言を行った。
艦長以下の士官は従順に恭順の意を表した。
完全武装の日本水兵たちが上甲板に展開して、警戒する中で、マストの上桁に旭日旗が駆けのぼっつた。
ところが、前部マストに上がったままのロシア軍艦旗を降ろそうとしたが、マストの先端に通ずる梯子が破壊されおり、放置せざるを得なかった。
山田中尉は拳銃を擬し、着剣した小銃を構える水兵を従えて、艦内を巡検したが、大小の砲は降伏に備えて全て破壊されて尽くしていた。
機密書類等も悉く破棄されていた。
中甲板には約二十体の死体が放置されており、その傍らには空薬莢が散乱していた。
士官たちの従順さに比べて、兵員たちの醜態は対照的であった。ある者は酒に酔いつぶれ、此処かしこでは車座になって飲食している者も見られた。或いは衣のうを担いで退去の準備をする者等で艦内は名状しがたい混乱を示していた。
山田周中尉は、シソイの曳航を試みるために、曳索を届けようと、ロシア兵をボートに乗せ、信濃丸に向かわせたが、士気を失ったロシア水兵たちには熱意の欠片も見られなかった。ボートは高波に押されて一進一退を繰り返すだけであった。

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ツシマ沖の海戦(その百十一)The Battle of Tsushima
2006-10-21 Sat 00:30
西方にいた第六戦隊(須磨、千代田、和泉、秋津洲)も厳島、浪速の電信を傍受し、予定戦場へと転進した。
第四戦隊浪速から、再び電信が入った。
「敵ノ仮装巡洋艦一隻見ユ。七五六地点。針路北西微北」
午前六時四十五分のことである。
七五六地点とは、鬱陵島の南約五十海里附近であり、第四戦隊の現在位置の西側にあたる。
同戦隊司令官瓜生中将は、現在指揮下にある第三戦隊の音羽と新高に攻撃を命じた。
両艦は十八ノットに速力をあげ会敵を目指した。
浪速の発見した敵艦は、実は巡洋艦スウェトラーナ(三千七百三十トン)とそれに随伴する駆逐艦ブイストルイ(三百五十トン)であった。
何分にも遠距離からの視認であったため、浪速は、敵の艦種も隻数も見誤ったわけである。
スウェトラーナは前日の戦闘で艦首附近に大損害を蒙っていた。
同艦は、ブイストルイに見守られながら低速でウラジオストック軍港へ向かっていたのだ。
午前八時、第四戦隊の明石が戦列から離脱した。
明石は、前日の戦闘で受けた被弾箇所かの浸水が激しくなっためである。
同時刻、第四戦隊はニコライ一世以下のロシア艦隊を視認した。
約六海里の距離を隔てて、敵艦隊と並行する形で接触を保った。
午前八時二十分、ニコライ部隊の南方に、巡洋艦千歳が姿を見せた。
千歳には第三戦隊司令官出羽重遠中将が座乗していた。
同戦隊の旗艦笠置は、被弾箇所を修理するため山口県油谷湾に入り、出羽中将はそこで千歳に乗り移り、北上を続けてきたのである。
千歳は、その途中で駆逐艦ベスプリョーチヌイ(三百五十トン)を捕捉・撃沈している。
午前八時三十五分、東郷大将は、速力において優る第二戦隊に先行することを命じた。
前日と打って変わった晴朗なる天気の下では、敵もまた我が方を発見しやすい条件にある。
東郷大将は、速戦即決にしかずと判断を下したのである。
第二戦隊は出雲を先頭に速度を十七ノットに上げ、第一戦隊の左横をすり抜け前進した。この時期になると三笠の電信機は、既に機能を回復しており、各艦からの情報収集が円滑に行われるようになっていた。

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ツシマ沖の海戦(その百十)The Battle of Tsushima
2006-10-20 Fri 08:29
三マイルほど行ってから、イズムルードは、全速力で引き返してきた。゛
その知らせでは、艦影の主は日本巡洋艦群であった。
ニコライ一世のマストに合戦用意の信号旗がはためいた。
ニコライは敵方向に向きを変え、攻撃態勢に入った。
後続艦もそれに倣った。
日本艦隊は軽巡洋艦隊部隊である。
劣勢を意識している彼らは、衝突を恐れて急速に遠ざかって行った。
ニコライ艦隊は、それを確かめると、やおらもとの針路へ復帰した。
しかし、それもつかの間のことであった。
日本の巡洋艦隊が再び出現した。
日本艦隊は、ニコライの部隊と並行コースをとり航進し始めた。
しかも時間の経過とともに、その数が多くなってきた。

午前五時二十五分、厳島が発信した。
「敵ノ第二艦隊見ユ」
ただし、三笠の電信機は、この時期、故障していたため、受信はできなかった。
午前五時四十五分、第四戦隊(浪速、高千穂、明石、対馬、他に第三戦隊の音羽、新高が指揮下に)が南東方向にネボガトフの部隊を発見した。
第四戦隊旗艦浪速は、敵情を次の如く報告した。
「戦艦四隻、二、三等巡洋艦二隻」
第四戦隊は、その時、三笠の南方約三十海里の位置を北東進中であった。
午前五時五十分、浪速の報告電は、厳島を経由して三笠に伝えられた。
三笠は、敵の近接を待つため、いったん戦闘旗を降ろし、乗員に朝食を始めさせていたが、
浪速電に接すると、東郷大将は南進を命令した。
時に、三笠の位置は、鬱陵島の南南西四分の三西、十五海里であった。
連合艦隊将兵の士気は一気に高揚した。
バンザイの声が各艦を揺るがせた。
欣喜雀躍して、残敵の殲滅を誓ったのである。

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ツシマ沖の海戦(その百九) The Battle of Tsushima
2006-10-19 Thu 04:45
午前四時四十二分、日本海はこの日の日の出を迎えた。
連合艦隊の主力は、鬱陵島に向かって航進していた。
すなわち、第一、第二戦隊が同島の南微西約三十海里の位置にあり、その後方約三十海里を隔てた海面を第四戦隊が後を追っていた。
天気は晴朗であり、遠望が利いた。
三笠の艦橋では、東郷大将が傍らに立つ加藤参謀長に話しかけた。
「敵はまだ見えもはんな」
「まことに好天でございますので、これなら敵を見逃すはずありません」
加藤少将の言どおり、この日の視界は十二海里はあった。
午前五時、三笠の後方約六十海里の地点を北進中の第五戦隊は、東の水平線に数条の煙が立ち上るのを望見した。
同戦隊の位置は朝鮮半島の冬外串の東約四十海里の地点である。
午前五時四分、第五戦隊の先頭艦厳島は、三笠に宛てて打電をした。
「吾午前五時、地六○三ノ東ニ汽船ノ煙五隻見ユ。針路北東ニ向テ之ヲ確メントス」

午前五時、アリョールの上甲板では、乗員たちが群がって騒いでいた。
皆一様に左舷方向に目をやっている。
彼らの視線が集まる水平線上には同じ方向に進む数隻の煙が見えた。
敵か味方か、いぶかる声が漣のように広がった。
遠目に自信のある信号手が、黄色い煙突が見えたような気がすると主張した。
一同は、見えたのはエンクウィスト少将の率いる巡洋艦隊に違いない、と期待を持った。
艦長代理シュウェーデ中佐は、「我が左方向に煤煙見ゆ。多分味方の巡洋艦ならん」と、ニコライ一世に報告した。
やがて、後方の水平線上にも一隻の艦影が現れた。
「あれは、ウシャコフではないか」誰かが叫んだ。
それは確かにウシャコフ似ているようにも見えた。
間もなく、その艦影も水平線に没した。
この日は前日と打って変わって晴天で、霧も晴れていた。
ネボガトフ少将は、イズムルードに命じて、不審な艦影の偵察を行わせた。

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ツシマ沖の海戦(その百八)The Battle of Tsushima
2006-10-18 Wed 06:09
ベドウィが接近してきたとき、ブィヌイの艦橋から「貴艦の石炭はどのくらい残っていますか」と、メガフォンを通したコロメッツェフ艦長の声が響いた。
「現在量は四十九トン。経済速力で二昼夜は航行可能です」
機関将校のイリュウトウィチと打ち合わせた後で、バラーノフ艦長がよくとおる声で応えた。
そして、「本艦は、全速を掛ければ二十五ノットはでます」と、付け加えた。
四隻の艦は機関を止めて、波間に漂うこととなった。
巡洋艦ドンスコイからボートが下ろされ、ブィヌイの右舷に着けられた。
担架に寝かされたロジェストウエンスキー提督が、ベドウィの上甲板に運ばれるまでには小一時間が費やされた。
参謀長のクロング大佐、航海参謀のフィリポフスキー少佐、海事主任であるセミョーノフ中佐らが同行した。
ボートがベドウィに到着して,鉤棒が舷梯に引っ掛けられたとき、艇長を務めていたケメルネット少尉が、「閣下。ドンスコイに何かご命令はございますか」と、提督に尋ねた。
提督は黒い瞳を見開いて暫く、その若い少尉の顔を見つめていたが、やがて「ウラジオストックへ行け、と伝えてくれ」と、言った。
意外にもしっかりした口調であった。
提督の担架がベドウイの甲板に運ばれると、そこにはバラーノフ艦長が身体をしゃんと伸ばして立っていた。
しかし、その円い目には、そこには明らかに恐怖の色が浮かんでいるように見えた。
混戦に紛れて戦場を離脱した昨日の卑怯な振る舞いをロジェストウエンスキー提督が許してくれる筈はないと思い込んでいたからだ。
ところが、意外なことが起こった。
担架の上に寝たままの提督が手を差し出して、「随分、追いまくられたようだな」と、優しく話しかけてきたのである。
バラーノフ艦長が感激したのは、いうまでもなかった。
彼は大仰な仕草で、提督の手に接吻すると、「誠にそのとおりでございます。閣下。しかし、閣下の無事なお姿を拝見でき、これに勝る幸せはございません」と、涙を流さんばかりの調子で叫んだ。
提督が艦長室のベッドに横たわると、ドンスコイからトルゼメスキーという名の軍医が呼ばれて治療に当たることになった。
ベドウィは、「グローズヌイ。本艦に従え」という信号を掲げ、北へ向かって動き始めた。

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ツシマ沖の海戦(その百七)The Battle of Tsushima
2006-10-17 Tue 04:36
夜が明けた。
昨日とは打ってかわったような好天気であった。
朝日に輝く水平線上に三隻の艦影が認められた。
味方の巡洋艦ドミトリイ・ドンスコイとそれに随伴する駆逐艦ベドウィとグローズヌイであった。船足の衰えたブィヌイを気遣い、減速して待ち受けてくれていたのだ。
コロメッツェフ艦長は、ドンスコイ宛に「停止を求める」旨の信号を送った。
そして、艦長室にいる提督のもとへ降りていった。
ロジェストウエンスキー提督は、頭部に包帯を巻いたまま、苦痛に歪んだ表情を浮かべて、ベッドに横たわっていたが、意識ははっきりしている様子であった。
コロメッツェフ艦長は、背筋を伸ばして敬礼を送ってから、報告を開始した。
「閣下。本艦の操縦は困難になっております。石炭も不足しておりますので、到底ウラジオストックへの到着は望めません。ドンスコイにお移り願います」
提督は暫く何か考えていたが、やがて、「他に駆逐艦がいる筈だな」と、尋ねた。
「そのとおりであります。ベドウィとグローズヌイがおります」
「では・・・」と、少し思案した後で「ベドウィに移ることにしよう。もし石炭が充分にあればの話だが」と、提督は低い声で言った。
ロジェストウエンスキー中将の、この発言はコロメッツェフ艦長にとっては、予想外のものであった。
ドミトリー・ドンスコイは充分に装甲が施された六千二百トンの巡洋艦である。
速力の方も、十七ノットとそれほど酷くはない。
石炭の搭載量についても心配はないはずである。
ウラジオストックへ安全に辿り着くための最も大きな確率を持つ艦である。
ところが、ロジェストウエンスキーは、小さなベドウィの方を選ぶと言った。
コロメッツェフ艦長は、内心釈然としないものを覚えたが、ともかくも、それは司令長官の選択であった。
「承知しました。閣下。」と、応えて、コロメッツェフ艦長は艦橋へ戻っていった。
駆逐艦ベドウィとブィヌイは双子のようによく似た艦型を持っていた。
艦体は黒色に塗られ、甲板には威勢よく黒煙を吐き出す四本の煙突が行儀よく並んでいた。
排水量三百五十トンのベドウィの艦長は、バラーノフという名のもうすぐ五十に手が届こうという年配の中佐であった。
大きな背丈と広い肩幅の持主のこの軍人は常日頃、ロジェストウエンスキー提督の高い評価と賞賛を受けている人物であった。
気難しい司令長官の面前でも物怖じせず、持ち前のよく通る声で、彼は何時も素晴らしい報告を行った。二つに分かれて垂れた顎鬚と後ろに綺麗に撫で付けられた亜麻色の頭髪で縁取られた彼の頑固そうな顔つきは、いかにも決断力に富んだ男らしい性格を顕わしているように見えた。
「全ての駆逐艦艦長はバラーノフを見習え」が、ロジェストウエンスキー提督の口癖になっていたほどであった。
ベドウィが旗艦スワロフの通報艦に選ばれたのも、至極もっともなことに思われた。
それだけではなく、この小さな駆逐艦には戦闘中に旗艦が沈没したときには、提督とその幕僚を海面から救い上げるという頗る重要な役目も仰せ付かっていたのだ。
しかし、同僚や部下たちの間では、これとは全く異なった評価が与えられていた。
バラーノフは海軍兵学校を出ていなかったため、見習士官を経て少尉に任官したときはかなりの年齢に達していた。
しかも、大砲や水雷などについての専門的知識も乏しかった。
何よりも困ったことには操艦の技術が酷かった。
なにしろ、駆逐艦を係船するのに二、三十分もかかるという有様であった。
彼はペテルスブルグの真ん中に石造の立派な邸宅を構え、セストロレックに別荘を持つほどの資産家であったが、その吝嗇さは並外れていた。
部下との間では、金銭的トラブルの絶え間がなかった。
おまけに、バラーノフ艦長が癇癪を起こすと、その物凄い腕力で哀れな兵員は血の出るほど叩きのめされるのが常であった。
このような仕儀で、ベドウィの乗員で艦長に好意を抱いている者は一人もいなかった。
ロシア暦五月十四日の海戦が始まったとき、ベドウィは伝令艦ヂェムチュウグとともに旗艦スワロフの右舷四ケーブルのところを並んで航行していた。
ところが、至近弾が水柱を立て始めると、バラーノフは、さっさと彼の駆逐艦を敵弾の届かない海面へと避難させてしまったのだ。
ロジエストウエンスキー提督は、戦闘開始直後のこの時期に、最も寵愛していた部下の手ひどい裏切りに会ってしまったのだ。

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ツシマ沖の海戦(その百六)The Battle of Tsushima
2006-10-16 Mon 01:26
セミョーノフ中佐がそれに付け加えた。
「本艦は既に戦闘用の艦艇とはいえない状態です。負傷者やオスラビアの救助者を満載しています。もし、これで赤十字旗を揚げれば、そのまま病院船になれます」
議論は果てしなく続きそうに見えた。
見かねたコロメッツェフ艦長が割って入った。
「いずれにしても司令長官に報告してください」と、口を挟んだ。
そこで、クロング参謀長らは連れ立って提督の部屋を訪れることにした。
ベッドに横たわったままのロジェストウエンスキー提督は、目を瞑ったまま、幕僚たちの結論に聴きいった。
頭部の包帯にはまだ、血が滲んだままである。
やがて、目を見開くと弱々しい口調で応えた。
「諸君の信ずることを行い給え。私に何も遠慮することはない。私はこの艦にいないものと思ってくれればよい。」
クロング参謀長は、提督の部屋を辞すると、再びスタッフたちと意見の交換を行った。
長官の生命を守ることが、最大の義務であるという意見が再び大勢を占めた。
クロング参謀長とフィリポフスキー航海長は額をつき合わせるようにして、暫く密談をした。
彼らの得た結論は、敵艦と遭遇した場合には、いち早く白旗を掲げて砲撃を避けようというものであった。
クロング参謀長は、ブィヌイの乗員であるウムールという名の大尉をつかまえ、「白旗を用意してほしい。それがなければ敷布などがよいと思う」と、頼んだ。
ところが、この少々肥満気味で背の低い大尉は、なぜかすぐ行動に移ろうとはしなかった。
「すべては司令長官のお命をお守りするためだ。急いでくれたまえ。旗が見つかったら、艦長に届けてくれ給え」
参謀長が口調を改めて念を押すと、ようやく大尉は敬礼を残して、その場を立ち去っていった。
ウムール大尉は自室に戻ると、ベッドから敷布を引き出した。
大尉は、それを艦橋に持参すると、コロメッツェフ艦長に手渡した。
同時に参謀長の意向を伝えた。
艦長の面貌が見る間に憤怒の表情に変わった。
「何たることだ。この悲劇の海戦の中で、ロシア軍艦の艦長であるこの私に喜劇役者を演じろというのか。自分の司令長官を捕虜として敵に差し出せというのか」
彼は叫び、荒々しく敷布を引き裂くと、海中に投げ捨てた。

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ツシマ沖の海戦(その百五)
2006-10-15 Sun 04:32

コロメッツェフ艦長は機関室を離れて、ロジェストウエンスキー提督の幕僚たちが屯している部屋へ足を向けた。
参謀長のクロング大佐は、昼間の激しい疲れからか、ソファの上で既に寝入っていた。
コロメッツェフ艦長は、参謀長の肩に手をやり、揺り起こすと
「参謀長。本艦の機関は故障を生じております。釜には滓がこびりついており、このままでは石炭が不足するのは目に見えております。この状態では、本艦が我が国の何れの港にも辿り着くことは不可能です」と、静かな口調で告げた。
寝起きで充血していた参謀長の顔からみるみる血の気が失せた。
黒く太い眉の陰で褐色の眼が不安げに瞬いた。
暫らくの間、両者の沈黙が続いた。
やがて、「艦長。貴官の率直な意見が聞きたい」と、クロング大佐が沈んだ声音で尋ねた。
「本艦を日本の何処かの陸地に近づけ、提督閣下と乗員をボートで上陸させ、艦は自沈するのが最良の方法だと思います」
コロメッツェフ艦長は、きっぱりとした口調で応えた。
それを契機にして、同室していた幕僚たちの間で議論が始まった。
航海参謀のフィリポフスキー少佐が口火を切った。
「このまま航行を続け、日本艦隊に遭遇したら戦闘状態に入らぬままで白旗を掲げ、直ちに日本側と交渉に入るべきです。本官は、これが提督閣下の生命を救う最良の手段だと愚考します」

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ツシマ沖の海戦(その百四)
2006-10-14 Sat 00:04
アリョールの救命設備はすべて破壊された。
ボートは全部焼失し、汽艇は原型を留めてはいなかった。
起重機も巻揚機も破損していた。
木材類は破損部分の補強のためにすべて費消されてしまった。
釣床も殆ど焼損していた。
人員の損害も大きかった。
第一線の士官のうち無傷の者はわずか三名にすぎなかった。
乗組員うち四十名近くの戦死者と重傷者四十二名、軽傷者六十名を数えた。
ただし、機関と操舵装置は正常に作動していたため、アリョールは十五から十六ノット速力は出せた。

傷ついたロジェストウエンスキー提督を乗せた駆逐艦ブイヌイはウラジオストック軍港を目指して夜の海上をひた走りに走っていた。
四本の煙突からは黒煙が勢いよく吐き出され続けた。
ところが、機関の調子が急におかしくなってきた。
二十七日の夜半のことである。
コロメッツェフ艦長が驚いて機関室に降りて見ると、機関の一部の作動が正常ではなくなっていた。その上、蒸気の圧力が低下しているのが認められた。
長い間、海水を焚いていたため、汽缶の内部にべっとりと滓が付着したのが、その原因であった。
機関が時々嫌な軋み音を発した。
この状態で無理に蒸気を上げようとすれば、予定外の量の石炭を消費してしまう。
この頃になると、プイヌイは一緒に航行していたドンスコイやその他の駆逐艦から次第に取り残され始めていた。

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ツシマ沖の海戦(その百三)
2006-10-13 Fri 05:02
戦艦アリョールは、昼間の戦闘で艦体に大小三百あまりの穴を開けられていた。
これらの穴は水線上にはなかったが、艦が傾斜する度に底意地の悪い暗黒の海は容赦なく海水を送り込んできた。
それに加えて、爆発の振動で緩んだ鋼鉄板の隙間から大量の海水が流れ込んできた。
砲甲板では、海水の流入を防ぐため、大勢の兵員たちが立ち働いていた。
腕利きの鉄工兵や木工兵、それにカンポフ少尉が指揮する防水分隊などが破孔を塞ごうとして奮闘していたのだ。
拳が入るくらいの小さな穴には、油を浸み込ませた麻屑を木製の楔や木栓に被せて叩き込んだ。
しかし、大きな貫通孔になると、ことはそう簡単にはいかなかった。
第百区の十二インチ砲弾が開けた大穴は、その周りの鉄板が内側に捲れ上がったため、防水蓆が舷側板にぴったりと食いつかなかった。
鉄工兵が穴の周囲を鎚で叩いて平らにしようとしたが効果はなかった。
そこで、破孔の外から板で作った壁を宛がい内側から角材を添木にしてボルトを通して板を舷側に固定することになった。
しかし、その隙間からは波頭が無慈悲な海水絶え間なく送り込んできた。
堪り兼ねたカルボフ少尉が「早く夜着でもマットでもよいから持って来い」と、怒鳴った。
隙間には丸められた夜着やマットが木槌で叩き込まれた。
海水の流入がやっと止まった。
舷側の破孔を塞ぐこれらの作業は、小さな懐中電灯の明かりを頼りに行われた。
破孔から洩れる光は日本水雷艇の襲撃を誘うこととなるからだ。
砲の修復作業も並行して行われた。
右舷では、水平旋回の利かなくなった六インチ砲塔の修理が始められていた。
十二インチ砲塔では、電気配線や揚弾機の修理が急がれていた。
照準器が清掃され、コンプレッサーに入り込んだ海水が抜き取られた。
部品の交換により、前部甲板の四十七ミリ砲五門と後部の四門とが使用可能となった。
敵の目から逃れるため、砲甲板には青い小さな電灯が点されているだけであった。
そのほの暗い明かりが艦内の惨状をぼんやりと浮かび上がらせていた。
粉砕された七十五ミリ砲、引き裂かれた士官私室の壁、両側がもぎ取られた昇降機、舷側の大きな弾痕、孔だらけになった乾舷、その廃墟のような側を急ぎ足で通り過ぎる兵員たちの姿は彷徨する亡霊を連想させた。
艦が傾斜するたびに、大量の海水がなだれ込んできて、砲甲板を水浸しにした。
砲甲板には、戦死した水兵たちの死体が放置されたままになっていた。
海水の動きにつれて、死体はあちらこちらに転がっていった。
アリョールは、この時期には、五百トン以上の海水を艦内に飲み込んでいた。
ワシーリェフ造船技師は、この傷ついた戦艦はもはや十度以上の傾斜には耐えられないであろうと、予測していた。
彼は、このボロジノ型新鋭戦艦の建造に携わった技官の一人であり、艦の仕上げの不備の箇所の補修や乗組員の教育のために乗艦していたのである。
そのため、この若い技術者は、艦の構造上の弱点を知悉していたし、この時期になると、彼は昼間の海戦で自艦が蒙った損害状況をほぼ把握していた。
夜半の二時ごろには、艦の一応の修理は完了していた。
彼が危惧していたのは、艦が傾斜をしたときには、破孔を覆っている応急用の閉塞板が水圧には絶えられないであろうことであった。
仮に閉塞板が持ち堪えたとしても、予測できる傾斜の安全角度はせいぜい舷の腰部装甲の高さ五・五フィートまでであった。
傾斜がそれを超えると、砲甲板の舷にある破孔が水没して、艦の安定性は急激に失われてしまうであろう。
特に艦が急激に方向を変えたりすると、安全限界は簡単に超えてしまうし、それがたちま艦の転覆に繋がることを、彼は恐れていたのだ。
技術将校のルムスも、この点については全く同意見であった。

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ツシマ沖の海戦(その百二)
2006-10-12 Thu 00:17
戦艦シソイ・ウェリーキーも大損害を受けた。
同艦は、夜襲部隊の攻撃からは雷撃を免れていたが、二十八日の午前二時三十分ごろ、左右の両舷に猛烈な爆発を感じた。
同艦の捕虜水兵の供述によると、爆発に先んじて「何物かが艦首に引っ掛かりたるが如く感じた」とある。
明らかに連繋水雷による触雷である。
シソイはこのため、舵機に故障を生じ、浸水も激しくなった。
艦長オーゼロフ大佐は、ウラジオストック行きを断念することを決断した。

この時期、巡洋艦ナヒーモフも苦闘を続けていた。
同艦の被害は、艦首部に受けた魚雷一本であったが、浸水が激しく、前進が困難となっていた。
そこで、已む無く後進をかけて、附近の海岸を目指すこととした。

巡洋艦モノマフも航行に支障をきたす損害を受けていた。
同艦は、駆逐艦グロムキーを伴って北東を目指して航進していたが、右舷中部に被雷した。
応急作業により破孔を塞いだが、その後の戦闘行動を続けるうちに、破孔の閉塞栓が脱落し、浸水が激しくなった。
同艦は右舷に傾斜し、航行が困難になった。
艦長ポポーフ大佐は、駆逐艦グロムキーに別行動を命じ、自らは降伏するためにツシマへ向かった。

こうして眺めてみると、日本側の夜襲の戦果は大きかったといえる。
戦艦一隻を撃沈し、戦艦一隻、巡洋艦二隻を大破する大戦果をあげていることになる。
ただし、この時期には、連合艦隊司令部も襲撃部隊も、それを知らない。
バルチック艦隊は既にその組織としての機能を失っていた。
しかしネボガトフ少将は、残余の主力五隻を率いて、なおもウラシオストックへの進路を保っていた。

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ツシマ沖の海戦(その百一)
2006-10-11 Wed 03:56
午後十時五十三分、連合艦隊は大本営に宛てて、次の電文を発した。
電文は対馬の大河内望楼が中継した。
「連合艦隊ハ、本日沖ノ島附近ニテ敵艦隊ヲ要撃シ、大ニ之ヲ破リ、敵艦少クモ四隻ヲ撃沈シ、其ノ他ニハ多大ノ損害ヲ与ヘタリ。我ガ艦隊ニハ損害少シ。駆逐隊、水雷艇隊ハ日没ヨリ襲撃ヲ決行ス」
この戦果報告は、三笠の艦上より視認できたものに基づいて作成されたものであるため、昼戦における実際のものよりは、少なめに見積もられていた。
現実には、戦艦四隻に加えて、工作船カムチャッカ、仮装巡洋艦ウラル、曳船ルスを撃沈し、病院船二隻の拿捕という戦果を挙げていたのだ。
夜戦におけるロシア側の損害は大きかった。
既に述べたように、戦艦ナワリンは、昼間の海戦において、午後九時ごろには危機的な状況に陥っていた。
海面は上甲板届くまでに達し、艦首は著しく沈下した。
列外に出た同艦は、機関を停止し、漂流のやむなきに至った。
自然と日本夜襲部隊の好目標とされ、しきりに魚雷攻撃を受けた。
同艦は、ほぼ同時に艦尾と右舷中部に魚雷を受け、右舷に大傾斜した。
乗員は上甲板に殺到して、艦内は騒擾を極めた。

鈴木貫太郎中佐の率いる第四駆逐隊は敵を求めて、附近の海面を走り回っていた。
鈴木の駆逐隊は、午後九時四十分頃、昼間の戦闘で被弾し、浸水の激しい三番艦村雨を離脱させたため、先頭艦朝霧に従うのは白雲、朝潮の二艦だけであった。
時刻は夜半を過ぎており、中空には半月がかかっていた。
この月の光の中で、第四駆逐隊は右舷方向に大型艦の艦影を見つけた。
先導艦朝霧の艦橋で鈴木が「あれは三笠ではないか」と、首を傾げた。
二隻のうち後を行く艦型は、僅かな月明かりの下では、三笠によく似て見えた。
朝霧は発光信号を送り、敵味方の識別を試みた。
しかし、応答はなかった。
更に接近してみると、それは傷ついたロシアの戦艦であることが判明した。
敵艦は、鈴木の駆逐隊に気づかず、サーチライトの照射も砲撃も行わなかった。
第四駆逐隊は、のろのろと前進している敵艦の前方約六百メートルの地点を横断しながら、
連繋水雷二群連ずつを投下した。
二十四個の機雷が夜の海面にばら撒かれたのである。
間もなく、その投下位置で二回の爆発震動が起こった。
第四駆逐隊の各艦が見守るうちに、敵艦は忽然として転覆し、そのまま水面下に没していった。

七百三名の乗員のうち、日本駆逐艦に拾い上げられた一名と、イギリス商船に救助された二名を除く、七百名が艦と運命をともにした。
僅かに救出された三名の乗員の証言によると、沈没時刻は午前二時頃であるとおもわれる。
位置は対馬北東約二十七海里の地点である。
付け加えれば、第四駆逐隊には、東郷連合艦隊司令長官から以下のごとき感状が与えられている。
「・・・且つ二十八日午前敵艦「ナバリン」を奇襲して之を轟沈す。其の功績大にして武勇顕著なりとす。仍て茲に感状を授与するものなり」

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ツシマ沖の海戦(その百)
2006-10-10 Tue 01:07

午後十時四十五分頃、もう一隻の水雷艇が沈没した。
第一艇隊一番艇の第六十九号艇である。
同艇は暗夜の乱戦の中で第一駆逐隊の駆逐艦「暁」と衝突し、艇首が三メートルほど右に折れ曲がった。このことは前にも触れた。
第六十九号艇はその折損部からの浸水が激しく、航行不能の状態のまま漂流していたのだ。
午後九時三十分頃、第六十九号艇の掲げる「紅灯」は、第九艇隊の四番艇「雁」によって視認されていた。
第六十九号艇からは盛んに曳航を求めてきたが、雁は同艇の状況からは曳航は困難だと判断していた。
そこで、接舷を試みようとしたが、波浪は高く近付くことすら覚束なかった。
雁はただ見守ること以外に術を失っていた。
第六十九号艇の艇首はますます沈下の速度を増してきた。
この艇には第一艇隊司令福田昌輝少佐が座乗していた。
福田は同艇の沈没は必至と判断し、軍艦旗を降ろすと、乗員全員に「帝国万歳」を三唱させた。そして、軍艦旗を身体に巻きつけると、海面に身を躍らせた。
第六十九号艇が海没したのは、その直後のことである。
雁はサーチライトを点けると、ロープを投げて海上に漂う第六十九号艇の乗員を次々と引き上げた。しかし、福田司令の姿が見当たらない。
雁の乗組員たちが舷側から身を乗り出すようにして「司令、司令」と口々に叫ぶと、暗い海面の何処からか「オーイ」という応答があった。
「誰か救助に行く者はないか」と、雁の艇長粟屋雅三大尉が怒鳴った。
それに応えたのは、側に立っていた一等水兵下町仁太郎であった。
下町は「私が参ります」と言い、衣服を脱ぎ捨てると、腰にロープを巻きつけ勢いよく水面へ跳躍した。
鮮やかな抜き手を切って、間もなく下町の姿はサーチライトの光芒の外へ消えた。
暫らくして、下町が引っ張っているはずのロープが弛んだのに気付いたのは、粟屋艇長であった。
「何か起こったぞ。探海燈で探せ」
雁のサーチライトの光の矢が海面を掃いた。
数十メートル先の海面で、海水を呑んでもがく福田司令を抱きかかえてむ、浮き沈みしている下町の頭が照らし出された。
「短艇降ろせ」と、粟屋が怒鳴った。
下町はロープの長さが足りないことに気付いて、それを脱ぎ捨て福田に達したが、力尽きて波浪にもまれていたのだ。
雁から降ろされた短艇は、激浪に翻弄されながらも、二人に近付き拾い上げた。
第六十九号艇の乗員二十六名中、行方不明となった二人を除き、二十四名が救出された。

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ツシマ沖の海戦(その九十九)
2006-10-09 Mon 02:17
前述したように、午後十時十分頃、敵のサーチライトが全て消えた。
バルチック艦隊の主力は、闇に溶けるようにその姿を消していった。
日本水雷部隊の夜襲は、やむを得ずこの時点において終了することになった。
砲声と探照灯の光芒が絶えた戦場には再び静粛と闇が戻った。
夜襲部隊の一部は、味方の救助作業に移った。
第十八艇隊に所属する第六十一号艇は故障した舵機の修理を終えて、索敵に取り掛かろうとしたとき、たまたま前方に揺らめく一個の紅色灯を発見した。
「紅灯」は、救助を求める信号灯である。
第六十一号艇は、この光を頼りに接近していった。
救難信号の主は、第十七艇隊の一番艇第三十四号であった。
この艇は敵中を横断した際に被弾したが、暫らくは「紅灯」を掲げる余裕もなく漂流を続けていた。
ようやく敵艦隊が北方に去ったのを見て、司令兼艇長青山芳得少佐は、松永孫七一等信号兵に命じて救難信号灯を点じさせたのである。
同艇の浸水は甚だしく、既に艇首は海面に没しようとしていた。
第六十一号艇は接舷を試みたが、その寸前、第三十四号艇は突然艇尾を突き出すようにしたかと思うと、たちまち艇首から沈没していった。
第六十一号艇長は直ちに溺者救助を命じた。
探照灯が点灯され、ロープ(小索)が投下された。
激しい風波に妨げられ救助作業は困難を極めた。
結局、波間に浮き沈みしている第三十四号艇の乗員十八名が無事救助された。
この少し後、第十七艇隊の第三十一号艇が、救助を求めている第十八艇隊の第三十五号艇を発見した。
第三十五号艇は被弾した個所からの浸水が激しく、盛んに排水作業を行っていたが、その懸命な努力も空しく浸水は増すばかりであった。
第三十一号艇は曳航を試みようとしたが、二艇艦に張り渡したロープは、激浪による艇体の動揺に耐え切れず、呆気なく、中程で切断されてしまった。
もう一度、ロープによる曳航を試みたが、そのロープも長くは耐え切れなかった。
それではと、錨鎖を使って第三十五号艇を引こうとしたが、今度はその鎖が第三十一号艇のスクリューに絡まってしまった。
しかたなく、第三十一号艇はその錨鎖を切断して、一旦第三十五号艇から離れることにした。
その間も、第三十五号艇長馴島村八大尉は、艇員に命じて排水作業を続行させていたが、はかばかしい効果は認められなかった。
第三十一号艇がスクリューに絡みついた鎖を外して引き返してきたときには、もはや第三十五号艇は曳航に耐え得る状態ではなかった。
そこで、ボートを出して乗員を移乗させることにした。
先ず負傷者と下士卒が乗り移り、次に機密書類が運ばれた。
最後に馴島艇長が軍艦旗を降ろし、それを携えて准士官以上の乗員とともに第三十一号艇に移乗してきた。
その直後、見捨てられたことを知ったかのように、第三十五号艇はにわかに直立すると、そのまま水没していった。

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ツシマ沖の海戦(その九十八)
2006-10-08 Sun 00:15
午後十時十分ごろ、西進しつつあった第十五艇隊の一番艇雲雀は前方に「二檣二煙突の後甲板が低い」敵影を視認した。
同艇はその目標にすかさず三本の魚雷を放った。
同じ頃、二番艇鶉、三番艇鷂(はいたか)は暗夜の波浪に妨げられ先頭を行く雲雀の姿を見失っていた。
そこで、独自の行動をとることとし、敵艦の探照灯の光を目当てに驀進した。
ところが、その光が突然消えてしまったため、暗夜に突然投げ出された格好になり、結局襲撃を断念することになった。
二艇は尚も索敵を続けて走り回ったが、敵艦隊は二度と探照灯を照射することはなかった。
この時期、ロシア艦隊の中で、辛うじて組織的行動を保っていたのはニコライ一世を嚮導艦とするネボガトフ少将の率いる一部隊だけであった。
ニコライ一世に従うのは、戦艦アリョール、装甲海防艦アブラクシン、同セニャーウィン及び巡洋艦イズムルードであった。
また、僅かに遅れて、装甲海防艦であるウシャコフがこれを追っていた。

夜戦でのロシア側の損害は小さくはなかった。
夜半過ぎ、戦艦ナワリンが忽然として転覆沈没した。
この排水量一万二百六トンの戦艦は昼間の海戦で、既に大きな痛手を受けていた。
更に午後十時頃、日本水雷艇の襲撃を受け、左舷に命中した魚雷により浸水は後尾の砲塔にまで及んだ。
そのため、艦尾は沈下し、上甲板が海面すれすれになるまで下降した。
ナワリンは列外に出て、一旦機関を停止した。
艦を漂泊させて排水と破孔の応急修理に努めることにしたのだ。


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ツシマ沖の海戦(その九十七)
2006-10-07 Sat 00:00
二番艇である第四十号艇は先頭艇の事故には気付かず、そのまま攻撃を続行した。
目標は約五隻からなる敵艦列である。
第四十号艇は反航しながら、敵の四番艦目掛けて魚雷一本を放った。
同艇は更に攻撃を続行するため探照灯を点けている一隻の敵艦に立ち向かうことにした。
しかし、攻撃に移る直前に敵が突然、探照灯を消したため目標を見失い、攻撃を断念せざるを得なかった。三番艇第四十一号及び四番艇である第三十九号は、一番艇が突然、左折したのを見て、それが「予定戦策」に定められている作戦の発動であると理解したのだ。
第四十一号及び第三十九号の各艇長は、反航雷撃と連繋水雷の投下命令が発動されたものと、判断したのである。
そこで、第四十一号艇は敵の後列部隊の先頭艦を雷撃すると、続いて前方に進出して、敵の予定針路を左から右へ向かって横切った。
連繋水雷の投下を企てたのである。
この試みは失敗した。
転落することを怖れて、甲板に固縛されていた連繋水雷のロープを解くのに手間取りすぎたのである。
同艇は反転して、今度は右から左へ横断しながら連繋水雷一群連の投下に成功した。
一群連には四個の機雷が連結してある。
第三十九号艇は前艇に続行していたが、最初の敵前横断の際に連繋水雷を一群連を投下し、再度の横断のときには、先頭艦に対して魚雷一本を発射した。

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ツシマ沖の海戦(その九十六)
2006-10-06 Fri 00:00
前述したように、第十五艇隊は、ロシア艦隊の前方を横断して、敵の左側に回りこみ反航戦を試みようとしたのだ。
ところが、逆浪が激しく艇首はしばしば水面下に潜り込む有様で、前方を確認することすら困難になってきた。
午後九時四十分頃のことである。
そこで、一番艇「雲雀」坐乗していた司令近藤常松少佐は、敵の艦列を横切り右側へ出ようとした。艇隊の襲撃態勢を同航戦に切り替えようと試みたのだ。
二番艇、三番艇がそれに続航した。
しかし、最後尾を走っていた四番艇の「鷺」は前艇の影を見失い、そのまま左に折れて敵艦に接近していった。
第十艇隊が左側から突進してきたのは、その時である。
第十艇隊の一番艇の舳先が鷺の左舷中央に激突した。
その衝撃で鷺の薄い舷側板はひとたまりもなく突き破られ、被害は機関室まで及んだ。、
舷側に開いた破孔から大量の海水が奔入してきた。
夜戦における第三番目の衝突事故が起こったのである。
沈没を免れるべく鷺は懸命に努力した。
先ず甲板上の重量物を海中に投棄しなければならない。
乗員たちは石炭、弾薬、連繋水雷等を手当たり次第に暗い水面へと投げ捨てた。
他の乗員たちは艇内の水密隔壁を閉め、防水に努めた。
突っ込んできた第四十三号艇の方も艇首が破壊され舵機も故障した。
そのため艇は自然と左へ舳先を振った。
操艇に不安を感じた大瀧少佐は一旦対馬へ引き上げる決心をした。

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ツシマ沖の海戦(その九十五)
2006-10-05 Thu 00:00
十八艇隊が突撃を開始したのも、同時刻である。
三番艇を故障で欠いた同艇隊の三隻は、各個分散して攻撃に移った。
一番艇を務める第三十六号は、敵の前方を横切り、そのまま左へ転回すると、反航の態勢に入った。
ところが、他の艇が航路に割り込んできたため、衝突を避けようと右折して、敵と同航することにした。
第三十六号艇は、速度を上げ、敵の一番艦に肉薄すると二本の魚雷を打ち込んだ。
二番艇第六十号は、一番艇の反転には従わず、そのまま、遮二無二直進した。
敵列の後尾にまで至ると、そこで迂回して再び敵の右側に出た。
同艇は、敵の殿艦に接近すると魚雷一本を発射した。
四番艇である第三十五号は、他艇のように相手の裏側に回りこみはしなかった。
そのまま敵列の右側から、魚雷一本を放った。
同艇の報告によると、敵艦の甲板の兵員を目撃できるほど接近しての攻撃であった。
第十八艇隊の被害は小さくなかった。
三十六号艇の負傷者は四名を数えた。
三十五号艇にいたっては、敵の集中射撃を浴びたため、死者二名、負傷者九名という大損害を蒙った。
更に蒸気主管、同補助気管が破砕され、機関は停止した。

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ツシマ沖の海戦(その九十四)
2006-10-04 Wed 00:14
アリョールは、僅かに残った砲火で日本の夜襲部隊に対応した。
使えるのは、前部十二インチ砲塔の一つと、右舷前部六インチ砲塔の二基の砲と無傷で残っている右舷の砲である。
パウリノフ大尉は、砲塔の天蓋に登って、砲戦の指揮をとった。
彼は大声を出して、両方の砲塔へ命令した。
「右舷から魚雷」
大尉が叫び声と同時に、アリョールの鼻先を掠めて魚雷が走り去った。
暗い海面には,夜目にも白く泡立つ雷跡が描かれていた。
ニコライ一世は、昼間の砲戦では前部十二インチ砲の片方の砲には損害を受けたが、ほかの全ての砲は健在であった。
同艦は艦隊の先頭に立ち、敵水雷艇を邀撃した。
午後九時三十分、第十艇隊は、敵艦隊右後方八百メールの地点に到着した。
司令大瀧道助少佐は、麾下の各艇に襲撃命令を下した。
夜戦は酣になっていた。
多数の艦艇が前後左右からロシア艦隊を包囲していた。
あるものは、サーチライトの煌々たる光芒を冒して肉薄し、また、あるものは白煙をあげながら、敵の砲火を専らその一身に集めていた。
あるいは、運転の自由を失い怒涛の間に漂流するものも見られた。
殊に疾風のごとく暗中を疾駆する味方艦艇は、時には艦首を掠め、舷側を摩して、大瀧少佐の肝を冷やさせた。
「衝突の危険言うべからずだ」
少佐は、思わず腹中に、そう呟きを漏らした。
第十五艇隊は、敵艦隊の前方を横断し、左側に回りこみ、襲撃態勢を整えた。
同時刻、第十七艇隊の二艇、第三十三号と第三十二号も攻撃に移った。
第三十三号艇は、敵艦列の前方横切り、反転して、三番艦を目標に魚雷二本を発射した。
続行した第三十二号は、「二檣二本煙突」の敵艦を標的に選び、魚雷一本を放った。

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ツシマ沖の海戦(その九十三)
2006-10-03 Tue 05:02
前述したごとく、第三駆逐隊の三艦は、敵の隊列に飛び込んだ形となったが、そのうちの二番艦薄雲は、危うく敵艦と衝突しそうになった。
薄雲の艦尾僅かに二十メートルのところを、ロシアの一艦が通り過ぎたのである。
薄雲は二十四ノットに増速して、その場から退避した。
そして、距離四百メートルほど離れたところで、後部発射管から魚雷二本を「二檣二本煙突」の敵艦に向けて発射した。
三番艦霞も薄雲に倣って、「二檣二本煙突」の敵影に対して魚雷二本を放った。
四番艦漣の場合は、勢い余って敵戦列を通り過ぎると、更に新たなロシア艦隊の中に紛れ込んでしまった。
敵は巡洋艦の一隊であったが、駆逐艦数隻を伴っていた。
漣は、その前方を横断すると、直ちに踵を返し、闇の中に黒々と聳える敵の一番艦の左舷に向けて、一本の魚雷を放った。
懐に食いつかれて狼狽したロシア艦隊は、反撃したが、射弾はことごとく漣の頭上を虚しく通過していった。
この隊列は、エンクウィスト少将が率いる巡洋艦部隊である。
前方部隊は、オレーグを先頭にアウローラ、ジェムチウクと続き、やや離れて後続する後方部隊はスウェトラーナ、アルマース、ドンスコイ、モノマフで編成されていた。
しかし、これらの部隊の戦意は必ずしも旺盛とはいえなかった。
漣の報告にも、敵艦隊はただ砲撃を繰り返すだけで、近接してくる気配はなかった、とある。
午後九時も二十分ほど過ぎると、バルチック艦隊の前方部隊はサーチライトを消した。
自然と、日本夜襲部隊の関心は、依然としてサーチライトの照射を続けるロシア後方部隊の方へと移っていった。
この頃、南方から第十艇隊(四十三号、四十号、四十一号)、第十五艇隊(雲雀、鷺、鷂(はいたか)、鶉)が激浪を掻き分け、ようやくバルチック艦隊に追いついてきた。

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社保庁職員を非公務員化…政府・与党方針
2006-10-03 Tue 04:13
 政府・与党は2日、社会保険庁の組織改革に関して、年金保険料の徴収や年金給付などの実務業務を新たに民間会社か独立行政法人に担当させる方針を固めた。
(ヤフー・読売新聞) - 10月3日3時4分更新から引用

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